世界的な「教育危機」による損失、約13兆円 ユネスコ

仏パリ(Paris)東郊のクロワッシーシュルセーヌ(Croissy-sur-Seine)の学校で、授業を受ける生徒(2012年12月3日撮影、資料写真)。(c)AFP/FRED DUFOUR〔AFPBB News

 仕事がら、地方に出ることが多く、出先での数少ない楽しみの一つに、街で銭湯を見つけたら入ってみるというのあります。

 テレビなどに出ていた時期もあり、変に顔を知られている面もあるので、都内などでは銭湯を利用できないこともあるのですが、見知らぬ土地でひなびた銭湯で疲れを癒すというのは、悪くないものです。

 惜しむらくは、このところ、そんな具合で時折訪れていたお風呂屋さんが数件、店を閉めてしまったことで、経営は難しいのかもしれません。

 家庭の風呂は狭く小さく、子供を入れるにしてもせいぜい1人か幼児が2人、大家族がみんなでお風呂、なんて絵柄は、第2次世界大戦後の核家族とは乖離した話なのかもしれません。

 逆に、お父さんが子供たちを連れてお風呂屋さんにやって来て、ああでもないこうでもないと世話を焼いているような風景は、心が和まされます。

 先日も、そんな親子連れを、ふらっと立ち寄った銭湯で目にしました。

 坊やが浴槽にきちんと漬かるように、お父さんが数を数えさせているのですが、それを九九でやっているんですね。

「2・1が2」
「にーちがに」
「2・2が4」
「ににんがし」
「2・3が6」
「にさんがろく」

・・・とお父さんが先に言うケースもあれば、子供に先に言わせて

「しーちがし」
「4・1が4」
「しにがはち」
「4・2が8」
「しさん・・・しさんが・・・」

 なんて止まっちゃったりもして、いい風景でした。

 ときに、みなさんは九九の規則性をどれくらい意識していますか?

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 正確には、お子さんに教えたりするとき、そのような規則性を教えたりされますでしょうか?

 例えば、5の段は1の位が5と0しか出て来ませんね。

 「5・1=5」「5・2=10」「5・3=15」「5・4=20」・・・

 では、例えば「9の段」の10の位と1の位を足すと、必ず9になる、というのはいかがでしょう?

 9・2=18で 1+8=9、9・3=27 で 2+7=9・・・確かにそうなっています。

 身近で訊いてみると、以外に知らなかった、意識していなかった・・・という人もありました。

暗記・算術・数学:ダメ教育が伸びる芽を摘む

 小学校の算数と、中学以降の数学は何が違うのでしょう?

 一番大きな差は、小学生までは個別の計算をさせる「算術」しか教えないのに対して、中学生には「数理の構造」を含む数学を教えるのです。

 そして、この数理構造、読み書きそろばんを超えた部分が、日本人全般に生活に密着していなかった。

 しばらく前に、元文部科学次官だった人が、高校数学必修を外すという話をし、とんでもないとコラムを記しましたが、実はその根は中学以下のマセマティクスの教育で、数の構造的な論理を教えず、算術未満的な内容を不完全に触っているだけ、だからなんですね。

 これに対して、数理の構造というのは、例えば「プログラミング能力」みたいなことであって、これを伸ばしたい、とブラックボックスを外から眺める経営者などは言う。

 もし本当にそう思うのなら、小学校の最初から、算術ではなく構造的な数学の感覚を伸ばすようにすればよい。

 バイオリンやピアノなど、楽器のレッスンも同様です。

 指先の運動だけやみくもに教えるから子供はお稽古が嫌いになる。主体的な好奇心を刺激して、自分からやる気にさせれば、五輪選手みたいな栴檀が双葉から芳しくなっていく。

 もっぱら、大味で無内容な教育が、子供の伸びる芽を奪っているわけで、そうではない具体例を「九九」に例をとって考えて見ましょう。

「九九の手品」

 加減算ができるようになった子供に九九を教えるとき、先ほどの銭湯のお父さんのように丸暗記させるのも一つの方法で、微笑ましく、お風呂での親子のコミュニケ―ションには何の文句もありません。

 しかし紙と鉛筆をもって数理を考えるときは、ほかの遊び方もあるよ、というわけです。

さっきの9の段

1・9=9
2・9=18 の10の位:1と 1の位:8 を足すと 1+8=9 
3・9=27 の10の位:2と 1の位:7 を足すと 2+7=9 
4・9=36 の10の位:3と 1の位:6 を足すと 3+6=9 
5・9=45 の10の位:4と 1の位:5 を足すと 4+5=9 

 確かに、全部9になっている。どうしてでしょう?

