写真提供:共同通信社
バブル崩壊(1990年代初め)、リーマンショック(2008年)、コロナショック(2020年)など経済的な危機に見舞われるたびに大きく成長してきたアイリスオーヤマ。その秘訣について、同社の大山健太郎会長は「ピンチをチャンスに変える経営」ではなく、「ピンチが必ずチャンスになる経営」の結果と説く。同氏の著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経BP)では、「経常利益の50%を毎年投資に回す」「新製品比率50%に設定」といった独自のKPIとともに、会社を変える「15の選択」を提示している。本連載では、同書の内容の一部を抜粋・再編集して紹介する。
第5回は、組織の活性力を保つための仕組みについて解説する。
<連載ラインアップ>
■第1回 アイリスオーヤマの“憲法第1条”「利益を出せる仕組みこそ重要」はなぜ生まれたか
■第2回 業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは
■第3回 「経常利益の50%を毎年投資に回す」アイリスオーヤマの深謀遠慮
■第4回 アイリスオーヤマの強さの源泉「プレゼン会議」はどのように行われているのか
■第5回 組織を腐らせる「ヌシ」を生まないために、アイリスオーヤマが構築した独自の仕組みとは(本稿)
■第6回 ニューノーマル時代の勝ち残りに直結する、アイリスオーヤマの5つの企業理念とは
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『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日本経済新聞社)
情報格差を少なくするためには、組織にも工夫が必要です。アイリスの組織は、家電、ホーム(収納インテリア・ハウスウエア)などの事業部組織と、商品開発、応用研究、生産技術などの機能別組織を併用しています。例えば、「家電事業部の商品開発担当」という名刺を社員が持ちます。これ自体はよくある組織の形だと思います。面白い点は、アイリスには管理職はいますが、管理だけをしている人は一人もいないことです。
管理だけをする管理職はいない
一般に、組織がある程度の規模以上になると、管理する人と現場で動く人に分かれます。開発部門でいえば、基礎研究、研究開発、設計・デザインなどの担当に分かれ、各部門には管理業務しかしない部課長がいて、そして、開発全体の組織を束ねる管理職がまた別にいるということが多い。
アイリスの場合も部門を束ねる管理職はいますが、管理職全員が現場に携わっています。開発は全部門が併走しながら進みますが、製品ごとに開発部門の責任者が決まり、他部門のスタッフが彼をフォローします。その「責任者」「他部門のスタッフ」の中に、管理職も入って一緒に進めます。
組織が大きくなってくると、どうしても部門ごとに動きがバラバラになってしまって、アイデンティティー(同一性)が取りにくいものです。しかしアイリスでは、プレゼン会議やICジャーナルなど、規模が大きくなっても管理職を含む一人ひとりの社員が、ユーザーインの開発に関わる「仕組み」を整えることで、同じ意識を共有しているのです。
主体性がないと評価されない
誰もが現業に携わるということは、誰もが会社を引っ張っているということです。「2・6・2の法則」とは、どんな会社でも2割の優秀な人が会社を引っ張っているというものですが、アイリスはそうではない。辞めていく人も一定数はいますが、遊んでいる人は一人もいない。
プレゼン会議でも開発部門内の会議でも、若手社員が直接、役員と話をすることで、案件を前に進めるのです。「自分は歯車だ」という意識は誰も持っていないはず。自分が考えた製品を自分で作っていく。自分がコントロールしているという感覚があるはずです。
そのため、主体性がないとアイリスでは評価されません。受け身が心地よい人は自分の働き方に合った部署に異動します。管理だけをして、自分では動きたくないという人も居場所がない。そしてもう一つ重要なのは、「ヌシがいない」ということです。
企業は、特定の仕事に精通している「ヌシ」を作りがちです。
ヌシがいると、そこに情報が吹きだまりのように集まり、組織のためにはなりません。また、ヌシのような専門家がいれば仕事の能率が上がるようにも見えますが、マンネリ作業は効率を下げます。
