写真提供:Joan Cros/NurPhoto/Jakub Porzycki/NurPhoto/共同通信イメージズ

 トランプ関税による貿易体制の転換や対中関係の緊張など、世界情勢の激変に日本企業はどう備えるべきか。いまや、大局的テーマへの理解は経営に不可欠となりつつある。ドイツの電機メーカー・シーメンスは役員向けにシンクタンクの専門家による研修を実施し、デンマークの海運企業マースクはチーフエコノミストが地政学とマクロ経済を統合的に分析する。『BCGが読む経営の論点2026』(ボストン コンサルティング グループ編/日経BP)から一部を抜粋・再編集。経営者のインサイトを高め、専門人材を活用し、短期・中期・長期の時間軸で対応する具体的な方法を探る。

世界の変化に対応するための3つの行動

BCGが読む経営の論点2026』(日経BP)

 では日本企業がこのような大局を展望する力を身につけ、それを実際の経営判断や行動に活かしていくためには具体的に何をする必要があるのだろうか。

①経営者のインサイトを高める
 まず経営陣が、このような大局的な論点について継続的にインサイトを深められるような環境を築くことが重要だと思われる。

 現在のグローバル企業の経営者の多くは、1990年から2010年頃に若手・中堅としてキャリアを積んできた世代だ。この時期は基本的に自由貿易をベースとし、政治の経済への介入も限定的だった。こうした環境下では、多くの経営者が業界動向や技術動向といった自社に直接関係するテーマの知識を深める機会には恵まれていたが、地政学的リスク、国際秩序の変動、マクロ経済の構造変化といったテーマについて洞察を深める機会は多くなかったと考えられる。

 しかし現在は、そうした大局的テーマへの理解や洞察力が経営に不可欠な“筋力”になりつつある。したがって、経営者自身による自律的な学びと、積極的にインプットを得られる環境整備の2つのアプローチを考えるべきだ。

 ⒜経営者自身が自律的に行動する
 経営陣がインサイトを高める第一歩としては、自らの意思で視野を広げ、思考の軸を鍛える取り組みを継続することが重要になる。地政学やマクロ経済、その他の関連する領域について、書籍やレポートをはじめ良質なインプットを得ることに加え、個人的に有識者とのつながりを築き、定期的に対話の場を設けることなどが、日々の意思決定に直結する知の土台を作る機会となる。

 ダボス会議や、G20(主要20カ国・地域)のビジネスサミットであるB20などの国際的な対話の場に参加することは、世界の構造変化に対する理解を深めるだけでなく、異なる文化・領域のリーダーと交わることを通じて認識の枠組みそのものを広げる良い契機になるであろう。

 たとえば、世界第3位の航空機メーカーであるブラジルのエンブラエルのCEO(最高経営責任者)は、B20や新興国グループのBRICSといった国際的な政策フォーラムに参加している。B20では「貿易・投資」タスクフォースの議長を務め、BRICSビジネス評議会の議長も担うなど活発に活動しており、経営者が国際会議に能動的に関わる一つのあり方を提示している。

 また、デンマークの海運企業のマースクのCEOはダボス会議に参加し、パネリストとして産業政策に関する議論に参加するなど、受動的な情報収集にとどまらない双方向的な社外活動を行っている。

 このような社外でのアウトプットの場を持つことで、前述の知的インプットにも一層の緊張感が生まれ、相乗効果が期待できるのではないかと考えられる。

 ⒝組織として仕組み化する
 個々の経営者による自律的な学びに加え、組織として体系的にインプット機会を提供する仕組みを整えることも大切である。たとえば、取締役会や経営会議などで、月次または四半期ごとに社内外の専門家から定例インプットの機会を設けるとともに、議論を通じて経営戦略とリンクさせることが重要になる。

 また経営陣向けに、地政学・マクロ経済環境等に関する国内外の有識者を招き、年1回の集中的なセミナーを実施することなども有効だろう。例として、電機メーカーの独シーメンスでは、役員向けにシンクタンクの専門家による集中講義とディスカッションを組み合わせた研修を実施している。

②専門性を持った人材の採用・育成をする
 次に重要になるのは、世界の動きの把握とそれを踏まえて自社が取るべきアクションの提言ができる人材の採用・育成である。

 地政学領域については、いくつかのグローバル企業は、元外交官やインテリジェンス機関、国際機関出身者などを採用し、地政学的な動向や自社への影響の分析などを行っている。たとえば、エネルギー企業の英BPは英国秘密情報局(MI6)の元長官で外交官でもあった専門家を2015年に社外取締役として迎え、社内に「地政学委員会」を新設したうえで、その委員長に任命し、地政学的な動向や自社への影響などの分析に取り組んだ。

