INCJ代表取締役会長兼CEOの志賀俊之氏(撮影:今祥雄)

 日産自動車COO、武田薬品工業の社外取締役などを務めた志賀俊之氏は現在、官民ファンドの会長兼CEOとして次世代の産業を担う企業に対して投資の面から支援を行っている。インタビュー後編は、志賀氏がさまざまな経営者との対話、取締役会の経験から得た、日本企業が成長するためのリーダーシップ、執行チームと社外取締役との最適な関係性などを語る。

「秘蔵っ子社長」では大胆な経営はできない

――前回は、日本企業の競争力低下の理由、スタートアップを取り巻く課題などに触れました。今回は、経営者の資質、取締役会のあり方などをテーマにしたいと思います。まず、日本の企業経営者は任期が短く、思い切った改革ができないという意見があります。それについてどうお考えですか。

志賀 俊之/INCJ代表取締役会長兼CEO

1976年日産自動車に入社。1999年ルノーとのアライアンス締結に関わり、企画室長及びアライアンス推進室長を兼務。現場とのパイプ役として、日産リバイバルプランの立案・実行に参画し、2000年46歳で常務執行役員に抜擢される。2005年4月から2013年11月代表取締役副会長に就任するまで、最高執行責任者(COO)を務める。2015年6月官民ファンドである産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長に就任。

志賀俊之氏(以下・敬称略) 任期の短さも問題ですが、それ以前に、これまでの大企業の社長への道筋が良くないと思います。

 日本には、世界で戦っていける素晴らしい企業経営者がいらっしゃいます。ソフトバンクの孫さん、ファーストリテイリングの柳井さんなど現役のトップ以外にも、たくさんの優れた経営者がいますが、ほぼ全員が創業者です。

 私は、ずっとサラリーマンをしてきてつくづく思うのですが、サラリーマンで社長になる人は、「じゃんけん」に勝ち続けてきた人なのです。つまり、キャリアの中でたった一度も、失敗をしたことがない人です。1回でも失敗をすると、日本企業の場合はそこで出世の道が途絶えてしまいます。

 シリコンバレーは失敗を許す文化であり、日本企業のベンチャーキャピタルは総じてやや冷たい、という話をしましたが(前編を参照)、企業内にもそれと同じ構図があります。新事業で失敗する、部下の不祥事の責任を取る、といったことがあると出世する道が途絶えてしまいます。

 そういう文化があるため、私の世代の優秀な人たちは「秘蔵っ子」でした。絶対に失敗しない安全な道を歩かせて、上に上げていくという仕組みが会社の中にできていたのです。もちろん、雑草のように下から這い上がってきた経営者もいますが、数的にはごくわずかです。

 秘蔵っ子の問題点は、経営者としてのリーダーシップを一切学んでいないことです。リーダーシップを発揮できないため、重要な局面で意思決定することができません。ソフトバンクは過去にArm(アーム)という半導体メーカーを約3兆円で買収しましたが、孫さんは、取締役会で買収を提案したときに、「誰一人自分の意見を理解してくれなかったが押し通した」と話しています。経営者はときには、そういう行動ができなければ、世界で勝てる企業にはなれません。

 上に忖度し、ご機嫌を取りながら安全に階段を上がっていくという、日本の伝統的な企業文化を変えていかなければ、優秀な人材ほど失望して、会社を去っていきます。事実、そうした人材がスタートアップの人材市場に流れていて、スタートアップ企業が元気になっているという話も聞きます。

労務費のカットが日本企業の成長力を奪った

――その状況を変えるには、経営者の世代交代しかないのでしょうか。

志賀 そうですね。私も含めて、新しい世代を後ろから応援するような体制をとるべきだなと、本当は思っています。

 私の世代の経営者の間に、多くはびこっている共通言語があります。それは「コストカット」「リストラ」「人件費」です。私自身の反省でもありますが、コストの中の労務費をどれだけそぎ落としたかを競い合っていた時代がありました。

 しかし、それで日本企業はおかしくなってしまったところがあります。私が若手社員だった時代の大企業にはいろいろな研修制度があり、社員を選抜して社費で海外留学をさせていました。しかし現在、そんなことをしている企業はほとんどなくなってしまいました。今、表面上「人的資本経営」といっていますが、昔と比べて、確実に人的投資は減っています。

 しかし光明もあります。人件費を減らして短期的な利益を出していた経営者に対して反発しつつも、会社を辞めずに上の様子を反面教師にして、自分の代で変えてやろうとがんばる人も現れています。大いに期待したいと思っています。