独核融合装置、プラズマ持続に初成功

すでに様々に利用されている超電導。写真は超電導磁石を使った独西部グライフスバルトのマックスプランク・プラズマ物理学研究所にある核融合装置「ベンデルシュタイン7-X」。(c)AFP/DPA/STEFAN SAUER 〔AFPBB News

 年明けの1月11日、雑誌「Nature communications」に一報の論文が発表されました。

 「Discovery of Superconductivity in Quasicrystal」。日本語なら「準結晶中での超伝導状態の発見」とでも訳しましょうか。

 名古屋大学、豊田工業大学、東北大学、豊田理化学研究所などのグループが達成した、人類史的な価値をもつ大業績と思います、

 一定の確率でノーベル賞が出て不思議ではない驚くべき成果ですが、ことさらに大メディアが騒ぎ立てたりすることはありませんでした。

 まあ、記事の編集担当デスクが理解できなければ仕方のない、いつものことですが、今回はこの「準結晶の超伝導」の何が凄いのか、簡単に解説してみたいと思います。

準結晶とは何か?

 まず最初に「準結晶(Quasicrystal)」とは何か、から話を始めなければなりません。ワープロに「じゅんけっしょう」と入力すると「準決勝」と変換される程度に、世間にはほとんど知られていない物質の形態と思います。

 原子分子レベルで見ると「結晶」は、ちょうど公園などにあるジャングルジムのようにアトムが規則正しく並んだ構造を取っています。

 こうした「結晶」は「並進対称性」と呼ばれる規則性を持ちます。分かりやすい例としてオランダの版画家M.C.エッシャーの作品をリンクしておきましょう。

 例えばこの「鳥による平面の規則分割(参照=http://www.mcescher.com/gallery/back-in-holland/regular-division-of-the-plane-with-birds/)」という作品は、ちょうど、床や壁をタイルで覆い尽くすような意味で、2次元平面を完全に充填します。

 ここで、一部を切り出して別の部分に平行移動すると、完全に重なり合う。こういう特徴を「並進対称性」といいます。

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 さて、世の中にはこういう充填とは別に、平行移動では決して重なり合わない、面や空間の充填の仕方があります。

 例えば、イスラム教のモスク建築には、壮麗な幾何学模様のタイル張りの埋め尽くしが見られます。

 いくつか例を挙げて見ましょう。

 例えばこういうもの(参照=https://en.wikipedia.org/wiki/Girih_tiles)はギリーと呼ばれます。英文のイスラム文様のウィキペディアには、尖塔の屋根を埋め尽くす曲面パターン(参照=https://en.wikipedia.org/wiki/Islamic_geometric_patterns)なども紹介されています。

 あるいはこんなもの(参照=http://archive.aramcoworld.com/issue/200905/the.tiles.of.infinity.htm)もある。

 最後のリンクには、こうしたモザイクの幾何学模様を数学的に整理した英国の数理物理学者ロジャー・ペンローズ(https://en.wikipedia.org/wiki/Roger_Penrose)の名が挙げられています。

 ペンローズは1974年、2種類のひし形を組み合わせて空間を充填しながら、決して平行移動では重ね合わせができないパターンを見出し発表します。

 「ペンローズ・タイル」と呼ばれるパターンで、非周期的でありながら空間を埋め尽くす特異な幾何学構造として注目を集めます。

 ペンローズとエッシャーの間には親交があり、ペンローズの見出した数理構造に影響を受けた作品をエッシャーは発表しましたが、残念ながら版画家は1972年に亡くなってしまいました。そのためペンローズ・タイルの幾何を応用した作品は残されていません。

 しかし、「サークルリミット」と題された作品群(参照=http://www.mcescher.com/gallery/recognition-success/circle-limit-iv/)のように円の内部を自己相似なパターンで埋め尽くしていく図案には、イスラムのモザイクに源流をもち、のちのフラクタル幾何学などにもつながる、ペンローズ・タイルとよく似た発想を見ることができます。

 こうした充填は、しかし幾何学的対象、あるいはモスク建築のタイル貼りなどには見出せても、自然界の物質として安定に存在するとは考えられていませんでした。

ノーベル賞を受けた「準結晶の発見」

 ペンローズの幾何学的議論から8年後の1982年、ワシントンDCでサバティカルを過ごしていたイスラエルの科学者ダニエル・シェヒトマンは、アルミニウムとマンガンの合金を急速に冷却すると、普通の結晶とは異なり、ペンローズ・タイル同様に並進対称性を持たない結晶構造の物質状態が出現することを見出します。

