写真提供:マクニカ、人物撮影:的野弘路(以下同)

 半導体商社マクニカの躍進が目覚ましい。半導体とネットワーク分野の急成長によって、2020年3月期の5200億円から2023年3月期には1兆293億円へと売り上げが倍増、「売上高1兆円クラブ」入りを果たした。この成長の裏には、IT本部の改革があった。市場の変動に対応できるだけの、新たなデジタル基盤を築くための改革である。本連載では、このIT本部の改革に焦点を当て、躍進の秘密を詳細に追っていく。  

 第1回では「次世代システム」導入よる業務改革の成果、第2回第3回 では「稼ぐIT」の狙いとその鍵となるIT人材の育成法、 第4回では、新規事業とそれをバックアップする専門家集団「DXファクトリー」の構想を紹介した。最終回となる今回は、第5回に続き安藤啓吾IT本部長のインタビューをお届けする。安藤氏が考える、これからのIT部門の役割、CIOに必要な素養とは。

連載ラインアップ
■第1回 売上高が2年で倍増し1兆円突破、マクニカの躍進支えた「10年後も楽しく働く」ための次世代システム
■第2回 「成長」の次は「改革」へ投資、マクニカが目指す「稼ぐIT」とは?
■第3回 今のままではIT部門は不要に・・・CIOの危機感から生まれたマクニカの「アジャイル型組織改革・人財育成」
■第4回 「稼ぐIT」をどう実現? マクニカが挑む「6つの新規事業」と専門家集団「DXファクトリー」構想とは
■第5回  マクニカCIO・安藤啓吾氏が語る、「IT改革」の3つの施策、「稼ぐIT」への挑戦、そして「2030年の到達点」
■第6回  マクニカCIO・安藤啓吾氏が語る「稼ぐCIO」の条件、「デジタル人材」に必要な3つの力とは? (本稿)

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日本では、経営とITが断絶していた時代が長かった

――安藤本部長が1989年に三菱商事に入社してから現在に至るまで、日本企業の「ITと経営」はどのように変わってきたように見えますか。

安藤 啓吾/マクニカホールディングス執行役員 兼 マクニカIT本部長

大学卒業後、三菱商事に入社、以来32年間IT関連業務に従事、その間18年間の海外駐在(NY、バンコク)、事業会社CIO、IT子会社社長、IT部門長を経験、2021年よりマクニカホールディングス執行役員 兼 マクニカIT本部長

安藤啓吾氏(以下・敬称略) 私が入社した1980年代後半は大型汎用機が活躍していた時代です。インターネットはなく、持ち運べないほど重い“ラップトップ型”PCが出始めたころです。クラウドサービスがあり、一人一人がスマホで会社の情報を扱う今とは、「情報」「テクノロジー」「働き方」に対する概念が全く違います。

 当時の「IT部門」は、大型汎用機を使って業務を効率化する間接部門という位置付けでした。社員はコンピューターを相手にしている、と言われていました。もっとも、みんながコンピューターに向かってプログラミングをしていたわけではなく、われわれ社内IT部門の大きな役割は、社内各部門のユーザーと開発エンジニアの間の通訳であることでした。

 ITシステムを構築するには、もちろん、業務の内容が分かっていないといけません。そのため、ユーザーである事業部門やコーポレート部門が、システムを開発するエンジニアに要件を伝えるのですが、お互い、全く異なる世界にいるため、言葉が通じないのです。

 そこで社内のIT部門が業務を理解した上で、ユーザーの要件をシステム的な言葉に置き換えてエンジニアに伝える、まさに通訳の仕事をしていました。それでもIT部門は、社内では“プログラムを書いている人たち”“ちょっと特殊な人たち”と見られていました。

 その後、日本でもITの重要性が認識されるにつれ、IT部門は戦略的情報システム(SIS:Strategic Information System)を担当する部署として、経営に必要とされるデータも扱うようになってきました。

 日本でもCIO(Chief Information Officer)の肩書きを持つ役員が登場し、「ITは経営マターである」と言われるようになりました。昨今驚異的な成長を見せる米国のIT企業群を例に挙げるまでもなく、デジタル技術が成長を左右する、との認識は定着したと思います。

 しかしその一方で、組織としての「IT部門」はいまだに定着していません。社内にあるのが当たり前だった時代を経て、1990年後半からは、企業は情報システム部門を分社化したり、最近では、IT部門の機能をアウトソーシングしたりしています。多くの企業では今も「IT部門は必要なのか」と議論されています。

