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かつて世界第2位の経済大国だった日本が、名目GDPで中国、ドイツに抜かれた。中小企業の割合など共通点が多いドイツと日本だが、なぜこれほどの差がついたのか。10年以上にわたるドイツ現地取材をまとめた『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(岩本晃一著/朝日新聞出版)から、一部を抜粋・再編集。「高く売る」ドイツと「安く売る」日本――その考え方の違いを探る。
ドイツには「隠れたチャンピオン」がいる
『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人 』(朝日新聞出版)
■「隠れたチャンピオン」とは
「隠れたチャンピオン(Hidden Champions)」は、ドイツのハーマン・サイモン(Hermann Simon)によって提唱された「経営学」上の用語である。比較的規模が小さい企業も多く、一般的な知名度は低いが、ある分野において、非常に優れた実績・きわめて高い市場シェアをもつ会社のことを指す。
ハーマン・サイモンは、ドイツの経営思想家であり、コンサルティング会社サイモン・クチャーアンドパートナーズ創業者でもある。
同氏が、2009年に英語版が出版された『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業(原題:Hidden Champions of the 21st Century)』(上田隆穂監訳・渡部典子訳、中央経済社、2012年)というビジネス書のタイトルに「隠れたチャンピオン」を使用し、ドイツにおける高度に専門化され、世界市場でもリーダーとなっている企業群について説明したことから、ドイツを中心として広まった概念である。
ハーマン・サイモンの定義によれば、隠れたチャンピオンとは、次の3つの基準を満たす企業のことを指す。
- 市場シェアの基準:グローバルで1〜3位、または当該企業のある地域(アジア、ヨーロッパ、北米等)で1位
- 売上の基準:40億ドル以下
- 認知度の基準:一般の人には知られていない(「隠れた」という認知度の低さは、通常、製品を購入するのは最終消費者ではないという事実に起因している)
2022年9月27日付のドイツ経済研究所のウェブサイト(Der Informationsdienst des Instituts der deutschen Wirtschaft)の記事によると、ドイツに拠点を置く隠れたチャンピオンは1573社で、そのうちの約42%が従業員数500人以下(うち約24%が従業員数が250人以下)の中小企業で、約17%が従業員数501〜1000人の企業、約41%が従業員1001人以上の大企業である(ドイツの基準では、従業員数500人未満で、売上が5000万ユーロ以下の企業を中小企業と呼ぶ)。
ハーマン・サイモンの定義による隠れたチャンピオンには、売上の基準(40億ドル以下)はあるが、従業員数に関する基準はなく、中小企業も半数含まれるものの、小さな企業から大きな企業まで非常に幅広い分布をしている。
一方で、ドイツの中小企業は、2000年代に入って以降、大企業を凌ぐペースで成長している。雇用者吸収に大きく貢献したのも中小企業であり、図表2に示すように、ドイツにおける規模別の被雇用者の伸びは従業員50〜249人規模の企業が最も大きい。
また、欧州主要国における従業員50〜249人の企業の被雇用者を見ても、ドイツの伸びが最も大きい(図表3)。序章で「ミッテルシュタント」という言葉を紹介したが、このようなデータを見ても、ドイツにおいてはやはり「中小企業が経済を支えている」と言えそうである。
加えて、先述のドイツ経済研究所の記事では、隠れたチャンピオンに関して次のような分析も行われている。
2020年の時点で、ドイツには約1600社の隠れたチャンピオンがあり、これは世界の約3400社の隠れたチャンピオンのほぼ半数に相当する。2015年から2020年にかけて、グローバリゼーション全体が失速する傾向があったが、この期間中もドイツの隠れたチャンピオンの数は増加した。
隠れたチャンピオンは主に伝統的な家族経営の企業であり、企業の平均年齢は約70年である。オーストリアとスイスには、それぞれ171の隠れたチャンピオンが存在しており、1人当たりで換算すると、ドイツと並んで世界でトップである。ドイツ語圏のドイツ、オーストリア、スイスの3か国は、世界の隠れたチャンピオンの56%を占めている。特定の地域に集中している理由として、3か国の特別な地理的文化的背景がある。
かつてこの周辺は、現在の国境に関係なく、家内制手工業が盛んで、ギルドと呼ばれた強力な組合が存在していた地域である。
なお、ミッテルシュタントは、ドイツ語圏(特にドイツ、オーストリア、スイス)で、中小企業、あるいは、家族経営の企業(家族所有の企業を含む)を指す言葉として一般に使われているものの、明確な定義はないようである。
■ 世界中で使われる頑丈なカート
読者に隠れたチャンピオンのイメージをもってもらうために、我々がよく見かける身近な例を挙げよう。
バイエルン州駐日代表部から紹介された同州の代表的な隠れたチャンピオンの事例だが、次のような企業があるという。
ヴァンツル(Wanzl)社は、小売店や空港で使用されるカートの世界有数の製造企業である。1918年、ルドルフ・ヴァンツル・シニアが創業した。本社はライプハイムにあり、従業員約5000人、世界9か国に13の工場があり、全世界の売上高は年間約7億ユーロ(2017年)である。世界中の空港で使われている同社のカートは、ドイツ製らしくがっしりとしている。
そのような業務用および個人用の最終製品を提供できる強い中小企業が育っていることが、ドイツに隠れたチャンピオンが多い理由のひとつと考えられる。
人が欲しがるものを作って高く売るドイツ製品の代表事例として、ドイツ車が挙げられる。値段の張る高級車に特化したのがドイツ自動車メーカーの特徴である(「庶民の車」を意味する「フォルクスワーゲン」の中国における不調については序章で触れた)。BMWは「Bayerische Motoren Werke GmbH(バイエルン州のエンジン工場)」の略であり、BMWの前身であるラップ原動機製造所は、第1次世界大戦中、ドイツ帝国空軍に航空機エンジンを製造し納入する業者であった。これが技術の誇りと地元のために貢献するという社風を作り出している。
反対に、いいものを作って安く売る日本製品の代表例として、軽自動車を挙げることができる。ドイツ車には、軽自動車に相当する車種はない。1台当たりの利益は薄いが大量販売により利益を確保する代表的日本製品と言えよう。
日本企業はよく「薄利多売」をする。どの企業のどの製品か、事例を挙げるとクレームが来ることが予想され、支障が出るので控えるが、読者の皆さんは、「薄利多売」と言うと、だいたい想像がつくのではないだろうか。それもかなりの数を思い浮かべることができるのではないだろうか。
こんな言い方ができるかもしれない。「薄利多売」は日本の文化である、と。しかし、いいものを作って、付加価値を上げ、それに相応しい値段で売って、独自の路線を歩むことが、本来の姿ではないのだろうか。日本の文化と言ってすまされないということは、これから展開するドイツの中小企業の姿を目の当たりにすれば、ご理解いただけるのではないかと思う。
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