どんな仕事でも、違う部署から新しい人が入ってくるからこそ、悪いところが分かり、改善が進みます。もちろん、「改悪」をしてしまうケースも現実にはありますが、相対的にいうと改善することが多い。基本的には、いいところだけが残るからです。
典型的な事例でいえば、新しい工場長が来ると不要な在庫、あるいは倉庫の奥に眠っている「不動在庫」をよく見つけます。
営業職でいうと、新任者はしばしば無駄な値引きを指摘します。前任者がある時期、売り上げを取るために値引きで攻め、以降、元に戻さず放置しているケースというのは案外多いものです。こんなに安く売らなくても棚は維持できるのに、「どうしてこの値段なのか」と聞いても、前任者は「それが当たり前のように続いていまして…」と答えにならない答えをする。必要のない無駄な値引きやサービスは改めなければなりません。
そこで、アイリスでは人事異動を頻繁に行います。営業所長は3~5年が一区切り。厳密な取り決めはありませんが、3~5年で所長をローテーションします。10年、15年と1つの営業所で働くことは皆無です。一人の社員に同じ営業所を任せていると、その感覚やノウハウの中でしか業務が回りません。多くの人が担当することによって、仕事のレベルが改善します。
アイリスの管理者向けの業務マニュアルの中に、「管理者十訓」というものがあるのですが、「同じことを繰り返すな~単調になると創造力が失われ鈍くなる。感激と喜びのないところに人生はない」という言葉を掲げています。それはまさしくヌシを排除するものです。
技術部門でも異動は頻繁です。
アイリスでは採用後に配属された部門が園芸部門だったからといって、そのまま園芸用品のプロになるような人事はしません。家電部門、建装部門へと異動します。せっかく知識・技能を覚えても、新しい部門に異動すると1年は苦労します。
実際、新しい部門に移った技術者が作る製品は、発売1年目は計画通りにいかず、ほとんどの場合、赤字です。見よう見まねで設備を作るから、不良品を出して生産性も悪い。
2年目にようやく、その部門の技術者として活躍するようになり、3年目からはしっかり稼ぐ製品を開発します。大変ですが、そうした経験を繰り返すとノウハウが溜まる。普通の会社はそれを嫌がって、機械メーカーから専用機を購入します。そちらのほうが立ち上がりはいいので、1年目から利益が出るかもしれません。けれど、その技術者に、そして社内にノウハウが残らないのです。どちらを選択するかという話です。
2020年7月から始めた角田工場でのマスク生産も、それまで中国で作って日本に輸入していましたから、国内生産は初めて。中国から技術者が立ち上げに来てくれるとよいのですが、新型コロナで渡航がままならなかった。
やわらかい素材のマスクを、やわらかいビニール製のパッケージに挿入するのは結構難しいのですが、現場は苦労しながら、自動化ラインを立ち上げました。それができるのも、常日頃から幅広い仕事に携わっており、技術者の応用範囲が広いからです。
ヌシ化を防ぐにはローテーション人事をして、部外者の目で見つめ直します。一人ひとりの業務を日々情報共有するといった仕組みも必要です。「人の意見を素直に聞いて、あなたの仕事の進め方を改善しなさい」と言っても、ヌシは絶対に聞き入れません。ヌシとして仕事を独り占めしたほうが、自分の存在価値を保ち続けることができるからです。しかし、それは全体最適ではないのです。
<連載ラインアップ>
■第1回 アイリスオーヤマの“憲法第1条”「利益を出せる仕組みこそ重要」はなぜ生まれたか
■第2回 業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは
■第3回 「経常利益の50%を毎年投資に回す」アイリスオーヤマの深謀遠慮
■第4回 アイリスオーヤマの強さの源泉「プレゼン会議」はどのように行われているのか
■第5回 組織を腐らせる「ヌシ」を生まないために、アイリスオーヤマが構築した独自の仕組みとは(本稿)
■第6回 ニューノーマル時代の勝ち残りに直結する、アイリスオーヤマの5つの企業理念とは
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