2代目リーフの開発責任者である、CVE(チーフビークルエンジニア)の磯部 博樹氏(撮影:川口紘)
「日産リーフ」の初代モデルが登場してから7年後、2代目リーフが発売された。その開発を統括したのがCVE(チーフビークルエンジニア)の磯部博樹氏である。磯部氏はそれまで電気自動車(EV)の開発経験がなかったが、他の車種で開発を手掛けた運転支援技術開発の経験を生かし、2代目リーフに先進的な「知能化」技術を導入した。初代リーフのCVEであった門田英稔氏から、磯部氏に受け継がれたリーフの思いとは何か。また日産のEV開発を支えるCVEの役割とは。(第2回/全3回)
電動化と知能化の“アイコン”として登場した2代目リーフ
2010年に世界初の5人乗り量産型EVとして登場した「日産リーフ」(以下 リーフ)は、2016年1月にはグローバル累計販売台数20万台を達成し、自動車市場において確固たる地位を築いた。その翌年の2017年に発売された2代目リーフは、初代モデルと比べ最高出力が38%増の150PS(110kW)、最大トルクが26%増の320Nmに向上した。さらに、新開発のバッテリーにより航続距離は67%増加し、400km(JC08モードにて。WLTCモードでは322km)を達成している。
2代目 日産リーフ(出所:日産自動車ニュースルーム)
しかし、2代目リーフの進化は、こういったスペックの向上だけではない。日産はこの2代目リーフで「知能化」技術を積極的に取り入れ、後の自動運転技術にもつながる、より高度な運転支援技術を備えた次世代の自動車へとリーフを進化させたのである。
開発責任者であるCVE(チーフビークルエンジニア)を務めた磯部氏は当時の開発を振り返り、次のように語っている。
「2代目リーフは、電動化と知能化の“アイコン”と位置付け、これらの技術をフル装備したクルマとして開発しました。門田からリーフを引き継いだ際に、『知能化できるところは全てやろう』と言われました。私がそれまでガソリン車で開発してきた『プロパイロット』などの知能化技術を、2代目リーフに取り入れてほしいと」
磯部氏はリーフを担当するまではEVの開発経験がなかったが、セレナで「プロパイロット」や「プロパイロットパーキング」といった自動運転につながる運転支援技術の開発を手掛けてきた実績があった。
プロパイロットは高速道路での渋滞時の走行や長時間の巡航走行において、アクセル、ブレーキ、ステアリング操作をサポートする。プロパイロットパーキングは、縦列駐車や並列駐車、車庫入れなどの駐車操作を支援する。
磯部氏は、運転支援技術とEVの相性の良さについて「EVはエンジンやトランスミッションといったメカニカルな部分がシンプルなのでガソリン車に比べて自動運転制御が非常にしやすい」と述べている。
「プロパイロット」の搭載は発売前のティザーキャンペーンでも発表されていた目玉機能だった(出所:日産自動車ニュースルーム)
当時の日産の最先端技術を搭載した2代目リーフは、日産が掲げる「Nissan Intelligent Mobility(ニッサンインテリジェントモビリティ)」の原点ともいえるアイコニックな存在として誕生した。
二代目リーフ(出所:日産自動車ニュースルーム)
リーフの可能性を先に進める
そういった技術的な先進性とともに、門田氏、磯部氏が強調するのがリーフが実現したEVならではの運転の楽しさだ。門田氏は言う。「初代リーフのアクセルを緩めた時に感じる強いエンジンブレーキのような感覚はお客さまから好評でした。このフィードバックから、ワンペダルで発進から停止までを行う技術を開発すれば、新たな価値を提供できると考えました」
門田英稔氏(日産リーフの開発責任者)1956生まれ。1982年 日産自動車入社。シャシー設計部にて足回り部品や車両性能の開発に従事。 1991年電気自動車(EV)の開発に従事した後、2001年から燃料電池車(FCEV)開発を担当。 2007年に日産LEAF Projectのチーフ・ビークル・エンジニア(CVE)として、世界初の量産EVの開発を主導した。
