日本経営品質賞報告会レポート ~シスコの経営品質はどのように実現されたのか~【前編】

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シスコの経営を理解するために必要な4つの視点

米国のIT業界をよく知る人々にとって、シスコはひとつの型にはめにくい、ユニークな企業だといえる。

一般に米国のIT企業は、拠点が東海岸にあるか西海岸にあるかで、文化も服装も大きく異なっている。IBMのように東海岸を拠点とする企業はエスタブリッシュメントの色が強く、服装もボタンダウンシャツにスーツ姿が定番。それに対して西海岸のIT企業の多くは、より自由な雰囲気を持ち、ポロシャツやジーンズといったラフなスタイルが定着している。

スピーチを行う平井氏

それではシスコはどうなのか。西海岸を代表する企業のひとつでありながら、エグゼクティブのほとんどがスーツ姿なのだ。「これは会長であるジョン・チェンバースの嗜好でもあるのでしょうが、いつでも顧客やパートナーと会えるように、常にスーツを着用しています」と、平井社長はシスコの服装について説明する。

しかし服装の話は、同社の特異性を示すエピソードのひとつに過ぎない。企業経営の面でも「ベンチャー的な活力」と「伝統的な大企業の経営管理手法」を、独自の方法で融合しているのだ。今回の日本経営品質賞受賞の根幹は、ここにあるといっても過言ではない。

それでは具体的に、シスコはどのような企業経営を行っているのだろうか。大きく4つの側面から見ていくべきだろう。まず第1は組織マネジメント、第2はカルチャー、第3は経営執行管理プロセス、第4はテクノロジーだ。

シスコはこの4つ領域で、他社のベンチマークになりうる仕組みを確立している。そしてこれらが相乗効果をもたらす、顧客価値創造のサイクルを作り出しているのである。

サッカー型でビジネスを行う4次元のマトリクス組織

まず注目したいのが、組織マネジメントだ。シスコはいわゆるマトリックス組織を採用している。しかし一般的なマトリックス組織とは、大きく異なるポイントがある。多くのマトリックス組織は、地域と製品、あるいは顧客セグメントと製品といった、2次元のマトリックスだ。これに対してシスコでは、これらに営業モデルを加えた4次元マトリックスになっているのである。

シスコのビジネスモデルもこの4つの軸が複雑に絡み合う。そしてそれを遂行する組織も、一般的な企業組織とは大きく異なっている。従来型のシンプルなピラミッド型の組織図は、シスコではもはや存在し得ないのだ。

「自分の上司が誰かなどということは、もはや重要ではありません」と平井社長。社長も組織のトップではなく、ひとつのファンクションに過ぎないと言い切る。

またこのような4次元的なアプローチは、ビジネスの遂行方法も変えてしまう。「一般的な企業のビジネス遂行方法が、プレイヤーの役割分担が明確に決まっている野球型だとすれば、シスコはサッカー型だといえます」説明するのは、エンタープライズ事業を担当する鈴木専務執行役員だ。走りながら必要に応じて戦略を修正し、プレイヤーが役割を柔軟に変えながら、常にチームでボール(顧客ニーズ)を追いかけていく。組織や国の壁を超えて助け合うことも、日常茶飯事だという。

シスコではプロジェクト毎にその業務遂行に必要な人が集まり、プロジェクトの進捗に合わせてそのメンバーの構成が変化していくのが一般的。そのため、社員が複数のプロジェクトに参画することも珍しくない。組織構造の柔軟性は極めて高い。これは変化に迅速に対応できるというメリットがある。しかしその一方で、ひとつ間違えれば求心力を失うというリスクとも背中合わせだ。

実はこのリスクを回避する上で重要な役割を果たしているのが、シスコカルチャーと呼ばれる企業文化の存在と、その浸透ぶりなのである。