「ホラクラシー」という言葉をご存じだろうか。経営者や管理職に権限を集中させる既存のヒエラルキー型の組織に対し、組織の「エボリューショナリーパーパス」に耳を澄ましながら、誰もが自律的に活動する新しい組織デザインの方法のことだ。「ティール組織」の1つのアプローチとして、スタートアップから上場企業まで1000社を超える企業で導入されており、日本でも実践する企業が増えているという。

 本連載では、「ホラクラシー」の開発者の一人であるブライアン・ロバートソン氏の著書[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン(監訳:吉原史郎、訳:瀧下哉代/英治出版)の一部を抜粋・再編集してお届けする。前編となる本稿では、アパレル関連の通販事業で名を馳せる米国ザッポスの創業者トニー・シェイと著者との運命的な出会いのエピソードから、ホラクラシーが生み出す価値をひも解く。

<連載ラインアップ>
■前編 米国ザッポス創業者トニー・シェイ氏と「ホラクラシー」の運命的な出会い(本稿)
■後編 ザッポスはいかにして「ホラクラシー」を導入したのか、その成果はいかに?
特別編 『ホラクラシー』著者 ブライアン・ロバートソン氏 ウェビナー採録記事


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「ある研究によると、都市は規模が2倍になるたび、住民1人当たりのイノベーションや生産性は15パーセント向上する。でも、企業が大きくなる場合、社員1人当たりのイノベーションや生産性は低下するのが普通なんだ」

 この面白いデータを紹介してくれたのは、数年前のビジネスカンファレンスの時、プレゼンを終えたばかりの私に詰め寄ってきた、黒髪を短く刈り込んだ男性だった。スーツ姿の参加者が目立つ中、彼はジーンズにTシャツという出で立ちだったが、そんなカジュアルな外見とは裏腹に、情熱を内に秘めた雰囲気をたたえていた。

「だから」と彼は話を続けた。「官僚的な企業みたいな組織じゃなくて、もっと“都市”のような組織をつくるにはどうしたらいいか、ってことに興味があるんだ」この見知らぬ男性はその後10分ほど、私に矢継ぎ早に質問した。「ホラクラシーにはそれができる?」。

 できるよ、と私は答えた。「今までにホラクラシーを実践した中で一番大きいのはどこの会社? 実践しているのは何社ぐらいある?」。私は彼の質問に答えるべく最善を尽くしたが、次のセッションに遅れそうだったので時計が気になっていた。

 男性と別れ、廊下を早足で歩きながら、彼の名前も、どうしてこの話題にこれほど熱い関心を持っているのかも、聞き忘れていたことに気がついた。

 その日の夕方になり、基調講演を聴こうと席に着いた私はびっくりした。さっき話していたあの男性が、大喝采とともに演壇に上がったからである。

 私に質問を浴びせたのは、オンライン小売業界で名高いザッポスの謙虚なCEOであり、『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説』の著者で、現在のビジネス界で最も優れたビジョンを持ち、最も革新的な経営者の1人に数えられる、トニー・シェイその人だったのだ。

 トニーと私はその後カンファレンス中に再び話す機会があり、トニーは自分が目指していることをもっと詳しく話してくれた。「ザッポスは成長している」と彼は言った。

「社員が1500人になった今、起業家精神あふれる社風を失うことなく、官僚主義に足を取られることもなく、スケールアップすることが大事なんだ。だから、ザッポスをもっと都市のように経営する方法を探しているんだよ」

「その通り!」と私は答えた。ひと筋縄ではいかないこの課題に、私と同じように興味を持つ人が見つかって嬉しかった。私たちは、企業の官僚的な組織と、都市の住人による自己組織化の違いについて語り合った。都市という環境では、人々は境界や責任を理解した上で、空間と資源を地域で共有している。もちろん、法律もあれば、法律を定めたり施行する統治機関もあるが、人々の上にボスがいて四六時中命令を下しているわけではない。都市の住人が何かを決定するたびにボスの承認を待たなければならないとしたら、都市の活動はたちまちキキーッと音を立てて急停止してしまうだろう。

 けれども、企業においてはまったく異なる原則で組織が回っているのがわかる。