このままでは「IT部門」は消えるが、「IT」は今まで以上に必要に

――なぜなのでしょうか。

安藤 経営とITが断絶しているからでしょう。日本企業にIT部門が設置された時、IT部門は間接部門に位置付けられました。その後、「事業部門(ユーザー)はIT部門に要件を出す人(発注者)、IT部門はシステムをつくる人(受注者)」という考え方が定着しました。

 事業部門はシステムの発注を依頼しても、その事業的な意図までは説明しない。IT部門側とて情報を共有されたとしても、事業のイメージが湧かないので応えようがない。次第に、IT部門では経営的課題への関心が薄れ、ユーザーから言われた要件を基に、ただそれを満たすシステムを作ることだけを考えて仕事をするようになったのです。

 また、経営側も「ITは難しい、よく分からないので、IT部門に任せておけばいい」と考える人が少なくなかったと思います。「ITは重要」と言っている企業においても、「中長期経営計画」と「IT・DX投資」がリンクしていない、といった話は今でもよく聞きます。

――このような経営とITが断絶した状況は続きますか。

安藤 さすがに昨今のDXの高まりもあり、ほとんどの経営者がITは事業戦略には欠かせないと認識してくれているのではと思います。ただ、IT側がそれに応えられずに、この状況を放っておくと、状況はもっと悪くなるでしょう。

 今後の技術の進化で、ITシステムをつくり、運用することがますます容易になれば、10年も経たずに、多くのユーザーが、IT部門の力を借りずに自らシステムを作るような世界が広まると思っています。そうなると、昔ながらのIT部門は社内には必要なくなります。

 今の時代、IT・デジタル技術を用いずにビジネスをすることは不可能です。ITの視点なくして、どうやって世の中の潮流を踏まえ、長期経営構想を描き、新しい事業を立ち上げていくのか。パートナーたちとどうやって共創していくのか。どの課題をとっても、IT・DXの視点がなければ戦略を描けません。だから、各事業部分野で活躍できるIT人材が欲しいのです。

――多くの経営者たちが「人が採れない」と口にしています。「デジタル人材の育成」は急務です。

安藤 現在のデジタル人材不足はミスマッチ、スキルギャップが原因です。マクニカでは、「新しいIT部門」を目指して組織変革を試みています。将来を見据えたビジョン、ミッションを考えた上で、今後必要となるであろう「組織」「役割」を決め、今いるメンバーたちにそこを目指して、従来とは違う、新しい仕事を担ってもらいます。

 当然ギャップはあるのですが、あるべき姿、なりたい姿を明確にすることで、みんな通常業務をこなしながら自主的に必要なスキル、将来必要になる技術を習得しています。一人一人足りないスキルが違うので、押し付けの人材育成ではなく、チームリーダーたちが臨機応変に指導していく育成方法に挑戦しています(第3回参照

CIOの仕事は「意識改革」「組織に意識を吹き込むこと」

――IT部門に期待される役割が大きく変わる中、メンバーはどのように意識を変えていく必要があるのでしょうか。

安藤 これまで、どちらかというと経営とはあまり関係ない、経営から離れた部署という意識がIT部門の社員たちにはあったように感じます。

 ですが、今は会社の変革をリードすべき部署であり、まさに経営と一体となって戦略を実行する部署だと思います。このIT部門におけるマインドセットの変革は非常に重要ですし、CIOの重要な役割の一つが「意識改革」「組織に意識を吹き込むこと」だと思っています。IT部門はもちろんですが、IT部門以外の全社員にも、デジタル変革の重要性や意義を認識してもらうことがこれからは必要だと思います。

――CIOの役割・働き方も変わってきますね。

安藤 もともとCIOは「企業や組織の情報戦略を統括し、ITシステムの構築、保守・運用を担当する人」と言われてきました。確かに正しいのですが、CIOの役割は技術の進化に伴って、絶えず進化し続けています。今となっては「デジタルを活用し、組織・事業の変革をリードすること」が大きな役割期待になっているのではないかと思います。

 それを実現するため、デジタル人材を集め、育てること。技術の潮流を踏まえ、組織の枠を超えたビジネスの仕組みづくりを描き、共創パートナーたちの事業を支える環境を創り上げるようにするのがこれからのCIOの仕事でしょう。

