【特別講演】

夏野 剛 氏

IT革命の本質とICTの未来

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
特別招聘教授 夏野 剛 氏

 「この15年におきた変化は思っている以上に大きいんです」と夏野剛氏は、具体的な例を挙げて変化の大きさを指摘する。携帯電話が普及し、一人に一台PCが用意され、何よりもメールの活用など仕事の仕方が大きく変わってきた。「生活だけでなく、仕事のやり方も、産業のあり方も変わりました。これは単なる状況の変化ではなく、"革命"なんです」と夏野氏はそのインパクトの大きさを強調する。
 それでは、具体的にIT革命で何が劇的に変わったのだろうか。夏野氏は、まず技術のコモディティ化を挙げる。「情報によって、技術がどこでも手に入るようになり、技術そのものより、ビジネスモデルが重要になりました」と企業戦略への影響を語る。「さらに、コントロールができないくらいの情報流通スピードが『超』高速化し、モノ、カネ、技術、人材、会社などあらゆるものが『流通』する時代になっています」と夏野氏は語る。
 こうしたIT革命は、社会的な変化をもたらしている。「インターネットによって情報がシェアされるようになり、情報の非対称性を前提とした仕組みが通用しなくなりました。大臣の記者会見もインターネットで公開される時代です。記者クラブや政府の委員会や研究会はいりません」(夏野氏)。中間管理職のような役職も不要になり、間接選挙の仕組みも意味がなくなる、と指摘する。
 「もうひとつの変化は、ユーザのオペレーター化が進んでいることです」と夏野氏。旅行代理店に電話して予約していた航空券もインターネットを介して自分で予約することができる。証券会社の支店にいかなくても、自分で株の売買ができ、書店に行かなくても、本が買える。「地域物産展」でなくても、地方の特産品を買うことができる。「中間に存在するものは、それ自身が価値を生み出せないと生き残れません」と夏野氏。逆に価値を生み出せれば「引き続き存在できる」と指摘する。旅行代理店のパックツアーや大型書店などはその好例だ。
 3つ目として夏野氏は「経営者の役割の変化」を挙げる。「管理・監督することには意味がありません。目視はレーダーに負けるんです。情報が多過ぎる中で、会社の方向性を示すことが求められているんです」とリーダーシップを発揮することが、経営者の役割に変わってきたという。
 夏野氏は「IT革命はまだ進行中です。むしろこれからが本番です。今はまだEコマースの売り上げシェアも低く、インターネット広告費の合計はテレビの広告費の半分に過ぎません。インターネットで育った世代も含めて、これから一気にインターネットを使うようになるでしょう」と予測を示し、まだIT革命による恩恵を受けていない業界やモノ、サービス、組織、制度などにビジネスチャンスがあると指摘した。
 最後に夏野氏は「日本は今、自虐的になり過ぎです。豊富な資金力、世界トップレベルのITインフラ、高い教育水準、眠れる技術など、日本は大きなポテンシャルを持っています。そのポテンシャルをきちんと活かすことが、最低限の世界への貢献ではないでしょうか。あとは経営者の意識次第です。リーダーから甘えを排除すれば、チャンスはあります。それを皆さんと共有していきたいと思っています」と夏野氏は、厳しくも前向きなエールを送って講演を締めくくった。

【ミニセッション】

檜垣 歩

イマドキ購買を読み解く
-新消費者パネルが開くインサイトの扉-

株式会社インテージ マーケティングイノベーションユニット
ユニットディレクター 檜垣 歩

 1964年に誕生した消費者パネル調査のSCI(全国消費世帯パネル調査)だが、調査項目や内容は基本的に変わることなくSCI-SS化(バーコードリーダーを用いたスキャニングシステム化)へと進化してきた。そして今年、2つの大きな変化が起きている。それが女性向け調査であるSLI(全国女性消費者パネル調査)のWeb化と全国の男女2万サンプルを調査するSCI-personal(全国個人消費者パネル調査)の開始だ。檜垣歩氏は「SCI-personalは、personal eyeの後継の意味だけではなく、SCIのリニューアルにあたります。商品の購買と購買時点の状況を一体的な情報として、リアルタイムに集められる新しいマーケティング支援ツールなのです」と、SCI-personalを"SCIの第3世代"と位置づける。
 SCI-personalが誕生した背景には、社会や家庭の変化がある。「女性の社会進出が進み、男性の家事参加が増え、コンビニやスーパーなど店舗業態が変化したことで、買い物行動は多様化しています」と檜垣氏。携帯型端末を使って、男女を合わせた個々人の購買行動を把握することで、より企業のマーケティングに役立つコンテンツが提供できるという。
 講演の後半では、SCI-personalによる"イマドキ購買"の調査結果の事例が紹介され、男女別、独身・既婚別、コンビニ派・スーパー派という切り口で、買い物行動にどんな特徴が見られるかという調査結果が示された。そこには男性なりの購買スタイルで、意外に買い物に時間を使う男性の姿が浮かび上がっていた。こうした詳細な分析ができるのが、SCI-personalの特徴だろう。

