写真提供:CFOTO/共同通信イメージズ

 トランプ政権の不透明な関税策、ロシアによるウクライナ侵攻、米国による対中半導体規制、台湾有事リスク、欧州の気候変動規制──。地政学・経済安全保障に関するリスクが拡大・深刻化する中、企業の事業活動が危ぶまれるケースが年々増えている。こうしたリスクによるビジネスへの悪影響を最小限に抑えるべく、企業はどのように向き合い、備えるべきか。本稿では『ビジネスと地政学・経済安全保障』(羽生田慶介著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。国家間の政治力がぶつかり合う現代の国際経済社会において、ビジネスパーソンが押さえておくべき地政学・経済安全保障リスクと対応策を考える。

 企業や教育機関で活発に行われている国際共同研究開発。技術流出を防ぎながらイノベーションを起こすために、現在どのような施策が講じられているのか。
※本記事は、2025年1月時点の情報に基づいています。

10大リスク_研究開発・技術管理の制約
多様化する技術流出リスク

 日本企業がイノベーションを促進し、技術力を向上させるために、外国企業・研究機関との共同研究開発は重要だ。中国との間でも、自動車、情報通信、医薬・バイオなど、多方面で共同研究開発が実施されている。しかし、地政学・経済安保リスクが高まる中で、こうした国際共同研究開発では、これまで以上に技術流出への警戒が必要だ。

 公安調査庁作成の『経済安全保障の確保に向けて2022』は、日本国内でも懸念国企業などが適正な経済活動や研究活動を装って企業や大学などに近づき、自国の製造能力や技術向上に必要な技術やデータ、製品などを入手する事案が発生しているため、「こうしたリスクを正しく認識した上で、官民が連携して経済安保の確保に向けた取組を実施し、技術・データ・製品等の流出を未然に防止することが何よりも重要」だと警鐘を鳴らしている。

 同文書は、技術流出の経路として、①投資・買収、②不正調達、③留学生・研究者の送り込み、④共同研究・共同事業、⑤人材リクルート、⑥諜報活動、⑦サイバー攻撃を挙げている。

 日本政府も、外為法改正による輸出管理の拡充や対内投資審査の強化、経済安全保障推進法の施行、経済安保分野におけるセキュリティー・クリアランス制度の導入などによって、技術流出防止のための法規制の整備を進めてきた。

 例えば、外為法上の投資審査における「コア業種」(事前届け出が必要となる業種(指定業種)のうち、国の安全を損なうなどのおそれが大きいとして事前届け出免除を原則利用できない業種)に、半導体製造装置、先端電子部品などの経済安全保障推進法上の「特定重要物資」に該当する製造業が追加された。

 これらの「コア業種」や「特定重要物資」が、流出に特に注意しなければならない機微技術といえるだろう。これらに関する国際共同研究開発に取り組む際には、細心の注意が必要だ。

 こうした動きの中で、2025年5月に施行された「みなし輸出管理の運用明確化」にも注意しなければならない。外為法では、日本国内での居住者から非居住者への技術提供も輸出とみなされるため、「みなし輸出」と呼ばれる。つまり、社内での日本人社員から非居住者である外国人への研修や指導による技術提供でも、「輸出」とみなされる場合があるということだ。

 以前は、入国後6カ月を経過した外国人や、日本国内の事務所に勤務する外国人は居住者として扱われたが、この運用明確化により、①雇用契約等の契約に基づき、外国政府等・外国法人等の支配下にある者、②経済的利益に基づき、外国政府等の実質的な支配下にある者、③国内において外国政府等の指示の下で行動する者への技術提供が「みなし輸出」管理の対象となった。

 例えば、外国政府から過去に貸与された留学資金について雇用後に返済免除された従業員や、外国大学と兼業をしている日本の大学の教職員などが該当する。企業は、従業員の採用や大学との共同研究の開始などに際しては、「みなし輸出」に該当することがないかに留意しなければならない。

