観察を続けて解決策を見いだす

 では、単純な経験の厚みではなく、いったい何が必要なのだろう? おそらくは、

(1)現場の現象をよく観察すること(観察力、observation)
(2)観察した現象から課題を抽出すること(抽出力、deduction)
(3)その課題を解決できそうな仮説を立てること(仮説力、hypothesis)
(4)仮説に基づいて実践してみること(実践力、experiment)
(5)(1)に戻り、手段を修正・改良すること(修正力、modification)
 

の5つが重要であり、経験の多寡ではないのだろう。

 経験値が多すぎて「経験に溺れている」事例が少なくない。あまりにもうまくいかない経験が多すぎて、どうやったら解決できるかという意欲を失い、「なぜうまくいかないのか」の言い訳探しばかりするようになってしまう。経験の豊富さが、かえって思考のノイズになってしまうのだ。

 また、経験が処理能力を超えてしまうと、経験も役に立つとは言えない。たとえば常に100人の面倒を見なければならない指導者は、100人という大集団をグループとしてまとめる技術を磨くことはできるとしても、一人ひとりの悩みに深く付き合い解決するという技術が磨けるとは限らない。

 私の本業でもある研究でも、そういう面がある。意外な発見は、たったひとつの「あれ?」と感じた現象であったりする。

 もし、あまりに処理数が多すぎると、すべてをさばくのに必死で、「あれ?」と思った現象を丁寧に見る余裕を失ってしまう。「面倒くさいし、まあ、いいか」と流してしまう。丁寧に観察するには、処理可能な数に収める必要がある。課題を抽出するには、何が起きているのか考える余裕が必要になる。

 課題を解決できるかもしれない仮説を立てるのにも、あまりたくさんのことを考えないことが大切。「あの場合はどうする? こんなことが起きたらうまくいかないじゃないか」と、ダメになる条件探しをしていたら、仮説なんか立てられやしない。「今、目の前にしている数例を解決できりゃいい」と割りきる必要がある。