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 不確実性が増し、トップダウン型の組織が時代にそぐわなくなった今、何が組織の命運を握るのか。本連載では、元海上自衛隊海将である著者が、組織の8割を占めるフォロワー(部下)に着目し、上司の「参謀」に育て上げるために必要な考え方、能力について解説した『参謀の教科書』(伊藤俊幸著/双葉社)から、一部を抜粋・再編集。リーダーシップ一辺倒の組織を、自立型の臨機応変な組織に改革するカギを探る。

 第2回目は、自律的に動ける人材を育てるために、自衛隊で受け継がれてきた「理性ある服従」について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 元海上自衛隊海将が伝授、「最強の部下」を作り、組織を激変させる方法
■第2回 防衛大学校初代学長が、学生たちに繰り返し訴えた「理性ある服従」とは何か?(本稿)
第3回 自衛隊で明確に使い分けられている「号令」「命令」「訓令」の違い
第4回 ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?
第5回 カーネギーメロン大学教授が提唱、組織の力を引き出すフォロワーシップ理論

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初代防大学長が訴えた「理性ある服従」


参謀の教科書』(双葉社)
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 太平洋戦争後にGHQによって解体された帝国陸海軍は、自衛隊として生まれ変わりました。その自衛隊の幹部養成機関である防衛大学校は1952年に設立(当時は保安大学校)。

 戦前の日本では陸海がそれぞれ士官学校を持つスタイルを取っていましたが、それが無駄な縄張り意識と対立構造を生んだという反省から、当時世界で初めての陸海空の仕官を同じ学び舎やで育てる「統合型」の士官学校を作りました。

 その初代校長に指名された人物は、軍人ではありません。オックスフォード大学で学んだ経験があり、イギリス憲法史が専門の政治学者・槇智雄(まきともお)氏でした。元慶應義塾大学の教授です。指名を受けた槇氏は学校設立の準備にあたって各国の士官学校を視察し、戦後の日本に合った士官学校とはどんなものか必死に考えたそうです。

 自衛隊とイギリスと慶應。なんとなくミスマッチな印象を受けるかもしれません。しかし、自衛隊は帝国陸海軍が犯した失敗を二度と起こさないという明確な意志のもと設立された組織です。

 槇校長は自衛隊の将来を担う幹部候補生たちを「ただの軍事オタク」や「視野の狭い人」にしないため、一般大学のカリキュラムをすべて導入。それに加える形で、防衛学など軍事に関する知識を身に付けることとしました。それと同時に、帝国陸海軍で当然とされた「軍人マインド」を変えることに尽力されたのです。

 ちなみに防大と慶應のつながりはその後も続いており、現在の久保文明(ふみあき)校長を含め、歴代10名の校長のうち4名が元慶應義塾の教授です。そんな槇校長が防大生たちに繰り返し伝えた概念のひとつが「理性ある服従」です。本書を通してみなさんにもっとも伝えたいフレーズでもあります。

「服従」という言葉にいい印象を受けない方がほとんどでしょう。広辞苑には「権威者からの命令や指示に従うこと」とあります。しかし、軍事組織であろうと企業であろうと、組織である限り、誰かが決定権を持ち、組織はその決定に従うという構図は必須です。

 指揮系統が曖昧(あいまい)な組織はスピーディな意思決定ができないので、どれだけフラットな組織でも必ず意思決定者や責任を負う人はいるはずです。当初は超フラットな組織でも何とかなったスタートアップ企業が、肥大化するにつれて官僚的な組織に変り果てるといった話はよく耳にします。

 このように組織運営においては一定の規律、つまりルールに従うことは必要なのですが、もしその命令に「唯々諾々」と従う部下しかいなかったらどうなるでしょう?それこそ太平洋戦争のときのように、「情実人事」によって生まれた「資質に欠ける指揮官」による明らかにまちがった判断によって、組織を壊滅に追い込むことにつながりかねません。