 と子供に訊いてみるわけです。興味をもったらしめたもの、「証明できる?」となれば、これはすなわち、完全に数学の入り口に入ることになります。

 上のような初等的なやり方の延長でも、一つの証明は可能です。小学校低学年には、その方が分かりやすいでしょう。

 子供向けに、玉の数を数えさせてみます。9つ一組の玉が2つある状況を考えて見ましょう。

 9+9=18 ですが これを 9×2=18 と考えさせるのが「掛け算」の導入になります。ケタをそろえて整列させると

 2つ目のグループの9から、第1のグループに1つ移動して「10のかたまり」ができ、これで10の位が「1」(赤く着色した玉)。

 のこりが1の位にあたるので「9-1=8」1の位は「8」。

 この「8」と、先ほどの「1」を足せば、確かに9になります。

 では「3・9=27」はどうでしょうか? もう一つ新たに9つ、玉のセットを導入しましょう(青く塗ってみました)。

 やはり整列させるには、10の位が「10のかたまり」になるのに、あと2つ「空席がありますから。その分を新しい9から移動してやればよく、10の位は「2」1の位は「7」

 「2+7」で確かに9、つまり、新しく来た9から、何個か移動して10のかたまりを作ると、その移動した数と同じ「10の位」に必ずなるので、足せばもとの9になります。めでたしめでたし・・・。

 不十分ではありますが、でも一つの「証明」には違いありません。

 実はこれは死んだ親が教えてくれた「9の段は足すと必ず9になる、なぜ?」なぞなぞの答えで、小学1年生の私には十分理解でき、また面白いものだな、と数理に興味をもつきっかけにもなった、懐かしいお話になります。

 同じことを、もう少し学年の進んだ子に教えるなら、どうしたらいいでしょうか?

 「別解」あるいは「別証明」を与えるという、数理の醍醐味の入り口を、子供に教えるいいチャンスになります。

 例えば 9 というのは 9 でもありますが 10-1 とも 書くことができます。小学校高学年―中学生向けに 文字nを導入した「文字式」を使って原稿枚数を節約することにすることにして、9のn倍が「XY」という数だとしましょう。

 Xは10の位、Yは1の位のつもりですから、正確には(X×10)+Yですが、以下では簡単に

 「XY」=9×n=(10-1)×n

 と書くことにします。ここでnは1、2、3、4、5… 9までの、一桁の自然数です。

 この()の中を展開すると

「XY」=(10-1)×n=(10×n)-n

 となりますから、n×10 から n を引いたことになる。ということは、10の位は必ず

n-1

 になるので

X=(n-1)

 であることが分かります。そこでこれを上の式に代入すると

(10×n)-n={10×(n-1)}+10-n

 となり、1の位Yは

Y=10-n

 そこで

X+Y=(n-1)+(10-n)=n-1+10-n=9

 となり、nの値によらず、常に9になることが示せました。

 こうなると、何が得かというと、もう九九の9の段は暗記しなくてもよいわけです。

 9の9倍、となったら9から1引いて8が10の位、残りは1で「81」自明じゃん、ということになる。

 九九ならみなさん暗記しているわけですが、もう少し複雑な数の計算でも、この種の初等的な「定理」を証明して自明のものとしておけば、いちいち計算したり、ましていわんや、ばかばかしい暗記などせずとも、その場でサッと答えが出、かつ間違いないことは証明済みということになる。

 お父さんの膝に乗せられ、もうそろそろ茹りそうなのに「9×8」がななじゅういくつだか丸暗記で思い出せない坊やは、

 「9の段は暗記する必要がないんだよ」

 の手品を知っていれば、さっさと湯舟から飛び出して、水鉄砲で遊ぶことができるわけです。

 いま9の段を使いましたが、全く同様に8の段も7の段も、実は暗記する必要はありません。

 でも暗記というか、すでに計算した結果をメモリに蓄えておくことは、高速処理の上で有利ですから、暗唱は依然としてお勧めなわけですが、算数の初歩といえども「丸暗記」は全く必要ないし、むしろ有害です。

 その場で「7つの方法で導けるのが、頭を使うということの1の1になるんだよ」ってなことを教えてやる方が、はるかに涼しいことでしょう。

 もっとまじめに続ければ、この先に初等整数論と呼ばれる、すべての数学の中でも最も美しい分野が、すぐさま姿を現します。

 それは、掛け算割り算を教えた直後に素数と素因数分解を教え、ほんのちょっと、学習指導要領という救いようのない足かせを完全に無視することで、いとも簡単に実現できます。

 高校数学を必修から外すなどという狂気の事態とまるで斜交いな、クールな眺望が開けることでしょう。

 興味を持って取り組む子なら、小学校4、5年程度で、直後にビットコインの数理も完全に理解できるようになります。私自身、おいおいそういう教育をしてみようかな、と思っています。伸びたい人は来てみてください。

 大学受験に情報科目でプログラミング能力がどうたら、という寝言があまりにくだらないので、純然と建設的なサンプルで、少しお話してみました。