日経ビジネス前副編集長 上阪欣史氏(撮影:内藤洋司) 日経ビジネス前副編集長 上阪欣史氏(撮影:内藤洋司) 

 大胆な構造改革でV字回復を果たし、2022年3月期決算では過去最高益を達成。さらにUSスチールの買収発表と、勢いの止まらない日本製鉄。前編に続き、2024年1月に著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』(日経BP)を出版した日経ビジネス前副編集長(現日本経済新聞編集ユニット記者)の上阪欣史氏に、V字回復成功の背景にあった収益構造改革や、同社が米鉄鋼大手USスチール買収の先に見据える新たなステージについて話を聞いた。(後編/全2回)

【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み(今回)

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大口顧客を前に一歩も引かない「橋本社長の哲学」

──前編では、V字回復を果たした日本製鉄の改革に着手した当初の状況について聞きました。著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』では、「負け犬体質を変えるための営業改革」として、30年間押し負けてきた大手顧客との価格交渉にメスを入れた様子が描かれています。当時の社長だった橋本英二氏(現在は会長兼CEO)が営業改革に本腰を入れた背景には何があったのでしょうか。

上阪 欣史/日経ビジネス前副編集長

1976年兵庫県西宮市生まれ。2001年立命館大学産業社会学部卒、日本経済新聞社入社。社会部などを経て08年から産業部(現・ビジネス報道ユニット)。機械、素材、エネルギー、商社などの企業取材に携わる。17年から日本経済新聞デスクを務め、21年から現職。再び機械や素材などものづくり産業を担当する。

上阪欣史氏(以下敬称略) 背景には2つの問題点がありました。1つは、製鉄所サイドと営業サイドがお互いに赤字の責任をなすり付け合っていたことです。販売量が増えても黒字にならないことに対して、製鉄所は「安く売っている営業側に赤字の原因がある」、営業は「生産コストが高いことが原因だ」と互いに不満を抱いていました。

 もう1つは、看板商品である自動車用高級鋼材の「ハイテン」などを価値に見合った価格で販売できていなかったことです。本来であれば商品の付加価値を認めてもらって高く売らなければならないにもかかわらず、自動車メーカーなどの大手顧客に価格交渉で押し切られた結果、価格よりも販売量を優先して安値で提供していました。

 日本製鉄に限らず、メーカー、特に素材メーカーは市場シェアに敏感です。市場シェアを競合に奪われるくらいなら、安値でもよいので販売数量を確保しようとします。販売数量を確保できれば、たとえ赤字になっても製鉄所の稼働率が下がることはありません。そうした意味では、営業と製鉄所は共犯関係にあったとも言えるでしょう。

 しかし、橋本氏の「価格は売り手が決めるもの」という持論は揺らぎませんでした。連日のように営業部長たちを叱咤激励し、時には飲みに誘って、値上げの必要性を説き続けました。「値上げで取引数量を減らされてシェアを奪われても、それはそれで構わない」と伝え、最後には「俺が責任を取る」と付け加えました。

 こうして正面突破での交渉を続けたわけですが、値上げをかたくなに拒む顧客もいました。そこで橋本氏は、さらに大胆な策を講じます。顧客に対して「値上げを受け入れてもらえないなら受注・供給はできない」と伝えるように、営業担当副社長に指示をしたのです。これは素材メーカー側からなかなか言えることではありません。