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 アップルのスティーブ・ジョブズ、LCC(格安航空会社)の先駆けとされるサウスウエスト航空の創業者など、社会を巻き込むリーダーは、なぜ「WHY(理念と大義)」から物事を思考するのか。『WHYから始めよ![改訂版]』(サイモン・シネック著/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再編集。社会に変革を起こす「本物のリーダー」に求められる考え方と行動について考える。

 アップルの成功は、優れたマーケティングでも製品の質でもない。何が人を引きつけるのか。

ゴールデン・サークル

WHYから始めよ![改訂版]』(日本経済新聞出版)

 アップルは2007年に、社名をアップルコンピュータからアップルへと正式に変更した。すでに単なるコンピュータ会社ではないという事実を反映してのことだった。本当のところ、会社の正式名称など大した問題ではない。

 べつにアップルの社名に「コンピュータ」がついているからといって、かれらにできるWHATが限定されるわけではない。だがそれでは、社員の思考法に限界をもたらす。社名変更は実用的なものではなく、哲学的なものだった。

 アップルのWHYは、1970年代後半にその基盤を形成し、数十年たった現在でもなにも変わっていない。どんな製品をつくろうと、どんな業界に参入しようと、かれらのWHYは一貫してジョブズの哲学を尊重している。そして既存の考え方に挑戦しようとするアップルの意思は、予言のように正しかったことが立証されている。

 コンピュータ会社として、アップルはパソコン産業の進む道を変えた。小型エレクトロニクス機器のメーカーとして、アップルはソニーやフィリップスといったトップメーカーに戦いを挑んだ。スマートフォンのメーカーとして、アップルは老練の士たち――モトローラ、エリクソン、ノキア――にビジネスの見直しを余儀なくさせた。さまざまな市場に参入する能力、おまけにそこで優位に立つ能力があったからこそ、アップルがコンピュータ会社であることに違和感が生じたのである。アップルのWHATがなんであれ、私たちにはアップルが存在するWHYがわかっている。

 ところが、アップルが抜きん出ているのはマーケティング能力のおかげだとまだ思い込んでいる人がいる。アップルは「ライフスタイルを売っている」のだと、マーケティングの専門家なら言うだろう。では、なぜこうした専門家たちは、アップルの成功と長寿をほかの企業のために再現しないのだろう? それを「ライフスタイル」と呼ぶのは、自分の生活にアップルを組み入れて暮らしている人たちの認識だ。アップルがそうしたライフスタイルを発明したわけではないし、そうしたライフスタイルを販売しているわけでもない。

 アップルはある種のライフスタイルを送る人々を惹きつけるブランドのひとつなのだ。たとえば、グッチの靴がある種の人たちにぴったりと合うように、いちばん最初にくるのはライフスタイルだ。その会社のWHYを証明する製品のように、個人のWHYの証明としてブランドや製品が役立っているのだ。

 アップルの社員のなかにも、アップルを際立たせているのは製品の質だと主張する人はいるだろう。たしかに、品質のいい製品は重要だ。どれほどWHYを明快に把握していても、販売しているWHATがうまくいかなければ、万事、うまくいかない。しかし、企業が最高の製品を必要とはしておらず、よい製品か、よりよい製品であれば充分だということもある。「よりよい」か「最高」かは、比較の問題だ。そして最初にWHYを理解していなければ、いくら比較したところで決断を下す際にはなんの役にも立たない。

 そもそも「よりよい」という考え方には疑問がともなう。いったい、なにを基準にして考えればいいのだろう? スポーツカーのフェラーリF430は、ホンダのミニバン、オデッセイに比べて、よりよいのだろうか? それは、あなたが車を必要としている理由による。もしあなたが6人家族なら、ツーシーターのフェラーリはお呼びじゃない。しかし、見る人に強い印象を与えたいのであれば、ホンダ・オデッセイのほうがいいとは言えないかもしれない。

 つまり、なぜその製品が存在するのかが最初に考えられるべきであり、それを望む人がいる理由と一致しなければならない。ホンダ・オデッセイには技術的にすばらしい特長があるし、なかにはフェラーリより優れている点もあるだろう。もちろん燃費がいいのはホンダだ。だがスポーツカーが欲しくてたまらないという人を説得し、ほかの車を買わせるのは難しい。ホンダよりフェラーリに心の底から惹かれている人は、技術より創業者のエンツォ・フェラーリについて一家言あるかもしれない。

 技術はフェラーリの大ファンがフェラーリへの愛情を列挙するときの、理由のひとつに過ぎないかもしれない。もともとフェラーリをひいきにする人が、フェラーリのすばらしさを根気よく主張しはじめたら、それが客観的な会話になるはずがない。フェラーリを買う人の大半が車体を赤くするために喜んで割増金を払うのは、いったいなぜだろう? ホンダのオデッセイを買う人は、そこまで車体の色にはこだわらないだろうに。

