上海モーターショーで中国NIOが公開した価格78万8000元(約1695万円)、全長5メートル超の大型高級EVセダン「ET9」写真提供:DPA/共同通信イメージズ
自動車メーカーは商品企画から販売までを一貫して行うもの、という常識は現在、崩れつつある。EV、SDV時代をけん引する中国メーカー各社の「水平分業」型ビジネスモデルとは? 世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」(アイミーブ)の開発責任者・和田憲一郎氏が、自動車生産における水平分業の実態とそのメリット、課題を解説する。
ピラミッド型サプライチェーンを形成する垂直統合モデル
自動車産業のビジネスモデルは、従来、自動車メーカーが商品企画、デザイン、設計、試験、製造、販売までを一貫して行う垂直統合システムが一般的であった。しかし、近年、電気自動車(BEV)の登場により、部品点数が約3分の2に減少し、コンポーネント単位での集積が可能となったため、中国の新興自動車メーカーなどを中心に、水平分業システムが適していると言われるようになった。さらに、今後はソフトウエア定義車両(SDV:Software Defined Vehicle)が支配的になると予想されている。
このような時代の変化に伴い、どのようなビジネス形態が最適であろうか。またそれぞれの利点や課題について筆者の見解を述べてみたい。
1908年にフォードがT型フォードを発売し、大成功を収めた時期、自動車産業は完全な垂直統合の時代であった。つまり、自動車メーカーは商品企画、デザイン、設計、試験を行い、ボディー、エンジン、シャシー、ブレーキなどの主要部品は社内または傘下の部品メーカーが製造していた。
その後、多くの自動車メーカーが誕生し、車種が多様化、大量生産が進むにつれて、自動車メーカーは主にエンジンの生産に特化し、それ以外の部品は傘下または独立した部品メーカーに委託するようになったが、この現在も続いているビジネスモデルも、依然として垂直統合型とされている。部品製造に関しては、自動車メーカーを中心とするピラミッド型のサプライチェーンが形成されている。
中国新興自動車メーカーによる水平分業の実態
その後、中国にて新興自動車メーカーが誕生すると、自動車メーカーは商品企画、デザイン、基本設計、販売などに特化し、それ以外の部分は要求仕様書を作成し開発会社や生産会社に委託するビジネスモデルが広まった。この委託範囲は詳細設計、試作、試験、製造にまで及び、一般的に水平分業ビジネスと呼ばれている。
代表的な自動車メーカーとしては、NIO、小鵬汽車(Xpeng)、理想汽車(Li Auto)などが挙げられる。筆者も以前に中国を訪問した際、このような水平分業を目の当たりにし、これは自動車メーカーと言えるのかと疑問に思ったものである。なぜなら、これらのメーカーは大規模な設計部門、試験部門、製造部門を持っていない。さらに、ほとんどの新興自動車メーカーはテストコースすら所有していない。
では、例えば試験はどうするのであろうか。自動車の試験は走行試験、環境試験、衝突試験など多岐にわたり、専門技術者と専用設備が必要である。彼らにヒアリングすると、中国自動車技術研究センター(CATARC)に依頼するケースが多いようだ。CATARCは政府の公的な認証を行う試験機関であり、それにとどまらず中国自動車メーカーに対して各種試験の支援も行っている。
水平分業のメリットと課題
水平分業には、メリットも課題もある。
メリットは、新たな発想と小資本で自動車メーカーを立ち上げることができることである。得意分野に集中し、それ以外は他の経験ある企業の力を借りることで、自動車を市場に送り出すことができる。特に、BEVでは内燃機関車(ICE)に比べて部品点数が少なく、コンポーネント単位にて集積可能であることから、水平分業の発想が生まれてきた。
しかし、水平分業にはいくつかの課題がある。例えば、詳細設計を開発企業に委託する場合、自動車メーカーからの要求仕様書を基にしているとはいえ、一般的な設計に落ち着く傾向がある。つまり、その自動車メーカー向けの独自の技術を開発し、反映させることが困難である。
もし、独自の技術を開発しようとすれば、別途、開発企業に依頼しなければならない。試験においても、CATARCが開発支援を行うとはいえ、社内に専門家が不在の場合、外部の専門家に依存することが多くなる。このような状況で、特色のあるBEVを開発することができるのかが課題となる。
部品製造に関しても、外部の部品メーカーは既存の量産部品や、その一部を変更して使用可能な部品にすることを第一に考えるであろう。もし、自動車メーカー専用の部品を新規に製造する場合、多額の費用と長期間の開発プロセスが不可避となる。また、BEVの性能を最大限に引き出すために細微なチューニングを施す必要があるeアクスルのような部品の場合、汎用部品ではその要求を満たすことが困難である。
このため、水平分業型の自動車メーカーは、創業初期には商品企画、デザイン、販売方法などにおいて独自性を打ち出し、ユーザーに訴求する手法が多用されると考えられる。その後、ビジネスの拡大に伴い、設計部門の強化が図られ、試作や試験に関しても専門技術者の補強が行われることで、自動車メーカーとして体制が充実される例が多いようだ。
図2 従来型の垂直統合と水平分業 (出所:日本電動化研究所)拡大画像表示
SDV時代に相応しい形態は
近年は、車両開発ではソフトウエアの比重が増加し、今後、SDVが支配的になると言われている。では、SDV時代に相応しいビジネス形態とはどのようなものだろうか。ここでは2つに分けて説明したい。
