軍事や安保からはとにかく顔をそむけ、米国にその対処を委ね、経済活動に専念するというのが戦後の日本の国家的針路だった。国民多数の支持を得たという意味では、国民的針路だったとも言えよう。
2012年、変革を迫られる日本の安全保障
米国に庇護された「無抵抗平和主義」はもう通用しない
2011.12.28(水)
古森 義久
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