 また、働き方という観点では、CIOももっと外に出ていくべきではないかと思います。多くの会社で経営を語る時に、CEO、COO、CFOまでは出てきますが、なかなかCIOは出てきません。これだけIT・デジタルが重要と言われていながら、CIOが明確に経営の一翼を担っている会社は、まだまだ少ないと感じています。

 それは、これまでCIOがどちらかというと「内向き」に仕事をしてきたからではないかと思います。業務効率化が主な目標、成果であれば、それも致し方ないと思いますが、組織・事業の変革をリードするとなると、少し働き方を変えないといけないかもしれません。

 これまで以上に経営と一体となって事業戦略を描き、それに基づく施策を遂行し、その成果を社内だけでなく、社外のステークホルダーにもきちんと発信していく。このような「外向き」の働き方が必要であり、それが企業価値向上にもつながるのではと考えます。

「稼ぐCIO」の条件は中長期な意思決定ができること

――今後は「稼ぐCIO」も期待されています。

安藤 経営とITが分断していた時代とは違い、前述の通り、ITと経営が一体となって事業戦略を実現していくことが重要です。当然、ITの投資効果もこれまで以上にシビアに判断されていくでしょうし、生産性向上、業務効率化だけでなく、いわゆるトップライン(売上)や利益にどれだけ貢献したかも問われるようになると思います。

 社内にいるよりも、社外でビジネスチャンスをつかむ役割なども大事になるかもしれません。いろいろ挙げましたが、今お話しした仕事、役割を全部こなせる人がいたら、すごいでしょうね(笑)。

――「稼ぐCIO」は、フリーの立場で雇われて社内改革を推進していく「プロCXO」たちに近いイメージでしょうか。

安藤 あくまで個人的な考えですが、「プロCXO」たちは、四半期単位から、長くとも2、3年という短期での成果を問われる宿命を背負っています。結果が出やすいコストダウンなどは得意分野かもしれませんが、一方で、人材育成、組織変革、事業開発などといった時間がかかるテーマはなかなか成果を出すのが難しいかもしれません。

 ですから、今後、社内で育ってきた人材の中から「中長期で稼ぐCIO」が出てくると面白いと思っています。先ほど言ったように、業務効率化、売上・利益の向上などを一人で全部こなせるスーパーマンはそうそういませんので、チームで取り組むやり方もあり得るでしょう。

――「稼ぐCIO」に必要な素養を挙げるとすれば何でしょうか。

安藤 CIOに限らず、デジタル人材に必要な要素は(1)スピード感、(2)目利き力、(3)企画力の3つです。

「スピード感」は、今の時代に働く方ならば誰しも納得していただけるでしょう。これはいかに速く自らのアイデアを具現化できるかという観点で、実行力にも通じるかも知れません。

「目利き力」は、世の中の時流・潮流を読み解く力です。面白いもので技術的な専門知識が深ければ、その業界の潮流が分かるか、といえば違います。専門以外にも興味を持ち、複合的な視点から物事を捉えることで、目利き力は育つと思います。常に他人より半歩先を行くという気持ちを持つことも重要ですね。

 最後の「企画力」は、組織や専門性にこだわることなく、人とつながり、多様なビジネスを学び、つなぎ合わせる力。新しいビジネスモデルを最後まで仕立て上げる姿勢です。

 どの要素も身に付けるのは難しいですし、「自分には関係ない」と思われた人もいるかもしれません。しかし「全く関係ないものをつなぐことで、新しいものが生まれてくる」と言います。この3つを意識することで、少し見える景色が変わってくるのではないでしょうか。

連載ラインアップ
■第1回 売上高が2年で倍増し1兆円突破、マクニカの躍進支えた「10年後も楽しく働く」ための次世代システム
■第2回 「成長」の次は「改革」へ投資、マクニカが目指す「稼ぐIT」とは?
■第3回 今のままではIT部門は不要に・・・CIOの危機感から生まれたマクニカの「アジャイル型組織改革・人財育成」
■第4回 「稼ぐIT」をどう実現? マクニカが挑む「6つの新規事業」と専門家集団「DXファクトリー」構想とは
第5回  マクニカCIO・安藤啓吾氏が語る、「IT改革」の3つの施策、「稼ぐIT」への挑戦、そして「2030年の到達点」
■第6回  マクニカCIO・安藤啓吾氏が語る「稼ぐCIO」の条件、「デジタル人材」に必要な3つの力とは? (本稿)

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