写真提供:©John Marshall Mantel/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

 DXの導入により、各企業で仕事の内容や進め方が大きく変化している。従業員のリスキリングやITエンジニアの採用、IT企業との協力に多大な資金とエネルギーが費やされている。だが一方で、肝心のチームマネジメントが従来の“日本的な管理方法”のままであるため、企業や組織、そして働く人がDXの恩恵を享受するに至っていない――。本連載では『DX時代の部下マネジメント』(ロッシェル・カップ著/経団連出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。変革の時代のリーダーシップのあり方とは? そしてチームの究極の姿である「自ら動く自己管理型チーム」を創出するには? GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)など世界一流の企業で採用されているマネジメント法から、DX時代に合った具体的な手法を紹介する。

 第4回は、グーグルで行われた研究を基にハーバード大学ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が唱えた「心理的安全性」の有用性を解説。創造的で活気溢れる職場づくりとリーダーの心構えを学ぶ。

心理的安全性の重要性

DX時代の部下マネジメント』(経団連出版)

 心理的安全性が注目されるようになったのは、グーグルで行われた研究の結果です。データを活用して会社をよくしようとするプロジェクトの一環として、社内で最もパフォーマンスの高いチームと低いチームとの違いを分析したところ、構成メンバーの優秀さが決め手だろうという予想に反し、実際のデータは違う結果を示していたのです(スポーツファンはこの結果に驚かないかもしれません。スポーツで、最も優秀な選手が集められたチームが必ずしも勝つわけではないという例に似ているからです)。

 パフォーマンスの高いチームとパフォーマンスの低いチームの違いに影響していた最も重要な要素は、チームメンバーがどうやってお互いに接しているかということにありました。

 パフォーマンスの高いチームで目立ったのは、会議の雰囲気が違っていることです。このチームミーティングでは、皆が発言しやすい環境があり、どんどん発言をしていました。

 間違いを認めたり、知らないことを聞いたり、変わったアイデアを提案したりしても恥ずかしいと思うことはなく、チームにはオープンに話せる雰囲気がありました。質問や発言をしたい時に、変に思われることを心配しないで臆せず発言できる感じがあったのです。

 この独特の雰囲気を説明するため、ハーバード大学ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授は「心理的安全性」という言葉を用いました。グーグルの研究結果が発表されるやいなや、心理的安全性というコンセプトは急に注目されるようになりました。

 エドモンドソン教授は心理的安全性を「そのグループの中ではリスクをとっても安全であるということをチームメンバーが共通に信じている状態。また発言しても恥をかかされたり、拒否されたり、懲罰されたりすることはないという自信」と定義しています。

 心理的安全性は、広く考えると、人々が自分自身を表現でき、ありのままでいることが快適な環境を説明したものであるといえます。より具体的には、人々が職場で心理的安全性を持っているときは下記のような雰囲気があります。

  • 悩みやミスを共有しても、恥ずかしさや報復を恐れることなく安心していられる
  • 発言する時に、恥をかかされたり、無視されたり、非難されたりしないことを確信している
  • 何かについてわからないことがあるときに質問できることを知っている
  • 同僚を信頼し、尊敬している
  • 対人的な恐怖によって行動を妨げられることがない

 心理的安全性はエドモンドソン教授をはじめ多くの学者によって研究されてきたため、そのよい影響はすでに検証されています。心理的安全性のあるチームでは、間違いを素直に認めるため、問題がすぐに報告され、それにより迅速な是正措置がとられます。失敗から学んだり革新的アイデアが共有されたりしやすいため、創造性とイノベーションを生み出す環境がつくられています。

 逆に、心理的安全性のないチームは皆が間違いを認めることを恐れ、人に非難されることが多いので、異なる考えを口にせず無難なことだけを言うようになってしまい、問題が解決されないまま放置されて、イノベーションが生まれにくくなります。

さらに、心理的安全性は、創造性とイノベーションを生み出すので、知識集約型の組織をよりよく機能させます。そのため、知識集約型であるといえる、DXを実践する組織にとっては、非常に有用な要素です。

 心理的安全性は、多様なチームメンバーが自分らしくいられる環境をもたらすので、インクルージョンを実現するために不可欠な要素となります。

チームの心理的安全性を高めるには

 エドモンドソン教授によると、心理的安全性の環境をつくるには、次の3つの段階があります。

  • 舞台設定:発言の動機づけとそれを促す雰囲気づくり
  • 参加を呼びかける:人々が発言する機会をつくる
  • 生産的な対応:従業員が持ち出したものに適切に対応する

 ひとつひとつ、みていきましょう。

 従業員の発言を促すには、それをしやすい環境をつくることが必要です。そのために役立つことはいろいろあります。

 ひとつは、失敗や問題、ミスを報告することに対するおそれを少なくすることです。これについては後述します。

 もうひとつは、チームメンバー一人ひとりのアイデアや意見、提案がいかに重要であるか、つまり全体の成功にはメンバー一人ひとりの貢献が必要であることを強調することです。

 3つ目は、チームのビジョンとそれに対するコミットメントの重要性を再認識させることで、人々のモチベーションを高めることです。そして最後に、上司の役割を再構築することです。この点で、エドモンドソン教授が提案していることは、サーバント・リーダーシップの概念とかなり近いものがあります。

