17世紀の初めから19世紀の後半に至るまで260年以上もの間、日本を支配した武家政権を、徳川幕府または江戸幕府と呼ぶ。その幕府の本拠、つまり将軍の居城となってきたのが江戸城である……と、普通は認識されている(筆者もこれまでそういう書き方をしてきた)。 ところが、実は歴代15人の徳川将軍の中に、江戸城を居城としなかった者が2人いる。誰だか、わかりますか? 正解は、初代の家康と、最後(第15代)の慶喜だ。どういうことか、まずは御初代様から説明しよう。 ご存じの通り家康は、もともとは東海地方の三河を本拠とする戦国大名で、のち豊臣秀吉の傘下に入り、天正18年(1590)に北条氏を滅ぼした後、関東を領
徳川家康の居城は「江戸城」ではなかった?徳川政権が「江戸幕府」になった経緯と本当の居城
江戸城を居城としなかった将軍とは?(前編)
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