写真提供:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

 格差や分断、気候変動、環境破壊、人口減少…。さまざまな問題が山積する中、「サステナビリティ=人類社会の存続」の実現に向け、エネルギー革命やサーキュラーエコノミー、AIの活用など「新たな産業革命」の兆しが見え始めている。その大波が産業や雇用、社会や教育のあり方を激変させることは間違いない。本連載では、『データでわかる2030年 雇用の未来』(夫馬賢治著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。データをもとに将来の社会を展望しつつ、来たるべき変化にどう備えるべきかを考える。

 第2回は、新たな産業革命において企業が果たすべき役割と日本企業の課題を明らかにする。

<連載ラインアップ>
第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
■第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?(本稿)
第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
■第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?(10月1日公開)
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?(10月8日公開)
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?(10月15日公開)

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これからの企業に求められている役割は

データでわかる2030年 雇用の未来』(日経BP 日本経済新聞出版)

 話はこれで終わらない。いまでは政府や自治体だけでなく、市民も企業に課題の解決役を期待するようになった。

 さきほど紹介した信頼度の調査で、企業が、政府やメディアを超えて、最も信頼される存在になったことを伝えた。さらに、同じ調査には、各機関の倫理度に関する設問もあり、倫理度で政府がマイナス11だったのに対し、企業はプラス18で、NGOのプラス22に次ぐ高さだった。

 しかも企業の倫理度は、2020年にマイナス1だった状態から年々スコアを上げており、評価向上が著しい。

 そもそも、市民にとって政府よりも企業は身近な存在だ。例えば、毎月1回以上、役場に行く人は公務員以外ではほとんどいないだろう。役場に行ったら行ったで、「対応が冷たい」「待ち時間が長い」「お役所仕事でたらい回しにされた」と不満を言う人も多い。

 公務員が日々どんな仕事をしているのかもよくわからないまま、税金だけはしっかり徴収されていく。市民は政治に選挙という形で参加しているが、選挙は数年に一度しかない。

 一方、月に一度も企業に足を運ばないという人はほとんどいない。企業で働いている人はもちろんだが、コンビニ、スーパー、公共交通機関、どれも大多数は企業が運営している。地元の商店街にある老舗の店も、クリーニング店も、全部企業だ。

 家にいても、スマートフォンで企業が運営しているウェブサイトやアプリを使って、ニュースを見たり、ショッピングをしたり、SNSで友人や家族と連絡を取り合っている。企業が事業を突然中止してしまえば、たちまち私たちは当たり前の日常生活を送れなくなってしまう。

 だからこそ、災害時に企業がいち早く開店したり、救援物資を支給したりしてくれると、企業に対して感謝の念が湧く。私たちが、日常を送れているのは、企業が毎日当たり前のことをやり続けてくれているからだ。人々の期待に毎日応えてくれている。

 企業へのこうした信頼の高まりを受け、信頼度調査を実施している世界的なPR会社のエデルマンは、社会を持続可能にしていくためには、「企業がリードし続けていくことが必要である。企業は最も信頼されている組織として、更に大きな期待と責任を担っている」と提唱している。

 もちろん政府も重要な役割を負っているため、企業は政府と協働すべきだとも提言している。さらに企業が「信頼できる情報源となり、市民的な議論を促進し、誤った情報源に対しては、その責任を追及し、是正していく必要がある16。とまで進言している。

16 前掲書

 では、企業は具体的にどの課題に取り組むことが期待されているのだろうか。市民を対象とした信頼度調査では、それに関する設問も用意されていた。回答の状況では、気候変動、経済的不平等、エネルギー不足、医療へのアクセス、信頼のある情報の発信、従業員のリスキリング(学び直し)の6つすべてで、「不十分である」が「行き過ぎている」を上回った17。世界27カ国の平均でも、日本だけの回答でも、結果は同じだった。

 こうして人類は、ウェディングケーキ・モデルにおける「社会層」や「環境層」の課題に対しても、企業に解決役を期待するようになった。そして、企業は「課題を解決できる事業を運営しながら、多くの人を雇用し、そのうえで経済成長を成し遂げる」ことが、社会の中で存在するための使命となった。