1. OTA(Over The Air)のビジネス形態
OTA、つまり自動アップデート機能であるが、これを世界で初めて自動車に導入したのは、2012年発売のテスラのモデルSである。当時、日系自動車メーカーは、OTAに対して、ナビ情報の最新化などに過ぎずディーラーの収益を損なうため、まだ自動車には必要ないと様子見をしていた。その後、セキュリティーソフト、インフォテインメント用の基本OS、通信用ソフトウエアなどがOTAによってアップデート可能になった。ユーザーは、アップデートのたびに自動車をディーラーに持参しなくてもよくなり、一気に利便性が高まった。
OTAを実現するためには、ECU(Electronic Control Unit)をどのように開発するかが問われる。従来車には機能部品ごとに通常60~80個、多い車両では100個を超えるECUが機能部品とともに搭載されていた。しかし、OTAを実現しようとすれば、ECUの統合が必須となる。具体例を挙げれば、テスラのモデル3は、ECUが4つの統合ECUに集約されている。OTAはこれら4つを作動させることで自動アップデートが可能となる。
実現のためには、開発段階にてこれまでとは異なるステップを要する。
- OTA対象として搭載する機能を、現在および将来も含めて定義する
- ECUごとにバラバラに分散していた仕様書を統合する
- 新たな仕様書に基づき、統合ECU構想を計画する
- OTA機能を反映した統合ECUを開発する
垂直統合型ビジネスモデルにおいては、新型車の商品企画段階以前から、次期車両に対するOTA対応の協議と準備が不可欠である。また、これまでの多数のECUを統廃合し、少数のECUに集約するためには、取引先の部品サプライヤーに対してOTA対応のための統廃合の理解を得ること、部品メーカーからのノウハウの吸収、そしてOTA開発のためのソフトウエアエンジニアの確保が必要となる。OTAを自社開発で実現する場合も、専門企業と提携して開発する場合も、従来の垂直統合型と水平分業型が混在した開発が必要となろう。
水平分業型ビジネスモデルにおいても基本的な対応は同様であるが、過去のしがらみがない分、ECUの統廃合に関する懸念は少ないと考えられる。
2.E2E(End to End)のビジネス形態
自動運転分野では、AIの飛躍的進化により、E2E(End to End)と呼ばれる新技術が誕生してきた。
これまでは、センサー(カメラ、LiDARなど)から得た情報を、ルールベースのソフトウエアモジュールと組み合わせて、「認知」「予測」「判断」し、その後、アクチュエーターであるステアリング、アクセル、ブレーキなどに信号を伝達して「操作」する方法が取られていた。
E2Eはニューラルネットワークを活用して、従来型の「認知」「予測」「判断」「操作」を一気にAIにて制御しようとする考え方である。テスラはこの考え方を実行に移すため、E2Eに100億ドル(約1.5兆円)投資を行うと公表している。さらに、中国の新興自動車メーカーの小鵬汽車(シャオペン)なども、E2Eを標準搭載した車両を販売すると公表している。
E2Eを実現するためには、どのようなビジネス形態が必要であろうか。筆者は、E2E実現のためには、これまでとは別ルートの「走行データ収集」「AIによる分析」「モデル化」「評価検証」の4つのステップが必要ではないかと考えている。そして、このループを繰り返し回すことにより、より精度の高いE2Eが実現できると考えている。
そこでキーとなるのは、実証試験による大量の走行データと、AIによる大規模分析・モデル化であろう。いくらAIにて制御するソフトウエアを構築しようとしても、やはりベースとなる走行データがないと、空論になってしまう。
図3 SDV(E2E)時代の垂直統合(推定) (出所:日本電動化研究所)拡大画像表示
図4 SDV(E2E)時代の水平分業(推定) (出所:日本電動化研究所)拡大画像表示
テスラのように社内で全てを完結できる企業もあるが、多くの企業はE2Eの知見があまりなく、専門エンジニアも少ないことから、外部の開発専門会社に頼ることになる。この分野では、「華為技術(ファーウェイ)」、「元戎啓行(DeepRoute.ai)」など、いろいろな企業が出現しているが、多くの自動車メーカーが頼っているのが、中国のベンチャー企業「Momenta(モメンタ、北京初速度科技)」である。2024年には採用車種が20車種を超えたと公表している。
Momentaは、大量の走行データを取り込み、AI大規模モデルにてデータ分析・モデル化、さらにクローズドループにてのテストおよび評価検証を高速に繰り返し、精度の高いE2Eを生み出すことに特徴があるようだ。既に採用した自動車メーカーは、比亜迪(BYD)、上海汽車(SAIC)、メルセデス・ベンツ、ゼネラルモーターズ(GM)などがあり、日系ではトヨタ、日産自動車、ホンダも採用予定となっている。
今後の展望
SDVが主流となる時代においては、1つのビジネスモデルでは対応し切れない新たな形態が予想される。1つの会社で並行して進む複数車種の開発において、垂直統合型と水平分業型のビジネスモデルを組み合わせる事態も考えられる。このような状況下で自動車メーカーに求められるのは、多くの参加企業を効果的にマネジメントする能力である。
また、E2Eを搭載した車両が市場で事故を起こした場合、自動車メーカーにはその原因究明と対策が求められる。採用したE2Eに対してどの程度の評価と確認を行ってきたのか、その審査能力が問われる時代になるのではないだろうか。
