早稲田大学ビジネススクール 大学院経営管理研究科 教授 山田英夫氏(撮影:梅千代)

 経営環境が厳しさを増すなか、企業の持続的な成長には新規事業開発やイノベーションがますます重要となっている。ところが多くの大企業では、既存事業がしがらみとなって新規事業が失敗に追い込まれてしまう例が後を絶たない。既存事業と新規事業が互いの売上を奪い合う「カニバリゼーション」(事業の共食い)が発生するからだ。こうした壁を乗り超えて新規事業を成功させるためにはどうすればよいのか。早稲田大学ビジネススクール 大学院経営管理研究科 教授 山田英夫氏に、カニバリゼーションの原因と乗り越え方について聞いた。前編、後編の2回にわたってお届けする。

■【前編】新規事業を潰すのは誰だ?頻発する「事業の共食い」の知られざる実態(今回)
■【後編】新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?

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成熟企業では「カニバリゼーション」を避けて通れない

――最新著書『カニバリゼーション』では、既存ビジネスと新規ビジネスの間で起きる「事業の共食い」について、具体的なケースを用いて考察されています。そもそもカニバリゼーションとは、どのような現象を指すのでしょうか。

山田英夫氏(以下敬称略) 本書ではカニバリゼーションを「自社の新製品、新事業によって既存の製品や事業の売上が減少すること」と定義しています。

山田英夫 /早稲田大学ビジネススクール 大学院経営管理研究科 教授

慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)後、三菱総合研究所にて新事業開発のコンサルティングに従事。1989年早大に移籍。学術博士(早大)。専門は競争戦略、ビジネスモデル。アステラス製薬、NEC、ふくおかフィナンシャルグループ、サントリーホールディングスの社外監査役・取締役を歴任。主著に『カニバリゼーション』(ダイヤモンド社、2014)、『経営戦略 第3版』(共著、有斐閣、2016)、『競争しない競争戦略 改訂版』(日本経済新聞出版社、2021)、『異業種に学ぶビジネスモデル』(日経ビジネス人文庫、2014)、『逆転の競争戦略:第4版』(生産性出版、2014)、『成功企業に潜むビジネスモデルのルール――見えないところに競争力の秘密がある』(ダイヤモンド社、2017)がある。

 カニバリゼーションは、人食い、共食いを語源とする言葉で、もともと文化人類学や動物学の用語でした。そこから自社製品同士がお互いに売上を奪い合う現象として、1976年頃から経営学の用語としても使われるようになりました。

――カニバリゼーションに着目された理由を教えてください。

山田 今、多くの企業が、新規事業開発や新しいビジネスモデルの創出を模索しています。日本では多くの市場が成熟期を迎えており、それまでのやり方では成長が見込めないからです。

 しかしながら、大企業で新規事業開発に取り組むと、社内の様々なしがらみに遭遇するため、成功を収めることは容易ではありません。しがらみの1つに挙げられるのが「カニバリゼーション」です。

 新しいビジネスモデルを探求する中で、新しい事業を立ち上げられるホワイトスペースは限られてきています。そうした中で新規事業を立ち上げると、既存事業の価値を否定することになったり、売上を奪い合う形で衝突することになったりします。

 それでも、新しい事業を生み出し会社を変革するためには、その状況を乗り越えなければなりません。その一助として、カニバリゼーションの実態を明らかにして、これらをどのようにマネジメントすればよいか考えようと試みたことが、この書籍を刊行した背景にあります。