 もちろん、課題を解決しながら、利益を出し、経済成長を牽引していくことは簡単ではない。従来の産業構造やビジネスモデルを変えていかなければならない。新たな技術開発も必要になる。こうして、21世紀の産業革命が始まることになる。

人材開発に投資しない日本

 イギリス産業革命では、教育制度や人事制度の抜本的な改革が行われた。それは、産業革命前と産業革命後では、求められる人材のあり方が大幅に変化したためだ。そして莫大な人材開発に向けた投資も行われた。

 同様に、21世紀の産業革命においても、社会で活躍する人に求められるスキルが大きく変わる。そして、それに応じて、「人づくり」の内容も変わっていくことになる。

 しかし、日本では「人づくり」に対する投資が極めて少ないことで知られている。その背景には、戦後の日本に定着してしまった人事制度が関係している。

 日本には、勤続年数に伴って給与や役職が上がる「年功序列制度」があることで有名だ。しかしこれは、年を取った人のほうが偉いからというような儒教的な考え方ではない。戦後復興と高度経済成長を支えるためには、科学的に年功序列制度が必要だったのだ。

 戦前の日本にはまだ、生まれた家にひもづく身分制度が実質的に残っていた。しかし、戦後復興と経済成長の中で、身分制度に基づく人材登用では、急増する労働需要に全く追いつかなくなった。そこで、身分ではなく、仕事の能力に応じて人材登用すべきという「職能資格制度」という考え方が誕生した。職能資格制度の下では、身分に関係なく、誰もが職務経歴に応じて昇進、昇給できるようになった。

17 前掲書

 職能資格制度では、社会人は職務経験を積めば積むほど、仕事をする能力、すなわち「職能」が上がると考える。こうして年齢とともに職能が上がり、職能に応じて給与も上がるという「年功序列制度」が生み出された。

 だが、産業革命と職能資格制度は相性が悪い。職能資格制度は、仕事を通じて、自然と必要なスキルが修得されるということが前提になっている。しかし、産業革命によって、必要となるスキルが大幅に変わると、日々の仕事の中では必要なスキルが修得できなくなる。こうして仕事を通じて自然とスキルが上昇していくという「職能資格制度」の前提が成り立たなくなっていく。

 また、職能資格制度が定着していく中で、日本では「学習」というものも軽視されていった。なぜならば、仕事のスキルは、仕事を通じてこそ修得できるものであり、仕事以外の学習にはあまり価値がないと考えられるようになったためだ。

 それを象徴するように、日本では「学習」というと、大学もしくは高校までの「お勉強」の期間と捉えられている。「社会人」という言葉には、いわゆる「お勉強」の期間が終わり、お勉強とは別の「仕事」の期間が始まるという意味合いが含まれている。

 そして日本では、学校での「お勉強」は社会人の役には立たないと考えられてきた。新卒採用では、一部の専門職を除き、学校で何を「お勉強」したかは重視されない。むしろ、社会人1年目には、「社会人の洗礼」と言わんばかりに、「お勉強」が役に立たないということを叩き込まれる。

 こうして、日本企業では、業務を離れて研修を受ける「Off-JT(Off-the-Job Training)」は軽視され、仕事をしながら業務を覚える「OJT(On-the-Job Training)」に重きが置かれた。

 だが、イギリス産業革命の例が示しているように、新たな産業革命ではOJTでは太刀打ちできなくなる。日々の業務を通じて修得できるのは、古い時代の仕事の仕方であって、新しい時代のスキルを修得することはできない。すると、Off-JTが重要になるのだが、日本企業のOff-JT投資額は、主要国中で最も低い水準にある18

さらに悪いことに、日本企業のOff-JT投資額は、1990年代と比べても減少している(下図)。日本企業は21世紀の産業革命をリードすることを自ら放棄しているとも言える。

18宮川努・滝澤美帆(2022)「日本の人的資本投資について――人的資源価値の計測と生産性との関係を中心として」RIETI Policy Discussion Paper Series 22-P-010

<連載ラインアップ>
第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
■第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?(本稿)
第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
■第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?(10月1日公開)
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?(10月8日公開)
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?(10月15日公開)

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