僕は、歴史を読み解くとき、年代と世代との関係をけっこう気にします。 たとえば、寛永14年(1637)に起きた島原の乱。この戦いでは、原城に籠城した一揆軍が頑強に抵抗して、幕府の大軍を苦しめます。一揆軍が善戦したのは、戦国時代の最末期に兵士として戦った経験のある者が、たくさんいたからです。 仮に、関ヶ原合戦のときに20才だった者なら、島原の乱では57才。この世代の人たちは、実戦経験が豊富だったわけですが、島原の乱以降は少しずつ世を去ってゆくことになります。 ちなみに、島原の乱に20才で参加した者は、元禄元年(1688)には70才を過ぎている計算ですから、元禄年間ともなると、実戦経験のある人はもう
時房は2.5世代?北条家で考える、鎌倉幕府のジェネレーションギャップ
鎌倉殿の時代(40)義時と泰時
ここからは、JBpress Premium 限定です。
カンタン登録!続けて記事をお読みください。詳細はこちら