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 業務は人間中心からデジタル中心へ――。自律的に判断し、行動し、目標を達成する「AIエージェント」が、真のDXと企業変革を実現しようとしている。成否を分けるのは何か。『AIエージェント時代のDX』(安部慶喜、柳剛洋、金弘潤一郎著/日経BP)から一部を抜粋。変革に必要な考え方や技術、人材について明らかにする。

 DXはIT部門や一部の専門人材だけでは実現しない。総合商社、銀行、食品メーカーの事例から、業務部門が主役となるAIエージェント時代の全社デジタル人財育成の要点を読み解く。

全社員にデジタル活用を求める企業の潮流

AIエージェント時代のDX』(日経BP)

「心・技・体」という言葉を掲げてはいなくとも、全社員を対象にデジタル人財育成を強化する企業は確実に増えている。各社は独自の資格制度やスキル認定制度を設け、社員一人ひとりのデジタルリテラシーと活用力の底上げを図っている。以下に代表的な事例を紹介しよう。

■ 総合商社:AI関連資格取得を義務化

 ある総合商社では、管理職への昇進条件として「G検定(ジェネラリスト検定)」の取得を義務化している。G検定は日本ディープラーニング協会が運営するAI関連資格で、試験はオンラインで実施される。取得には平均30〜50時間の学習が必要とされるが、同社は将来的に全社員への取得拡大も視野に入れているという。

 同協会によると、G検定を通じて体系的にAI・ディープラーニングを学ぶことで、「AIで何ができて、何ができないのか」「どこにAIを活用すればいいか」「AIを活用するためには何が必要か」を理解できるようになる。結果として、データを起点に課題を発見してアイデアを創出する力が高まるほか、AI活用への自信や推進力が養われるとされている。

■ 銀行:7割の社員に開発・保守・運用スキルを要求

 ある大手銀行では、正社員の約7割に対し、システム開発・保守・運用スキルの習得を求めている。具体的には、1億円未満のシステム導入案件を自ら推進できるレベルを目標とし、SaaSやシステム保守などを学んだ上で、RPA、クラウド基盤構築、高度データ分析ソフト、生成AIといった領域の中から、興味・関心に応じてテーマを選択し、課題を実践する形式を採用する。

 課題内容も高度だ。例えばRPAを選択した場合は、行員自らがプログラムを開発し、社内の専門家による審査を受けるまでが課題範囲として設定されている。単なる知識習得ではなく、実践と検証を通じて業務改革力を養うのが狙いだ。

■ 食品メーカー:独自資格でDXの理解を深化

 ある食品メーカーでは独自に4段階のDX資格制度を設け、社員の段階的な育成を図る。全社員に対してレベル1(「DXによる変革の重要性を意識・理解し、変化に遅れなく適応できる」)の取得を義務化。社員の約8割にはレベル2(「テクノロジー/データを駆使して自身の業務改善ができる」)の取得を目標とさせている。これにより、DXを経営理念レベルではなく、日常業務に落とし込む文化が浸透しつつあるという。

 全社員を対象としたデジタルスキルの底上げに取り組む動きは、もはや一部の先進企業にとどまらない。対象人数が1万人を超えるケースも珍しくなく、心・技・体の考え方、すなわちDXを支えるのは特定の専門部署ではなく、社員一人ひとりの意識・スキル・行動の総和であるという認識が、企業で広がっている証左といえるだろう。

業務部門が主役となり、設計・開発まで担う時代へ

 第3章でも述べた通り、これからのDX推進では業務部門が主役となる。DXは「一部の専門部署が推進するもの」ではなく、全社員・全部署が担い手となる時代だ。経営層も例外ではない。「ITは特定の社員が担当する専門領域」として距離を置く姿勢を改め、経営の中心課題として捉える必要がある。

 では、業務部門主導のDXで、役割はどう変わるのか。第3章で示した「業務のあるべき姿を描く」ことに加え、システム構築やデジタルツール活用そのものを主導する立場へと進化する。

 一般にシステム構築には、要件定義、設計、開発(プログラミング)、環境構築という4つの主要工程がある。要件定義では、導入したいシステムの目的や求める機能を整理し、何を実現したいのかを明確化する。設計は、要件を基に具体的なシステム構成や機能を決定し、いわば設計図を仕上げる段階だ。開発は設計で確定した仕様に基づいてプログラムを構築する工程であり、環境構築では、完成したシステムを実際に動かすための運用環境を整える。

 これら4工程のうち、日本企業では要件定義だけを業務部門が担当し、設計・開発・環境構築はIT部門あるいは外部ベンダーが担う構造が一般的だった(図4-10)。この分業体制が、しばしば構造的な問題を引き起こしてきた。業務部門が現場の課題に基づく理想像を描いても、以降の工程を別部署が担当するため意思疎通がうまくいかず、結果として現場のニーズと乖離したシステムが完成するケースが多かったのである。

 DXにおいては、この構造を根本から見直す必要がある。今後は、要件定義に加えて設計、場合によっては開発までを業務部門自身が担うことが主流になるだろう。これにより、現場の意図や要望をそのまま設計・実装に反映でき、完成システムの品質や満足度は格段に向上する。IT部門との調整負荷も減り、プロジェクト全体のスピードも上がるはずだ。

 かつては、業務部門が開発工程に関与するのは非現実的だった。ITスキルを持つ社員が少ない上に、プログラミング知識が求められたからだ。今では状況が一変している。ローコード/ノーコード開発ツールの登場により、専門的なコーディングスキルがなくてもシステムを設計・開発できるようになった。画面上でドラッグアンドドロップで操作するだけで設計が完了するツールも登場し、さらにAIが自動でコードを生成する時代が到来しつつある。こうした技術革新によって、現場が自ら設計・開発することが現実的かつ効果的な選択肢となったのだ。

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