かつて触れたところであるが(倉本一宏『蘇我氏 古代豪族の興亡』中公新書)、『日本文徳天皇実録(もんとくてんのうじつろく)』巻六の斉衡(さいこう)元年(八五四)十二月甲寅条(三日)の石川長津(ながつ)の卒伝も印象深い。 石川氏の官人を扱うのも、はじめてである。石川氏は、古代最強の豪族であった蘇我氏が天武朝の末年に改姓した氏族である。 一般的には、蘇我氏は大化改新の端緒となった皇極(こうぎょく)四年(六四五)の乙巳の変で滅亡したと考えられているが、決してそんなことはない。蘇我氏の氏上が飛鳥系本宗家の蝦夷(えみし)(および入鹿[いるか])ら、河内系蘇我氏の石川麻呂(いしかわまろ)に移動したに過ぎない