作家 黒木亮氏(提供:中央公論新社)作家 黒木亮氏(提供:中央公論新社)

 130以上の国や地域で事業を展開し、売上高の約60%を海外事業が占めるグローバル企業、味の素。うま味調味料である「味の素」を武器に、どのように世界の食品市場を攻略してきたのか。作家の黒木亮氏は、著書『地球行商人―味の素グリーンベレー』(中央公論新社)で、同社の海外進出の手法をつぶさに解き明かした。前編となる本記事では、米陸軍特殊部隊と同じ異名を持つ、直販部隊を指揮する日本人社員たち「味の素グリーンベレー」の活動の様子や、独自の戦略について話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】文化も食生活もまったく違う異国の地で、なぜ味の素は市場を攻略できたのか?(今回)
■【後編】海外市場で商品を徹底的に現地化、それでも味の素が失わない日本的な良さとは

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「味の素」が世界各国で受け入れられる理由

――ご著書『地球行商人―味の素グリーンベレー』では、アジアや南米、アフリカなど、世界各国の市場を回りながら、地道に味の素やその他の商品を広めていく「味の素グリーンベレー」の活動が描かれています。そもそもなぜ、味の素に注目したのでしょうか。

黒木亮/作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資や航空機ファイナンスなどを手がけ、2000年に『トップ・レフト』で作家デビュー。主な作品は『巨大投資銀行』『エネルギー』『鉄のあけぼの』『法服の王国』『島のエアライン』『アパレル興亡』など。大学時代は競走部に所属し、箱根駅伝に2度出場した。ランナーとしての半生は自伝的長編『冬の喝采』に綴られている。1988年から英国ロンドン在住。

黒木亮氏(以下敬称略) 味の素の海外進出について興味を持ったのは、本書のカバーにもなっている宇治弘晃氏(元エジプト味の素食品社社長。現在は味の素ファンデーションのシニアアドバイザー)と知り合ったことがきっかけです。私は1990年代後半に、証券会社の事務所長としてベトナムのハノイに駐在し、そこで彼と出会いました。

 宇治氏から「味の素を広めるために、とても地道な活動をしている」という話を聞かせてもらったのですが、それが非常に面白かったです。そして、2016年に私が別件でエジプトに行った際に、宇治氏と再会しました。その時、彼はエジプト味の素食品社の社長だったので、詳しい話を聞いたり、行商を取材させてもらったりしました。

 私は元々、作品のテーマとしては、人の汗や葛藤、苦労などを感じられるものが面白いと思っています。宇治氏の話を聞いて、味の素もそういう面白さがあると思って取り上げることにしました。

――「味の素」は、世界130の国と地域で販売されており、人々の食生活に欠かせないものとなっています。味覚も文化も違う外国人に、ここまで「味の素」が受け入れられた秘訣は何だと思いますか。

黒木 第一に、やはり製品が良いからでしょう。「『味の素』を料理に入れたらおいしくなる」という事実がないと、営業マンがどれだけ努力しても売れません。世界中で受け入れられているところを見ると、うま味は世界共通の感覚なのだと思います。

 次に、世界では珍しい直販体制をとっていることです。卸問屋を通さず、市場の小売店を直接1軒1軒回って地道に売っていくことで、その土地の人々の食卓に「味の素」を根付かせるよう努力を重ねてきました。そのことが功を奏したのだと思います。