起業家は創業時の「熱い思い」にこだわりすぎるな

国際展開と地方活性とを支援、ゼロワンブースターの挑戦(前編)

森川 直樹/2019.1.17

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ゼロワンブースター 共同代表/取締役 合田ジョージ氏

 世界へ羽ばたこうとする日本のスタートアップ企業のサポートの一方、東京一極集中になりがちなアクセラレーションを、地域でも充実させようと活動するゼロワンブースター。多彩な実績を挙げる同社は、日本のスタートアップエコシステムの今後をどう見ているのか。創設者の一人、合田ジョージ氏に聞いた。

大企業とベンチャー、双方を知るゼロワンブースター

 創始者の一人、合田ジョージ氏のキャリアは完全に理系だ。電気電子工学の修士課程を修了後、東芝に勤務、その中で重電系の研究所やヨーロッパ家電大手とのアライアンス、アジアでのオフショア製造によるデザイン家電の商品企画などを担当する。その後、村田製作所に移り、そこでMBAを取得。その際、ビジネススクールで鈴木規文氏(現ゼロワンブースター代表取締役)と出会う。

 その後、村田製作所を退職し、スマートフォン広告のスタートアップ企業Nobot社に関わり、マーケティングディレクターとして主に海外展開を主導。会社はその後KDDIグループの子会社に売却した。こうした多様な経験が、ゼロワンブースターでの活動に生かされている。

 2012年、起業を志した合田氏は鈴木氏と再会する。シェアオフィスとして立ち上げたゼロワンブースターで、しばらくはそれぞれの目指すところに向けて活動していたが、海外のコーポレートアクセラレーションの状況で意気投合、ゼロワンブースターの活動を本格化させることになった。

「大企業が、自分だけのイノベーションを諦め、スタートアップ企業を募って連携、対等な関係を維持しながら計画の実現に向けて動く。それがコーポレートアクセラレーションなのですが、私と鈴木は『まさに俺たちにぴったりの取り組みじゃないか』と感じたんです」

 一方の鈴木氏の経歴も興味深い。カルチュアコンビニエンスクラブで経営企画室に従事した後、次世代型アフタースクール「キッズベースキャンプ」を創業。この事業を東京急行電鉄へ売却した経歴を持つ。合田氏と同様に、大企業とスタートアップ企業の双方を経験しており、なおかつバイアウトの経験も持っている。意気投合は合点のいくところだ。

 2012〜2013年当時の日本に、欧米流の本格的なアクセラレーションプログラムはほとんど登場していなかったものの、いち早くアーリーアダプターである学研や森永製菓といったイノベーション企業がこれを受け入れ、本格的なコーポレートアクセラレーションプログラムが日本でも始まった。同社はこうした案件に関与して実績を積み重ね、同時に日本向けにプログラムをローカライズしていった。

 こうした経緯で立ち上がったゼロワンブースターだけに、メンバーにも「実体験」の持ち主が多いのだという。その意義を合田氏はこう説明する。

「大企業とベンチャー企業とでは、文化も価値観もスピードも違います。その両者が連携してイノベーションを起こそうというとき、文化の違う者同士が直接やりあってもうまくいきません。だからこそ、両者の間に第三者が必要になる。アクセラレータの存在意義はそこにあります」