 完全に周期的ではないけれど、でも空間全体を埋め尽くす、こうした物質構造のパターンは「準周期性(quasi-periodicity)」と名づけられ、このような固体が「準結晶(Quasi crystal)」と呼ばれるようになります。

 当初の準結晶は熱的に不安定で「焼きなまし」すると簡単に普通の結晶状態に戻ってしまうものでした。しかし東北大学金属材料研究所の留学生大学院生だった蔡安邦(現・教授)によって次々と熱的に安定な準結晶が発見されます。

 自然界には並進対称性を持たないけれど高度な秩序を持つ、イスラム・モスクのタイル貼りと似たような構造の物質が存在する事実が確認されました。

 ダニエル・シェヒトマンは「準結晶の発見」により2011年のノーベル化学賞を単独受賞しています。

 従来まったく知られていなかった、新しい安定な物質の存在形態を知らしめた大業績で、ノーベル賞の受賞は全く妥当と思います。

 また、個人的には、間違いなく共同受賞の候補に挙げられていたはずの蔡教授にも、明らかにノーベル賞受賞の資格はあったと考えます。

超伝導はどのように解明されているか?

 さて、今回の名古屋大学の業績は、このような「イスラム・モスクのタイル貼り」準周期構造を持つ物質が「超伝導状態」を示した、という報告です。なぜこれがそんなに凄いのかを考えてみましょう。

 ニクロム線が分かりやすいですが、金属は電気を流すと熱を発します。こうした発熱、つまりジュール熱は、電子の流れが金属結晶の「格子」とぶつかり、それを振動させることによって発生すると理解されています。

 超伝導現象とは、こうした金属を絶対零度近くまで低温に冷やしていくと、突然「ガクン」と電気抵抗が消えてしまい、いつまでも電気が流れ続ける(永久電流)まさに「スーパー」な状態になってしまうことを指しています。

 1911年、オランダの物理学者カマーリング・オンネスが水銀などの金属でこれを発見、2年後の1913年にノーベル物理学賞を得ています。

 超伝導現象の解明は20世紀前半、理論物理学最大の難問の1つでしたが、1956年、ジョン・バーディーン(「B」)をリーダーとするイリノイ大学の理論グループがモデルを提出、バーディーンはこの年、1948年にAT&Tベル研究所で開発したトランジスタの業績で1個目のノーベル物理学賞を得ていました。

 ここにプリンストン大学から招聘した助手レオン・クーパー(「C」)と大学院生のロバート・シュリーファー(「S」)の2人が加わって確立された「BCS理論」によって、今日標準的な超伝導現象の理解が確立します。

 BCSの3人は1972年、この業績によってノーベル物理学賞(バーディーンとしては2個目で、現在までノーベル物理学賞を2つ得た人はバーディーンしかいません)を受けています。

 このバーディーンたちの仕事に決定的な影響を与えたのが、日本の理論物理学者、中嶋貞雄先生の仕事でした。

 中嶋先生は、東京教育大学の朝永振一郎教授が確立した「くりこみ理論」(1965年ノーベル物理学賞受賞)を固体結晶に応用する「電子フォノン理論」の研究を進めていました。

 たまたま来日してこの講演を知ったバーディーンは、より詳しい論文を中嶋先生に求められ、金属結晶中の「電子」と、金属結晶格子の振動がランダムな熱振動ではなく量子力学的な秩序を持った「フォノン」として電子とカップリングするというアイデアを発展させます。

 通常状態では金属結晶とぶつかってしまう電子が、ある温度以下に下がり、ジャングルジムの振動が秩序性を持つと「フォノンの衣を着て」結晶格子とぶつかることなく、スイスイと結晶内を長距離にわたって量子力学的に伝導できるようになってしまう・・・。

 こうしたピクチャーが確立されて、すでに60年ほどの年月が経過しています。

 金属結晶が超伝導状態を示すのは、結晶格子の周期性がフォノンという秩序だった格子振動を作り出すためですが、今回の人類史的大発見(と私は思います)は、これを「準周期系」にまで拡大するという、大変大きな意味を持っています。

 もちろん、通常の結晶よりも複雑な系ですから、より低い温度まで冷やしてやらないと、準結晶は超伝導転移を示しません。しかし、このような実験事実が確認されると、物理を考える自由度が飛躍的に大きくなるのは間違いありません。