 従来、地政学的リスクは国家間の軍事衝突といった古典的な形態で語られることが多かった。しかし近年は、安全保障を理由とした関税の引き上げ、テクノロジー規制、特定資源の輸出規制など、経済活動を直接揺るがす非軍事リスクが急増している。そのため単に国際情勢を把握するだけでなく、非軍事的な問題と自社のビジネスとの接点を特定し、その影響度合いを評価しうる分析力が求められる。たとえば、特定国に依存した資源調達が規制対象となった場合の代替調達シナリオの構築や、輸出入規制が収益構造に及ぼす影響をモデル化するような実践的な知見が重要になる。

 マクロ経済領域においては、専門性を持った人材の採用は、日本ではやや見落とされやすいが、欧米企業はこのような領域での専門家の採用を進めており、チーフエコノミストを置いている有名企業も多い。

 たとえばマースクでは、インテリジェンス部門のトップがチーフエコノミストを兼務し、地政学とマクロ経済のインサイトを合わせた形で分析・提言などを行っている。前述したように地政学的な問題は政治だけで動いているわけではなく、多くの場合、その裏側で経済的な要素が重要な役割を果たしていることが多い。そのため、マースクのような地政学的な動きとマクロ経済的な動きを統合的に分析する取り組みは非常に重要になる。

 また、実務的なスキルとしてサプライチェーン最適化、シナリオプランニング、パブリックアフェアーズ(公共渉外)、サイバーセキュリティなどの専門性を備えた人材を採用し、大局的なインサイトを具体的なアクションに落とし込める組織を作っていくことも重要になるだろう。

 とはいえ、複数の観点で同時に専門人材の招聘や体制整備を進めることはコストの面でも難しいことが想定される。自社の事業特性やグローバル展開の段階に応じてどの機能を最優先で磨くのか、経営の優先順位づけが重要となる。

③時間軸での対応を検討する
 専門性を持った人材を中心として大局的なテーマに対応する際、どのようなアプローチが有効だろうか。さまざまな整理の仕方があるが、以下に挙げるように時間軸ベースで短期、中期、長期に分けて対応を整理することが、実務的にわかりやすいのではないかと思われる。

 ⒜短期 モニタリングと危機への即応
 サプライチェーンの寸断、大幅な関税引き上げ、戦争などの突発的な地政学的イベントが起きる予兆がないかをリアルタイムでモニタリングする。それらが発生した場合は経営陣らにブリーフィングを行うとともに、社員の安全確保や輸送ルートの変更、代替供給元の確保、政府・規制当局との対話、顧客・投資家向けにリスク開示など、さまざまな対応が求められる。

 独フォルクスワーゲンは、米国の対中経済制裁などを要因に半導体不足の懸念が高まったのをきっかけとして、サプライチェーンの危機を早期に探知するためのシステムに積極的に投資を行い、モニタリング体制を強化させている。

 ⒝中期 事業環境の変化に対する戦略的な対応
 1~3年程度の中期スパンでは、大きな危機の発生を受け事業環境が構造的にどのように変化しつつあるかを分析し、会社として戦略的にどのように対応をするかを考えていく。

 たとえば、米国による関税の引き上げについて、短期的には在庫の積み増しなどの即応的な対応が必要となるが、中期的にはどのように関税コスト分の価格転嫁を行うか、関税を踏まえ供給網をどのように最適化すべきか、米国市場の不確実性の高まりを受けて新興国での市場開拓を本格化するべきかなど、戦略性を求められるさまざまな課題に対応していく必要がある。

 ⒞長期 市場および事業環境の長期予測と戦略立案
 5~10年程度先を見据えた対応では、市場環境を予測しつつ、それを踏まえた長期戦略を検討することが必要になる。

 世界貿易の変化に伴い、競合他社や顧客のグローバルサプライチェーンも大きく変わることが想定される。例えば、BCGは図表3-9のように世界の潮流を考慮したうえで、向こう10年間の国際貿易の予測を行い、どの国・地域で貿易が活発化するか、あるいは停滞するかを提示している。

 その結果、自社の相対的なコスト競争力はどのような影響を受けるか、地産地消のリサイクルチェーンの構築は加速するのか遅れるのか、ものづくりの力が弱くなった地域で生産の質をどう確保し向上させるのか、など自社にとって長期的な機会とリスクを捉えることが肝要である。

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