文=酒井政人
歴代記録を塗り替え続ける陸上・三浦龍司の魅力と可能性(第1回)
〝新時代〟をもたらした2人
箱根から世界へ──。
正月に行われる箱根駅伝には、こんな崇高なメッセージがある。毎年210人の学生ランナーが箱根路を駆け抜けるが、その〝頂き〟に到達できるのは1~2%ほど。「山の神」と崇められた3人ですら、五輪や世界選手権のスタートラインには立っていない。
今夏、花の2区で〝史上最速の戦い〟を演じた若武者が世界と対峙する。相澤晃(旭化成)と伊藤達彦(Honda)だ。
彼らの出現は大袈裟ではなく、日本長距離界に〝新時代〟をもたらしたと言っていいだろう。まずは2020年正月の箱根駅伝が大きかった。
2020年の箱根駅伝での〝ランデブー〟
伊藤(当時・東京国際大)がトップと1分49秒差の13位、相澤(当時・東洋大)が同2分02秒差の14位でスタートを切ると、6㎞付近でふたりが並ぶ。そこから約14.5㎞におよぶ〝ランデブー〟が始まった。
伊藤は東京国際大・大志田秀次監督の「相澤の後ろにつけ」という指示には従わず、相澤の真横でレースを進める。
「自分は負けず嫌いなので、後ろについて最後に勝つのではなく、並走したうえで勝ち切りたかったんです」と伊藤は前を譲らなかった。相澤はというと、「言葉をかわすことはなかったんですけど、伊藤君が後ろではなく、横に並んで走ってくれたのがうれしかったですね」と振り返る。
相澤は5㎞を14分11秒、10㎞を28分22秒というハイペースで通過。しかし、ふたりはさほどタイムを意識していなかったという。勝負だけに徹して、ガムシャラに23.1㎞を駆け抜けた。相澤がトップと38秒差の7位で鉄紺のタスキをつなげると、伊藤も8秒後に鶴見中継所で飛び込んだ。
最終的には相澤が1時間5分57秒の区間新記録(当時)、伊藤選手も区間歴代3位タイ(当時)の1時間6分18秒。ともに順大・塩尻和也(現・富士通)が保持していた日本人最高記録(1時間6分45秒)を大きく上回った。
相澤は山梨学大のメクボ・ジョブ・モグスの記録(1時間6分04秒)を超えたことで、「トラックの10000mを27分30秒くらいで走れるんじゃないか」という感触をつかんだという。その〝予感〟は的中することになる。
日本選手権を制した相澤
社会人になった相澤と伊藤は昨年12月4日の日本選手権10000mで再戦。7600m付近からはふたりのガチンコ対決に。演者も観賞者も「箱根駅伝と同じだ」と感じていた。終盤は相手の動きだけを注意していた相澤が、伊藤の首が振れ出したのを見て、勝利を確信。残り4周で前に出ると、ライバルを突き放した。
佐藤悠基、大迫傑、設楽悠太らトラックで活躍してきた実力者がマラソンに本格参戦した影響もあり、2016年以降は男子10000mで日本歴代10位以内に入るような好タイムは誕生していなかった。しかし、若きふたりがその壁を一気に打ち破る。
相澤が27分18秒75、伊藤が27分25秒73でフィニッシュ。高速スパイクの影響があったとはいえ、ともに日本記録(27分29秒69)を上回り、東京五輪参加標準記録(27分28秒00)も突破したのだ。
「伊藤君はスパート力があるので、ラスト勝負は分がないと思っていました。先に仕掛けて、ラスト1周は追いつかれないように必死でゴールまで駆け抜けました。この1年間、オリンピック内定を目標にやってきたので、それを達成することができてとてもうれしいです。自分にとってはマラソンで結果を残すことが最終目標ではあるんですけど、その前にまずは10000mで結果を残したい。同郷の大先輩である円谷幸吉選手も64年の東京五輪はマラソンだけでなく10000mにも出場されています。東京五輪の10000mをステップにして、マラソンにつなげていきたいです」
箱根駅伝2区に続き、日本選手権10000mも史上最速タイムで制した相澤は笑顔で語った。
驚異的な〝回復力〟を見せた伊藤
一方、またしてもライバルに先着された伊藤は、半年後の日本選手権で我々を驚かせることになる。今年は元日の全日本実業団駅伝(4区)のレース中に両大腿部を疲労骨折。一時は東京五輪をあきらめかけたが、そこから驚異的な〝回復力〟を見せたからだ。
3月上旬にジョグを開始すると、ポイント練習を3回ほどこなしただけで4月10日の金栗記念選抜陸上中長距離大会5000mを13分45秒12で走破。そして5月3日の日本選手権10000mを完勝した。
相澤が不在のレース。伊藤は残り700m付近で強烈なスパートを放つと、田澤廉と鈴木芽吹の駒大勢を一気に引き離した。セカンドベスト&日本歴代パフォーマンス6位の27分33秒38で初優勝を飾り、相澤に続いて、東京五輪代表内定をゲットした。
「一番ライバル視している相澤選手が先に東京五輪を決めたので、今回絶対に決めてやる、という意気込みで臨みました。東京五輪は相澤選手だけには絶対に負けたくありません」
ライバルの存在が伊藤を突き動かして、奇跡のような復活劇を可能にした。
男子10000m決勝は7月30日
ふたりがお互いを強く意識したのは、大学3年の春に行われた関東私学六大学対抗戦5000m。ラスト1周の争いに相澤が競り負けている。伊藤のキック力を体感してから、相澤はラスト勝負を回避するかたちで勝ち続けた。
学生ハーフマラソン、ユニバーシアードのハーフマラソン、箱根駅伝2区、日本選手権10000m。相澤はすべてのレースで伊藤を抑えて優勝をさらっている。
伊藤からすれば相澤との戦いは敗北の歴史でもある。静岡・浜松商高時代は全国大会の出場はない。高校卒業後は就職するか、調理師専門学校に進学するか迷っていたという。そこに東京国際大・大志田秀次監督から熱心な誘いを受けて、人生が一変した。〝箱根ドリーム〟をかなえたものの、相澤だけが常に一歩前にいる。
東京五輪ではともに「入賞」(8位以内)がターゲット。男子10000m決勝は7月30日の夜(20時30分)に行われる。ふたりの「日本一」がオリンピックの舞台でも〝名勝負〟を演じる。勝つのはどっちだ。