日本経営品質賞報告会レポート ~シスコの経営品質はどのように実現されたのか~【後編】

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VSEMとPlaybookで経営管理を全社に浸透

シスコ経営を理解するための第3の側面が経営執行管理プロセスである。シスコはここで「VSEM」と呼ばれる手法を確立している。これも前回紹介したC-LEADと同様に、構成要素の頭文字を取ったネーミングだ。Vはビジョン(Vision)、Sは戦略(Strategy)、Eは実行(Execution)、そしてMはメトリクス(Metrics)を意味する。

経営企画手法の進化

まずビジョンでは、顧客に対する価値をいかに進化させるかを、5年以上のスパンで考える。戦略では、ビジョンを実現するために、2~4年後の状態を考える。実行では戦略を支える計画を、12~18ヶ月のスパンで立案。そしてメトリクスは、12~18ヶ月のスパンで実行結果を計測し、計画や戦略、ビジョンへとフィードバックする。これを社内全体で整合性を持たせながら、全てのマネージャーが作成しているのである。

「ここで重要なのが、メトリクスの項目を必要以上に細かく設定しないことです」というのは、パブリックセクター事業を担当する大井川専務執行役員だ。「常に本質は何かを意識してVSEMを作成する必要があります」

シスコはこの手法を毎年進化させ続けている。日本経営品質賞の審査報告会を受けた時には「これについてこられる社員がいることが素晴らしい」という評価を受けたと平井社長は振り返る。いくら仕組みが素晴らしくても、それを理解し実行できる人財が存在しなければ、机上の空論に終わってしまうのだ。

これに関してはシスコカルチャーの存在や、C-LEADを重視した人財採用・育成が、大きな貢献を果たしているといえるだろう。しかしその一方でシスコでは、VSEMを定着させるためのより実践的な取り組みも行われている。「戦略や実行計画を耳で聞いただけでは、1ヶ月後に7割の内容を忘れてしまいます。しかしそれを紙に書けば5割残り、それを口に出して語ればさらに長く記憶に残ります。つまり自分たちが作った戦略を語る場を設けることで、VSEMの浸透を促すことができるのです」(平井社長)

そのために構築・活用されているのが「Playbook」である。これは一人ひとりのマネージャーがビデオとスライドで自分のVSEMを語り、それらを全社員で共有する、イントラネット上の仕組みだ。社長は年に4回、他のマネージャーは年に2回、その進捗状況をビデオでアップデートする。ここで共有されたVSEMは、さらに一般社員の業務目標へと展開される。この業務目標も、個人的な育成プランを除き、すべて全社員で共有される。このような情報共有も、プロジェクトチームを編成する上で欠かせないものなのだ。

Playbook

経営企画手法の進化
Playbook

ビジネステクノロジーが推進するワークスタイル変革

Playbookの存在は、シスコにおけるテクノロジー活用の考え方を、象徴するものだといっていい。「もはや情報を所有することには価値はありません」と平井社長。何かわからないことがあれば、インターネットで検索すればいいからだという。「これから重要になるのは、手に入れた情報をもとにクリエイティビティを発揮することです。シスコはこのようなビジネスを支えるテクノロジー、経営革新のエンジンとなるテクノロジーを、“ビジネス テクノロジー”と呼んでいます」

つまりPlaybookは、ビジネステクノロジー活用のひとつの形なのだ。活用例はこれだけではない。シスコはワークスタイル変革も、ビジネステクノロジーによって積極的に進めている。

Bring Your Own Device

そのためにシスコが掲げているコンセプトが“Bring Your Own Device”。それぞれの社員が自分の好きな種類の端末を持ち歩き、自由なワークスタイルで働けるようにしている。デバイスに人が合わせるのではなく、人の周りにデバイスを配置することで、人間中心のスタイルを確立しているのである。

またビデオ活用も重視されている。Playbookでもビデオが重要な役割を果たしているが、Cisco WebExと呼ばれるインターネット上のウェブ会議システムや、Cisco TelePresenceといった活用形態も用意されている。テレプレゼンスとは大画面ディスプレイ等の技術を駆使した、極めて臨場感の高いテレビ会議の仕組み。相手の細かい表情やニュアンスまで読みとれるので、まるで相手がその場にいるかのように対話できる。出張の必要もなくなるため、意思決定の迅速化や経費節減にも大きな貢献を果たす。

シスコではワークスタイルを、4つの段階に分けている。人と人とをつなげる“Connect”、情報伝達と共有を行う“Communicate”、協業によって価値を創造する“Collaborate”、そして暗黙知を形式知に変える”Learn”だ。

「人と人をつなげるだけではなく、その上で何を行うかこそが重要」だと指摘するのは鈴木専務執行役員。「ビジネステクノロジーを活用したワークスタイル変革を自ら実践し、学習する組織を作ること。そしてその成果をお客様に提案することが、シスコの役割だと考えています」という。

実はビジネステクノロジーの積極的な活用も、サッカー型組織の活動を支える重要な要素だといえる。いつでも、どこでも、誰とでも仕事ができる仕組みがあるからこそ、社員の自発的な動きも可能になるからである。