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 アップルのスティーブ・ジョブズ、LCC(格安航空会社)の先駆けとされるサウスウエスト航空の創業者など、社会を巻き込むリーダーは、なぜ「WHY(理念と大義)」から物事を思考するのか。『WHYから始めよ![改訂版]』(サイモン・シネック著/日本経済新聞出版)から一部を抜粋。社会に変革を起こす「本物のリーダー」に求められる考え方と行動について考える。

 1970年代、格安便を模倣したデルタ航空、ユナイテッド航空は失敗し、サウスウエスト航空だけが成功した。大手航空会社には真似できなかった決定的な違いとは?

明快さ、厳しい指針、一貫性

■ WHYがわからなければ、HOWなどわかりっこない

WHYから始めよ![改訂版]』(日本経済新聞出版)

 1970年代初頭、旅行客のなかで飛行機利用者はたった15%にすぎなかった。当然、航空会社の市場はまだ小規模であり、大手航空会社の競合会社になりそうな企業があったとしても、結局は、採算がとれないだろうと市場参入を断念していた。

 ところがサウスウエスト航空は、旅行客の15%を奪い合う競争には端(はな)から目もくれなかった。サウスウエスト航空は、飛行機を利用しない、ほかの85%の人々に目をつけたのである。ライバルは誰ですか、と当時のサウスウエスト航空に尋ねたら、「車やバスがライバルだ」という答えが返ってきただろう。だが、その真意は「われわれは庶民のために戦う闘士である」ということだった。

 それこそ、かれらが航空会社を創業したWHYだった。それがサウスウエスト航空の志であり、パーパスであり、存在理由だった。そのうえ、かれらが会社を起こしたHOWは、経営コンサルタントに大金を支払って得た戦略ではなかった。他社の成功例をかきあつめ、物真似をしたものでもなかった。サウスウエスト航空の指針や価値観は、サウスウエスト航空のWHYから生まれたものであり、きわめて常識的だった。

 1970年代、飛行機旅行は非常に金のかかるものだった。だからサウスウエスト航空が本当に庶民のための闘士になるつもりなら、料金を安くしなければならなかった。それは必須。そのうえ、まだ飛行機旅行がエリートのためのものであった――乗客はネクタイを締めて搭乗していた――時代において、サウスウエスト航空は庶民のための闘士として、愉快でなければならなかった。それも必須。

 また飛行機旅行をするには面倒な手続きを踏まなければならず、予約する時期によって料金が異なっていた時代において、サウスウエスト航空はシンプルであらねばならなかった。

 飛行機に乗らない残りの85%の旅行客の利便性を考えれば、シンプルな手続きも必須だった。そこで、サウスウエスト航空は2種類の料金を設定した。ひとつは、夜と週末の料金。もうひとつは昼間の料金。それだけだ。

 安くて、愉快で、シンプル。それが、サウスウエスト航空が実践したHOWだった。サウスウエスト航空はこうして、庶民のために戦う闘士となった。その結果は、サウスウエスト航空の言動、商品、社員、文化、マーケティングに具体的にあらわれた。「あなたはいま、自由に国中を動きまわれるのです」と、広告は訴えた。それは単なるキャッチフレーズではなかった。それは、サウスウエスト航空の理念だった。それは、自分たちの理念に共鳴してくれる人たちを探す言葉だった。

 自分を平均的なアメリカ人と見なす人たちは、大手航空会社には覚えなかった共感を、サウスウエスト航空には覚えた。そしてその理念を共有する人たちは、サウスウエスト航空の熱烈なファンとなり、ロイヤルティを持つようになった。サウスウエスト航空は直接、自分たちに語りかけてくれる企業であり、自分たちの代わりに語ってくれる企業だと感じたのである。

 それに、サウスウエスト航空を利用することで、自分たちの人となりを表現できるようにも思えた。もちろん、顧客のあいだにロイヤルティが生じたのは、低価格のおかげでもある。だが低価格は、会社が理想を実現するための手法のひとつにすぎなかった。

