1970年代以降のオリンピックの変化には、少なくとも2つの構造的な要因があると思います。1つは国際政治的な、いま1つは産業の変化による、いずれにしても構造的な背景が「開催国」を圧迫する形になっている。この問題について少し考えてみたいと思います。
やるだけ損する東京五輪、今からでも意義づけを
陳腐化し不正の温床となった第3次産業化の次に知恵絞れ
2016.5.24(火)
伊東 乾
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