《ブレスレット》カルティエ、2014年。ゴールド、ダイヤモンド、オニキス、エメラルド。個人蔵。Vincent Wulveryck © Cartier

 

現代の作品にフォーカスしたユニークな展示

「時の結晶」とは、会場構成を担当する現代美術家、杉本博司氏のアイデアから出た言葉だという。宝石という地球創生期に誕生した物質を用い、世紀を超えても変わらない不変のスタイルや、時代の変化に応じて敏感に変化するスタイルを創出した、壮大な時間感覚を内包するカルティエの世界を見せる、というのが今回の展覧会の狙いだ。

 これまでにカルティエ展は1989年以降世界各国で33回も行われてきたが、その多くはメゾンの歴史を振り返る内容だった。しかし今回は1970年代以降の新しい作品が多数というのが面白い。アンティークジュエリーなどはスイスにあるカルティエ コレクションが所蔵しているが、近年の作品はほとんどが顧客の所有になっているので、美術館が長い時間をかけて所有者にコンタクトし、出品を要請して今回の開催にこぎつけたという。
 

《ネックレス》カルティエ、2016年。プラチナ、ホワイトゴールド、計60.32カラットのコロンビア産ペアシェイプ エメラルド 2個、エメラルド、サファイア、ルビー、ダイヤモンド。個人蔵。Vincent Wulveryck © Cartier
《「ヒンドゥ」ネックレス》カルティエ パリ、特注品、1936年(1963年に改造)。プラチナ、ホワイトゴールド、計146.9カラットのブリオレットカット サファイア 13個、計93.25カラットの葉型に彫刻を施したサファイア 2個、エメラルド、サファイア、ルビー、ダイヤモンド。カルティエ コレクション。Nils Herrmann, Cartier Collection © Cartier

 例えば、2016年製作のネックレス。エメラルドを大胆に使ったエキゾティックな配色のルーツは、1936年製の「ヒンドゥ」ネックレスにある。こうしたエメラルド、ルビー、サファイアのビーズを使ったインド風ジュエリーは、アール・デコ期に一世を風靡した。世界との交易が増大するにしたがって、各国の文化に影響されたエキゾティックなデザインが大流行したのだ。

 また、現代でも根強い人気を誇る「パンテール」のモチーフが最初にあしらわれたのは、1914年に製作されたウォッチ。この頃のパンテールは、平面的なドットをあしらったデザインだった。それが発展して立体的な豹になり、生き生きとしたフォルムで魅了するハイジュエリーに進化していったことが、今回の展示から伝わってくる。かつてメゾンのデザイナーは、動物園に足しげく通って豹の姿態を熱心にスケッチしたそうだ。

《パンテール パターン ウォッチ》カルティエ パリ、1914年。プラチナ、ピンクゴールド、オニキス、ダイヤモンド、モアレストラップ。カルティエ コレクション。Nils Herrmann, Cartier Collection © Cartier

 会場の構成を手がけたのは、新素材研究所。あの江之浦測候所の設計やMOA美術館の改装で知られる、気鋭の建築設計事務所だ。羅(ら)と呼ばれる日本古来の布を天上から垂らしたり、什器に屋久杉や大谷石を用いたり、さらには古美術とハイジュエリーを組み合わせる試みにも挑戦した。そして入口でシンボリックに待ち構えているのは、杉本博司氏が設置した針が逆回りする時計。これまでになく斬新な解釈のカルティエ・ワールドが、ここで繰り広げられている。