このアイデアは2代目リーフにてアクセルペダルで発進から加速、減速、停止までを操作できる「e-Pedal(イーペダル)」として実現し、日産以外にも「ワンペダルドライブ」などと呼ばれて波及した。現在は「e-Pedal Step」へと進化し、サクラ、アリア、セレナ、エクストレイルなどの車種で採用されている。
さらに、リーフが実現したEVならではの特性を純粋なEV以外でも体験できるようにしたのが「e-POWER」だ。
e-POWERは2016年11月、「ノート」に搭載されてデビューした(出所:日産自動車ニュースルーム)
「リーフのトルクフルな感覚が、予想以上にお客さまから支持されました。この運転の楽しさこそがEVの魅力なのです」
磯部氏は「e-POWER」の開発のきっかけをそう振り返る。
「e-POWER」は、1台の自動車にガソリンエンジンと電気モーターを搭載する点ではハイブリット車だが、エンジンは発電にのみ使用し、走行は電気モーターが担当する。
e-POWERの構造。エンジンは車輪と直接つながっていない(出所:日産自動車)拡大画像表示
これを磯部氏は“充電のいらないEV”と呼び、一般的なハイブリッドシステムの開発より、次第にe-POWERに重点を置くようになったと言う。
磯部博樹氏(2台目リーフのCVE)1966年生まれ。1990年に日産自動車入社。2008年発売の2代目「ムラーノ」で車両開発プロジェクト統括を担当する。その後、CVEとして2代目「Qashqai」、5代目「セレナ」、2代目「リーフ」そして「アリア」の開発を主導した。現在、第二製品開発部 第一プロジェクト統括グループにて「リーフ」、「アリア」のCVEを務める。
日産の革新的技術を支えるCVEの役割
ここで注目すべきなのは、日産が「e-POWER」によってリーフの運転感覚を他の車種でも体験できるようにしただけではなく、リーフに搭載した運転支援機能を他の車種にも展開して自動車の知能化の取り組みを推し進めたことだ。
こうして日産が技術的アドバンテージを獲得していくことができる背景には、門田氏や磯部氏のようなCVEが開発を統括する日産の開発体制がある。門田氏は、CVEの役割について、次のように語る。
「日産では複数のクルマの開発プロジェクトが同時進行で進んでいますが、設計部署は車種ごとではなくパワートレイン、バッテリー、ボディー、シャシー、インテリア、電装系と部門ごとに分かれています。一方、CVEは、車種を担当し、これら設計部署との調整を行いながらプロジェクトを統括する役割を担っています」
出所:門田氏のプレゼンテーション資料拡大画像表示
自動車の開発は、EVに限らず、企画のコンセプトを定め、ターゲットカスタマーを明確にすることから始まる。その結果を基に必要な要件を一つ一つ定義していくのだ。CVEはこのプロセスを主導し、必要なハードウエアやソフトウエアを決定していく。
さらに、新しい技術に関しては先行開発部門が存在している。彼らの開発した技術を実際の製品に採用するかどうかを判断するのもCVE次第だ。
プロジェクトを開始する際、磯部氏は「開発チームのメンバーからアイデアを引き出すことを重視する」という。面白いアイデアや、どうしても実現させたいアイデアを持つ担当者も少なくない。また、CVEからの指示よりも、担当者自身が考えたアイデアを実現する方が、より熱量を持って開発に取り組むことができる。磯部氏は、着想を得るために合宿を開催することもあるという。特に、知能化は、ソフトウエアが自動車の根幹に関わり、開発に必要な技術分野は多岐にわたる。CVEは最新の技術情報をキャッチアップしつつ、新しいアイデアを生み出すことが求められる。
CVEに求められる素養とは何か。門田氏は次のように説明している。
「チーム全体を最短距離で目的のクルマの完成にまで導ける能力だと思います。そもそもクルマは合理性の塊です。合理的でない開発をすれば、いろいろな不具合が起こる。合理的な方向性をいち早く打ち出し、チーム全体に理解してもらい、同じ方向を向いて進んでいく。これを導ける能力がCVEには必要だと考えています」
そして日産は、初代および2代目リーフの発売後もEV開発を続け「アリア」「サクラ」という新たなEVを誕生させた。これらの開発に込められた想いについては、次回の記事で詳しく触れたい。
第3回「『新規開発をしなかった』日産サクラ 次々と新型EVを生み出し続ける日産の強さとは?」へ続く