平林 勝宏 氏

製販コラボレーションの実際

株式会社ツルハグループマーチャンダイジング
代表取締役社長 平林 勝宏 氏

 平林氏は、フェイシング、エンド陳列などにおける店頭実験、店頭調査、また、顧客ID-POSデータの分析に関して、それぞれの具体的な調査、分析結果を示しながら、プレゼンテーションを展開した。
 例えば、PB(プライベートブランド)商品とNB(ナショナルブランド)商品の陳列スペース比率の最適バランスの検証であるとか、店舗ごとの特長をふまえた商品陳列の検証、また、POSデータとID-POSデータの双方の分析結果を突き合わせることで、より深く顧客の購買行動を浮き彫りにした検証などが、リアルな数字と共に発表された。
 最後に総括として、「このような調査、分析により、購買行動が浮き彫りとなるということは、小さな気付きかもしれません。しかし、小さな気付きによって1店舗あたり1万円の売上げ増となった場合、1000店舗ではどうなるでしょう。小さな改善で売上げは大きく伸びるということです」と、同社の売上げ増に様々な調査が寄与していることを強調した。また、「小売業とは小さく売る『個売り』業。大きな提案、壮大な提案も必要ですが、小さな提案、身近な提案の中に意外と真実があります。誰のためのMD(マーチャンダイジング)なのかをふまえて、製・配・販、それぞれの持っている資源とアイデアを使って、より大きな効果を生み出しましょう」と締めくくった。

【レビューレポート番外編】C.W.ニコル氏&田下社長 special talk

C.W.ニコル氏&田下社長

持続可能な社会のために
お互いに知恵を出し合いたい

田下 もともとリサーチの謝礼の一部を、社会貢献している団体に寄付することを調査協力者に呼びかけるプロジェクトが社内にありました。そのプロジェクトの一環として社内向けの講演をお願いしたのが、ニコルさんとのお付き合いのきっかけでしたね。お互いお酒が好きというのもありましたが、意気投合して森の再生活動のスポンサーにならせていただきました。
ニコル 私は会社とはお付き合いしません。組織は人でできています。だから、会社の人と付き合うのです。そのためには相性がよくないとね。
田下 当社の社員たちはどうですか。
ニコル みんな素晴らしい人たちです。特に、田下さんは楽しいけど、まともな人です。
田下 ありがとうございます。講演でもお話ししましたが、当社は"「まともな企業」であり続けること"を目指しています。司馬遼太郎さんの『菜の花の沖』という廻船商人である高田屋嘉兵衛を描いた小説に、「まともの風があれば、船は、目的地に真っ直ぐ進む。船乗り冥加に尽きる」というくだりがあって印象に残っています。「まとも」の「とも」は艫と書き、船尾を意味します。成長し続けるには、まともな会社であることが大事なんです。
 持続可能という言葉は、以前からキーワードにしてきました。これは会社としての基本命題です。地球社会への貢献に対するスポンサーシップも同じです。とってつけたようなCSRではなく、企業の社会的責任や果たすべき役割を理解したうえで、行っていかなければなりません。
ニコル 生物多様性は危機の状態です。地球の自然がこんなペースで壊されていくのは今までなかったことです。生物多様性も戻して、持続可能な利用ができる森を作ることが必要なんです。材木をとるまえに、ちょっと考えて欲しい。自然は大事です。すべてがつながっているんです。川にサケが戻れば、死骸で昆虫が育ち、熊が現れ、木が育つんです。エコノミーとエコロジーは兄弟なんです。インテージの皆さんの取り組みが社会に広がって、自然を復活させることが大事だという気持ちが高まるといいですね。
田下 社会が持続可能性のために、もっと知恵を絞るべきです。お互い手を携えて、働き方も含めて提案していきたいですね。