 経済産業省は、「みなし輸出を含む安全保障貿易管理は従来、主として企業や大学の輸出管理部門が対応することが多い分野であったが、今般の運用の明確化に伴い、人事部門や法務部門などと協力して対応する必要性も生じ得る」と説明している。

 産業技術総合研究所(産総研)の中国籍の元研究員による研究データ漏洩事件(不正競争防止法違反)を契機に、研究機関や企業に「営業秘密」の管理強化を求める声も高まっており、重要技術の漏洩防止は企業にとって喫緊の課題だ。

■ 国際共同研究開発でも経済安保を考慮した相手選びが不可欠

 国際共同研究開発に取り組む際には、開発された技術や製品の最終用途(エンドユース)や最終需要者(エンドユーザー)を考慮して、経済安保上のリスクがない相手を選ぶ必要がある。さもなければ、せっかく開発した技術や製品を想定していた顧客に納入できなくなるおそれがある。想定顧客が基幹インフラ関連の事業者や、政府調達に参加する企業の場合には、特に注意が必要だ。

 経済安全保障推進法の「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度」では、基幹インフラを担う延べ213の事業者が「特定社会基盤事業者」に指定されている(2024年末現在)。

 同事業者の保有する設備に不正な機器やプログラムなどのバックドアが仕掛けられていれば、基幹インフラがサイバー攻撃によって機能不全に陥ることになりかねない。これを防ぐため、特定社会基盤事業者が重要設備を導入する際などには事前に政府の審査を受けなければならない。

 また、特定社会基盤事業者に重要設備の部品などを納入している企業も、審査対象となる場合がある。審査では、企業の設立準拠法国や株主構成、役員の国籍、外国政府などとの取引関係の記載や、リスク管理措置が講じられているかの確認などが求められる。これらの審査項目からは、懸念国の経営への関与や、懸念国との資本関係や取引実績などに基づいて、重要設備の安全性が審査されることがわかる。

 政府調達については、2018年12月に策定され、その後何度か改訂されている「IT調達に係る国等の物品等又は役務の調達方針及び調達手続に関する申合せ」がある。

 ここでは、サイバーセキュリティー対策の向上のため、サプライチェーン・リスクに対応することが必要であるとして、政府機関などの重要な情報システム・機器・役務などの調達では、それらの提供事業者や製品・役務について、情報の窃取や破壊、機能停止などの原因になることがないよう必要な措置を講ずることが求められている。

 これらの法規制・措置には、特定の国を名指しして懸念を示したものはない。しかし、米国やEUがファーウェイなどの中国企業を基幹インフラや政府調達から排除していることに触れ、日本の法規制・措置も中国を念頭に置いたものであると明言する政府関係者もいる。「申合せ」が策定された際には、「日本政府が中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の製品を政府調達から事実上排除する方針を決めた」と報じられた。

 日本企業には、情報通信分野などで技術力のある中国企業・研究者と共同研究開発に取り組んでいる例も少なくない。しかし、その製品・技術によっては、基幹インフラ関連の事業者や政府調達に参加する企業に納入できないかもしれない。

 国や企業を名指しして中国製品・技術を排除している米国の場合は、そのリスクはさらに高まり、輸出管理上のコンプライアンス・リスクにも細心の注意が必要だ。

 さらに、バイデン政権下で実施されたインフレ抑制法(IRA)に基づくEV購入時の税額控除は、E Vのバッテリーに含まれる重要鉱物やバッテリーの構成部材が中国などの「懸念外国企業」で製造されたものではないことを要件とした。また、米フォード・モーターが中国電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)から技術提供を受けて米国内にEV向け電池工場を建設していることに対して、米議会から中止を求める声が上がった。

 このように、国際共同研究開発の相手選びでは、開発される技術・製品のエンドユースやエンドユーザーを十分に考慮した、経済安保の観点からの検討が不可欠だ。研究開発においても、同志国と連携するフレンド・ショアリングが重要となる。

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