 サウスウエスト航空の元社長、ハワード・パトナムはよく、ある大企業の重役の話をする。その重役は、あるイベントのあとでパトナムに近づいてきた。そして、出張の際には某大手航空会社を利用していると言った。

 社命でそうせざるをえないからだが、おかげでたまったマイレージをいつでも利用できる。だから安い料金が理由ではないのだが、家族旅行や私用の際には、必ずお宅の便を利用しているよ、と。「彼はサウスウエスト航空を愛してくれていたんだ」そう言うと、パトナムはにっこりと笑う。たしかにサウスウエスト航空は料金が安いが、それはお金に余裕のない人だけにアピールするわけではない。低価格は、サウスウエスト航空の信条をわかりやすく消費者に伝える手段のひとつにすぎない。

 サウスウエスト航空が成し遂げたことは、もはやビジネスの伝説となっている。自分たちの理念を実行に移し、厳しい指針を設けて努力を続けたからこそ、歴史上、もっとも利益を上げる航空会社となったのだ。

 9.11テロ以降も含め、サウスウエスト航空は毎年、黒字経営を続けてきた。それは1970年代と2000年代初めのオイルショックに見舞われた時期も変わらなかった。サウスウエスト航空の言動はすべてが本物だった。すべてが、数十年前のキングとケレハーの創業理念を反映している。かれらはつねに庶民のために戦う。決してぶれることがない。

 ここで、サウスウエスト創業後の航空業界の30年を早送りでざっと振り返ろう。サウスウエスト航空の成功を目の当たりにしたユナイテッド航空とデルタ航空は、サウスウエスト航空の成功を見習い、競合するには低価格の商品で対抗しなければならないと考えた。「わが社も低価格線をつくるしかない」。そして2003年4月、デルタ航空は格安航空会社のソング航空を就航させた。

 その後1年もしないうちに、今度はユナイテッド航空が格安航空会社のテッド航空を就航させた。どちらの場合も、サウスウエスト航空の手法を真似たのだ。テッド航空とソング航空を格安にし、愉快でシンプルにしたのである。たしかにどちらも安く、愉快で、シンプルだった。だが、どちらも失敗に終わった。

 ユナイテッド航空とデルタ航空は、どちらも航空業界の古株であり、市場の状況に合わせて新商品を付け加えるだけの力があり、チャンスもつかめるはずだった。サウスウエスト航空よりも、優れた力を持っていたかもしれない。だが、問題はそこではなかった。問題は両社のWHATではなく、ソング航空やテッド航空のWHYが、誰にもわからなかったことだ。たしかに利用客はいたものの、人々があなたと取引をする際、あなた自身とはなんの関係もない理由がある。問題は、両社の飛行機を利用する客はいても、固定客がほとんどつかないことだった。

 WHYがわからなければ、ソング航空やテッド航空も数ある航空会社のひとつにすぎない。企業のWHYがわからなければ、客は価格や利便性で商品を選ぶしかない。企業側は操作に頼り、価格を下げつづける。すると商品はコモディティ化し、他社の商品と区別がつかなくなる。高くつくプロモーションだ。結局、始めてからたったの4年で、デルタ航空もユナイテッド航空も、格安航空会社を廃止した。

 HOWとWHATで差別化が生じるというのは、誤った思い込みだ。数多くの特長を持つ高品質の製品、よりよいサービス、より安い価格だけでは、違いを生みだすことなどできない。いくらそんな手を打っても、成功は保証されないのだ。サウスウエスト航空は、世界で最高の航空会社というわけではない。いちばん安いとも限らない。

 ライバル社より路線数は少ないし、ほとんどが国内便で、アメリカからわりと近い地域に飛ぶわずかな国際便があるだけだ。サウスウエスト航空のWHATが他社と比べてよりよくできているとも限らない。それでも、サウスウエスト航空のWHYはじつに明快であり、言動と一致している。

 人々にものごとをおこなわせる方法はいくらでもあるが、人々をインスパイアする才能がなければ、相手にロイヤルティを持たせることはできない。WHYが明快であり、かつ、相手の信条を信じているとき、ロイヤルティのある本物の人間関係を築くことができるのだ。

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