 アップルのコンピュータのほうが性能が優れていると言って譲らない人に対して、私はいっさい反論するつもりはない。ただ私に言えるのは、かれらがアップルのほうがいいと信じている点はいずれも、「コンピュータはこうあるべきだ」と考えるかれらの基準と一致しているということだ。

 この観点から見れば、アップルが信じているものを信じている人にとっては、Macのほうが他社の製品より優れていることになる。アップルのWHYを共有している人は、客観的に見てアップルの製品のほうが優れていると信じるのだ。

 だから、そんなことはないといくら説得しようとしたところで、かれらは耳を貸さない。たとえ客観的なデータを入手できたとしても、まず共通の基準を確立することなく、どちらが優れているか、どちらが劣っているかという議論は、最初に共通の基準を決めておかないと、ただの水かけ論で終わってしまう。それぞれのブランドにロイヤルティを持つ消費者は、自分にとって重要な(あるいは重要ではない)さまざまな特長や利点を列挙し、自分の意見が正しいことを相手に納得させようとするだろう。

 多くの企業は「どちらかひとつだけが正しい」という、誤った前提に基づいて考えている。だから他社との差別化をはかろうとする。だがもしも「どちらも正しい」だったらどうだろう? ある人にとってはアップルのMacが正しく、ある人にとっては他社のパソコンが正しかったら? つまりそれは、どちらがいいとか悪いとかいう議論ではなく、異なるニーズに関する議論なのだ。そして議論を成立させるには、まずはそれぞれのWHYを確立しなければならない。

■ WHYなきところに、イノベーションなし

 ビジネススクールでよくとりあげられる「鉄道」を例にして考えてみよう。1800年代後半、アメリカ最大の企業といえば、鉄道会社だった。いわば、こんにちのグーグルやアマゾンのような存在だったのだ。とてつもない成功をおさめてアメリカの風景さえ変えてしまうと、鉄道会社にとってWHYを意識しつづけることは重要ではなくなった。

 すると、かれらは自分たちのWHATにしがみつくようになった。「わが社は鉄道会社だ」と、自分をがんじがらめにしたのである。この狭いものの見方は、かれらの決断に影響を及ぼした。かれらはありったけのカネを、線路に、枕木に、機関車に投資した。ところが20世紀に入ると、新たなテクノロジーがお目見えした。飛行機である。やがて大手鉄道会社の経営は立ちゆかなくなった。

 だが、もしかれらが「自分たちは大量輸送ビジネスに関わっている」と認識していたら、どうなっていただろう? もしかすると、違う行動をとっていたかもしれない。もしかすると、ビジネスチャンスを逃さずにすんだかもしれない。もしかすると、かれらが現代の航空会社をすべて所有していたかもしれないのだ。

 はたしてWHATで自分を定義してきた多くの企業や産業は、長きにわたって生き残っているだろうか? あまりにも長いあいだ同じ手法をとってくると、新たなテクノロジーに対抗したり、新たなものの見方を獲得したりするのが、ますますつらい任務になる。鉄道会社の例は、先に論じた音楽業界の話に不気味なほど似ている。これは、新たなテクノロジーの導入によって生じた行動の変化にビジネスモデルをうまく合わせることに失敗した産業の例である。

 だが、異なる時代に発展してきたビジネスモデルを持つほかの産業界にもまた、似たようなひびが入りはじめている。いくつか挙げるとすれば、新聞、出版、映画、テレビ業界がそうだ。こうした産業は、いわば現代の鉄道産業といえる。客が自分の欲求を満たすために、ほかの産業から参入してきた企業にどんどん流れていくさまを眺めながら、自分たちの価値をなんとかして定義しようと奮闘しているのだ。

 音楽会社がもっと明快なWHYを持っていたら、闘志満々のコンピュータ会社にまかせてしまわずに、自分たちでiTunesに匹敵する機器を考案するチャンスをつかんでいたかもしれない。

 いずれのケースも、初心、大義、信条といったものに立ち戻っていれば、業界の変化に対応できたかもしれない。「競争に勝つためにWHAT(なに)をすべきか?」と自問するのではなく、「そもそも、自分たちのWHY(理念)はなんだったのだろう? いま利用可能なすべてのテクノロジーと市場機会を考慮したうえで、そのWHY(理念)に生命を吹き込むには、WHAT(なに)ができるだろう?」と自問すべきなのだ。

 なにも、私の言うことは本当だから信じなさいと言っているわけではない。そもそも、これは私個人の持論ではない。すべて、生物学の教義にしっかりと根ざしたものなのだ。

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