――適切な医療の実現に不可欠な製薬企業の医薬情報提供ですが、近年、どのような変化に直面していますか?
アイ・エム・エス・ジャパン株式会社
シニアプリンシパル
谷 将孝 氏
谷 ここ数年で、医療従事者と製薬企業のコミュニケーションを取り巻く環境は大きく変化してきています(図1)。
その筆頭といえるのがテクノロジーの進歩でしょう。膨大な情報が整理されたウェブサイトの充実やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の浸透、スマートフォン等のデジタルデバイスの進化により、医療従事者は、製薬企業のMRを介さなくても、必要な医薬情報を自分で自由に入手できるようになってきました。
また、規制・制度の厳格化も大きな環境変化の一つです。MRに対する訪問規制の強化や、これまでの医師と製薬企業の関係を見直すための取り組みにより、MRが医師に直接会える機会は減少し、従来型のMRによる情報提供だけでは立ち行かなくなっています。
更に、薬剤そのものについて見れば、高血圧や高脂血症といった生活習慣病に対して大型の製品を発売し、大きな利益を得るというブロックバスターモデルは終焉を迎えつつあります。これから発売されていく新薬は、より専門性の高いスペシャリティ製品やオーファンドラッグ
※1が中心となっていくため、製薬企業にとっては、より複雑できめ細かい医療情報の提供が求められるようになると同時に、多品目管理の必要性も増していきます。
図1 医療従事者と製薬企業のコミュニケーションを取り巻く環境変化
医薬品の処方に関わるステークホルダーも多様化しています。医療現場における「患者さんを中心とする医療」の考え方の推進や浸透にともない、医師に加えて薬剤師、看護師、栄養士、MSW
※2といったコメディカルを交えたチーム医療や、地域レベルでの医療連携の必要性が増大しています。また、特にジェネリック医薬品や長期収載品に関しては、調剤薬局も薬剤選択の重要な役割を担うようになっていますし、今後は、欧米のように保険者等がより重要度を増してくることも考えられます。こうした新たなステークホルダーに対しても、製薬企業としてどのような情報提供をすべきか検討する必要が出てきました。
※1 難病などの治療で必要性が高いにもかかわらず、患者数が少ないため採算の取れない医薬品
※2 Medical Social Workerのこと。病院や保健所など主に医療施設で働いているソーシャルワーカー
――そうした環境変化に対応するには、製薬企業の医薬情報提供のあり方はどのように変わっていかなければならないのでしょうか?
谷 デジタルを中心とした医療現場との新しいコミュニケーションチャネルの強化と、MRによる情報提供モデルの進化に並行して取り組むことが必要です。
IMSジャパンが行った調査では、医師に対するインターネットを介したeチャネルでのコミュニケーション比率は年々増加し、2013年度には全体の約30%を占めるまでに存在感を高めています。これだけ短期間で広く活用されるようになってきたeチャネルですので、今後は情報提供の方法やコンテンツの面で、更に質を高めていく努力が不可欠です。
一方で、eチャネルが拡大したと言っても、全ての医療従事者がeチャネルを積極的に活用しようとする訳ではありませんし、能動的に自ら情報収集を行う訳でもありません。こうしたeチャネルにおけるリーチの問題と、何事においても柔軟で細やかな対応やサポートが好まれる日本ならではのスタイルを考えると、引き続きMRを中心とした人的チャネルを介しての情報提供が重要であることには変わりありません。
ただし、将来のMRによる医薬情報提供は、従来型のものとは一線を画し、大きく進化したものでなければなりません。
――進化したMRによる医薬情報提供モデルとはどのようなものでしょうか?
谷 前述したように、訪問規制の増加をはじめとする規制や制度の厳格化が図られたことは、「今のままのMRはいらない」という医療従事者からの警告でもあるのだと思います。そうした中で今後のMRによる医薬情報提供に必要なのは、これまで製薬企業が広く行ってきたマス・マーケティング的な発想による情報提供ではなく、医療現場における個々の医療従事者のニーズを深く汲み取り、それぞれに最適化された情報提供を行っていくマイクロ・マーケティングの考え方です。
例えば、eチャネルを中心に医師が情報を収集するためのチャネルは多様化しましたが、医師によってチャネルの好みや情報のニーズは異なります。一人一人の医師にとっての最適な情報収集チャネルを把握することは、これからのMRにとって必要不可避です。中には、MRの訪問は全く不要で、自らウェブサイトや文献、コールセンター等を通して全ての情報を収集するという医師もいると思います。しかし、そういったチャネル嗜好性の医師であることを把握したうえで、普段は面会する必要がなくとも医師の状況やニーズの変化だけは把握しておき、製薬企業側から伝える必要のある情報が発生した場合には自ら訪問する、或いはe-mailで情報提供するなどの個別対応が出来るようなMRが求められるのだと思います。
また、スペシャリティ製品やオーファンドラッグなど、使い方が複雑で細かな調整が必要な薬剤が増加する中で、個々の患者さんに対応するための生きた臨床情報を、それを必要とする医師へ、必要としている時に、最も適したチャネルを通して伝えるのもMRの大切な役割です。
図2 MR主導のマルチチャネル・コミュニケーションモデル
つまり、これからのMRは、個々の医師が毎日の診療の中で必要とする情報を、必要とするタイミングで、その医師にとっての最適なチャネルを通して提供することが不可欠で、そのために「MR主導のマルチチャネル・コミュニケーションモデル」を構築することが必要なのです。それにはまず、医師の医薬品に対する認識や理解度、処方方針、情報収集状況など、MRがタイムリーに医師のニーズを推し量るための情報を可視化するところから始めなければなりません(図2)。
MRは、医師の現在の状況を踏まえて、次に提供すべき情報を決め、チャネルとコンテンツを選び、情報提供を行います。MRは情報のハブとなって、複数のチャネルを指揮者のようにコーディネートして医師に必要な情報を届けて行くというモデルです。
この、MR主導のマルチチャネル・コミュニケーションモデルの成否のカギを握るポイントは3つあると思います。一つ目が、こうした取り組みを本社から現場MR迄が全社一丸となって推進するという意志の共有、二つ目が、マルチチャネルを活用したコミュニケーションを実施するためのリテラシーを持ったMRの育成、三つ目が、マルチチャネルを通して得た情報を統合・管理し、タイムリーな情報共有を可能とするためのインフラの整備です。
このモデルがうまく回り始めた後には、蓄積された顧客情報を、組織体制やリソース配分、MR配置、業務プロセスなどに反映していくことで、会社全体として更なる生産性の向上を実現することも可能となります。
――MR主導のマルチチャネル・コミュニケーションモデルでIMSジャパンが果たす役割は何でしょうか?
谷 多くの製薬企業が、迫り来る環境変化の波の中で、何かしなければならないことはわかっています。しかし、具体的にどこから手を付けて良いのかが明確ではないのです。
我々IMSジャパンの強みは、創業以来50年に渡り、ヘルスケアに特化した「情報」「テクノロジー」「サービス」を提供してきたことにあります。
マルチチャネルを活用するこのモデルを実現するためには、前述した「全社での意志の共有」「リテラシーを持ったMRの育成」「インフラの整備」の3つのポイントのうち、何が欠けても成功しません。IMSジャパンは、製薬企業の業務、システム、データに関してそれぞれの専門家が幅広い知見を有しており、こうした取り組みを横断的にサポートすることが可能です。
個々の医療従事者が、日々の診療に役立つ質の高い医療情報を、最も適したタイミングとチャネルでストレス無く手に入れることができるような新しいコミュ二ケーションのあり方を、製薬企業の皆様と一緒に作っていきたいと考えています。