自然界の本質としての超伝導

 電流が流れれば熱が発生してエネルギーが失われる・・・。これが当たり前であると、オームの法則=19世紀以降の人類は(発見の順番の偶然によって)信じてきました。

 これが19世紀最末年になると、原子、電子の存在が知られ、原子の中では電子が運動していても、なぜか安定していて、熱損失などがないという不思議な定常状態を示すことが知られます。

 この謎を理論的に解明する量子力学(ハイゼンベルク、シュレーディンガー、ディラックら、各々1932/33年にノーベル物理学賞を得ていますが、たかだかノーベル賞がどうたら、というレベルの業績ではありません)が発見されます。

 超伝導という状態の理解が進むにつれ、実は原子分子の中で量子力学的な状態が安定であるときは、超伝導である方が普通、当たり前であって、それが壊れ、古典力学的、巨視的な物質の振る舞いとなるとき、ジュール熱などのエネルギーの散逸が見られるようになることが分かってきます。

 1962年、ケンブリッジ大学の大学院生だったブライアン・ジョセフソンは、「異なる2つの超伝導体」が薄いバリアを境として近接存在するとき、各々の「波動関数」の「位相」に応じて特異な超伝導電流が流れることを理論的に予言します。

 それは直ちに実証され、1973年に江崎玲於奈、イヴァール・ギェヴァー(アイヴァー・ジェーヴァー)とともにノーベル物理学賞を受けました。

 今から30年ほど前、物理学を学んでいた私は、ジェーヴァーの論文やジョセフソン接合がランダムに結合した金属微粒子膜(ジョセフソン・ジャンクション・ネットワーク)の特異な性質を前提とするいくつかの実験に、東京大学理学部物理学科・小林俊一研究室(小森文夫助手:当時のご指導)/低温センター大塚洋一研究室で携わらせていただきました。

 ほとんど先生に指導していただいたまま、どうにか修士論文をまとめるといった大学院生時代を過ごしていました。

 関連のトピックスと、それらを通じて垣間見える量子力学の本質については、いちファンとしてではありますが長年考えてきました。

 2005年「世界物理年」日本委員会で幹事を務めさせていただいた折などにも、こうした話題で中学高校生向けの企画を考えるなどしたことがあります。

 ローカルには周期性がありながら、グローバルには並進対称性を持たない「準結晶」が超伝導転移するというのはいったいどういうことか?

 最初に考えたのは、ジョセフソン接合のネットワークのように、ローカルな超伝導電子が準周期的構造の中でカップリングし合うようなピクチャーで、もちろんそれが合っているかどうかは分かりません。

 「異なる超伝導状態」がリンクし合う系、あるいは「超伝導状態そのもの」が「歪んで」存在している状態など、考え始めると、面白くて本当に興味が尽きません。

 仮に準結晶構造をどんどん小さくしていって、少数の金属原子からなる系を作り、極低温で作動する走査型トンネル電子顕微鏡(STM)のようなシステムで観測すれば、こうした「変わった超伝導現象」の新たな本質が明らかになる期待は高いと思います。

 30年前に卒業研究をご指導いただいた小森先生は現在東京大学物性研究所で副所長を務められ、極低温STMで大きな成果を多数挙げておられます。

 学内/物性研の友人たちと準結晶の超伝導転移について、あれこれ雑談的な議論をしていますが、現状ではまだSTMで到達可能な温度が高く、準結晶の超伝導状態をダイレクトに見るには、もう少し技術の進展と時間が必要かと思われました。

 しかし、逆に言えば、一定の限られた時間で克服可能な課題でもあって、こうした自然界の本質を新たに暴き出す実験が可能であるのも間違いありません。

 日本の基礎研究は弱くなったといった議論を、論文の出版数の何のという2次的な指標でうんぬんする風潮を私は率直に好みません。中身がないから・・・。

 そうではない、本当に見出されたファクトそものもが重要なのであって、それらの真贋を見抜く「自然科学の目」こそが重要なのだと思います。

 「日本発の新しいノーベル賞候補」の1つとして、準結晶の超伝導転移、東北大学蔡教授の名とともに記したいと思います。

 蔡先生の場合は台湾出身で日本で学び、日本を舞台に準結晶という物質を確立してくださったわけで、本当に、本当に、日本のためにもありがたい研究者であると思います。

 改めて、名古屋大学はじめ当該研究グループメンバーの絶大な努力に賛辞をお送りするとともに、こうした真の本質的基礎研究の灯を大切に伸ばし、育てるガバナンスの重要性も、同時に指摘しておきたいと思います。