 あなたがもし部下から恐れられているような上司だとしたら、部下は気軽に発言することはできないでしょう。当たり前のことのように思えるかもしれませんが、上司を恐れることは、心理的に安全な環境をつくるうえで大きな障害となります。

 心理的安全性の妨げとなるマネジメントスタイルのもうひとつの側面は、上司がすべての答えを持っていると思われている場合です。上司がすべてを知っていると思われていたら、部下は自分の意見は重要ではないと感じ、発言を遠慮してしまいます。

 上司が常に問題解決に関わると、部下が主体的に考えられなくなることがあり、そのような行動は心理的安全性にも影響します。

 一方で、リーダーが謙虚な姿勢をとることは、心理的安全性を高めるのに有効です。謙虚さとは、自分がすべての答えを持っているわけではないと認めることです。ここでは、謙虚と謙遜を区別することが重要です。謙遜とは、自分の能力や価値などを下げて評価することです。謙虚は自分の価値を認め、ポジティブな自尊心を保ちながら、自信過剰、高飛車、傲慢な態度を見せないことです。

 リーダーにふさわしい謙虚さをより正確に定義するには、ニューヨーク州立大学バッファロー校とワシントン大学の研究者による、「謙虚さとは、自分自身を正確に見ようとする姿勢、他者の長所や貢献を評価する態度、そして学ぶ姿勢を意味する」という定義が参考になります。

「自分自身を正確に見る」とは、謙虚なリーダーが自分自身を過大評価せず、自分が完璧でないことを自覚していることを意味します。謙虚なリーダーは自覚的であり、自分の限界を率直に開示します。自分の過ちを認め、現実的なフィードバックを歓迎します。

「他者の長所や貢献を評価する」ことは、他人が重要であり、自分よりもスキルが高かったり、貢献度が高かったりする可能性があると認識することです。この姿勢は、比較したり競争したりする従来の典型的な反応を超越することから生まれます。それは、相手の良い面を脅威と感じることなく認識し、評価することです。これは謙遜の一面ではありますが、リーダー側の自信も必要です。ただし、謙虚さを持つ人が部下や同僚の弱点や不得意な分野に気づかないというわけではありません。

 謙虚さの3つ目の要素「学ぶ姿勢」は、他者からの学習、フィードバック、新しいアイデアに対してオープンであることを示しています。これは、オープンマインド、他者からのアドバイスや援助を求める意欲、学習意欲によって特徴づけられます。

 DXの文脈では、学習に対する、この「学ぶ姿勢」の側面が特に重要です。テクノロジーの急速な進歩や仕事の専門化によって、新しいスキルを身につけ、新しい情報を吸収し、他者から学ぼうとする意志と意欲を持ち、教え上手なリーダーや従業員が、組織にはますます必要とされています。

 そのため、リーダーは自ら学び、(「私はすでになんでも知っている」という態度とは対照的に)学び続ける姿勢を部下に示すことが重要です。

 調査によると、リーダーが謙虚さを表現することで、部下のエンゲージメントや仕事への満足度が高まり、組織から離れる可能性が低くなることがわかっています。心理的安全性の高い環境では、部下も重要な知識と洞察力を持った価値ある貢献者とみなされます。これもまた、サーバント・リーダーシップの核となる原則です。

 上司の何が気に入らないかをたずねた世論調査では、上位に、謙虚さとは正反対のことが出てきます。

 ベクトル社が2023年に行った、「上司に関するアンケート調査」の結果によると、嫌いな上司の特徴として、回答者の63.4パーセントが「自分がすべて正しいと思っている」、53.2パーセントが「人の意見を聞かない」、44.6パーセントが「人を悪く言う」と答えています。

 ネクストレベル社の2023年の「『嫌いな上司の特徴』についてのアンケート調査」では、回答者の33.9パーセントが「部下の意見を聞かない・聞き入れない」、30.7パーセントが「人に厳しく自分に甘い」を嫌いな上司の特徴としてあげています。

参加を呼びかけ、それに対応する

 心理的安全性を育むステップの2つ目である「参加の呼びかけ」については、一対一の会話を通じて行うことができます。多くの従業員にとって、一対一は最も発言しやすい場面です。

 また、フォーカスグループ、社内イベントなどを通じて従業員の意見を募ることもできます。昔ながらの投書箱を使ったり、社内サーベイを行ったり、スラックの投稿にコメントを依頼したりして、アイデアを求めるのも効果的です。 

<連載ラインアップ>
第1回 スティーブ・ジョブズの言葉に学ぶ 部下の士気を上げるには、なぜ“ムチ”より“アメ”がはるかに有効なのか?
第2回 なぜ部下は、すぐにあなたを頼ってしまうのか? 指示待ち型の部下を自ら動かすための「11の戦略」
第3回 なぜアメリカ人は、大げさな言葉で相手をほめるのか? 部下の心に響く「ポジティブ・フィードバック」とは
■第4回 グーグルでも実証 「心理的安全性」を高め、チームのハイパフォーマンスを生み出すための舞台設定とは?(本稿)


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