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外部性(外からの視点)、柔軟性(新しい発想)、非常識(常識外れの思考)は、論理の齟齬(そご)を生み、「誤謬」(ごびゅう)を促す要因である一方、イノベーションを促進する原動力でもある。外からの視点は見落とされた問題を見つけ、新しい発想は今までにない方法論を生み、常識外れの思考は挑戦を後押しする。それらは誤謬も生みやすいが、イノベーションをもたらす力にもなる。『経営戦略の誤謬』(大驛潤著/同文舘出版)を一部抜粋・再編集し、成功企業のケースを元に、不確実性の高い時代に、競争力を保つための戦略の捉え方を紹介する。
無印良品の「人をダメにするソファ」、パナソニックの小型イヤホン、セガの「ドリームキャスト」は、いずれも企業の想定を超えて世に広まり、予期せぬ成功をもたらした。合理性の限界を突破し、戦略に柔軟性を取り込む秘訣とは?
無印良品:「人をダメにするソファ」と意味のイノベーション
『経営戦略の誤謬』(同文舘出版)
無印良品が2010年に発売した「体にフィットするソファ」は、もともと「自立型リビング用家具」としての商品企画に基づき開発された。しかし、当初の期待とは裏腹に、販売現場では「動きにくい」「姿勢が崩れる」といった否定的評価が相次ぎ、開発意図とのギャップが明確になった。
これは、生活スタイルの多様化を前提とした設計思想に対して、従来型の「家具としての機能性」を重視する消費者心理を過小評価していた点において、戦略的誤謬と捉えられる。
しかし、SNSを通じてユーザーの間でこのソファが「人をダメにするソファ」という愛称で拡散され、「堕落する快楽」「生産性の放棄」こそが、現代的価値であるという逆説的な意味づけが行われたことにより、商品は意図とはまったく異なる形で爆発的にヒットした。
これはまさに「意図せざる成功」であり、無印良品はこの現象を受けて、商品名やマーケティング施策を「快適さ」「ゆるさ」「共感」などの概念に再構成したうえで、家具カテゴリの中心商品として創発的に位置づけ直した。山崎(1984)が指摘する消費の2面性(効率的な消費と娯楽やくつろぎの場でのスローダウン消費)である。山崎(1984)を鑑みれば、事業においても後者の重要性が浮揚してくる。
山崎(1984) の文脈を踏まえた後、 誤謬の視点から見ると、これは、Verganti(2009)の「意味のイノベーション」の典型事例といえる。ユーザー側の意味解釈が戦略を反転させ、企業側の意図に先行して新たな価値を形成する創発戦略のダイナミズムを示している。
Verganti(2009)の「意味のイノベーション」 概念と親和性を有す、平松(2017)、米山(2020)では、技術主導型から意味主導型への転換を主張する。平松(2017)の本質は「再解釈」「再文脈化」「再活用」にあり、環境との相互作用を通じて創発されるものであるとする。米山(2020) では、価値を2類型する。第1に「価値発見」である。
これは未活用・未評価であった潜在的資源を発掘し、新たな視点からの連結・活用で価値創出する。 第2に「価値再生」である。これは、かつては価値を持ち活用されていたが、 現在では陳腐化している資源を再文脈化することで、新たな意味を与えて再活性化する。両者はともに、既存資源への再接近によって新たな競争優位の源泉を形成する。この事例は後者となる。
パナソニック:「失敗製品」の転用と意味の再定義
パナソニックの事例では、当初は失敗と見なされた製品開発が、ターゲットの再定義によって意図せざる成功をもたらした事例が確認できる。
2000年代、同社開発の小型TV内蔵イヤホンは、「一般向けには実用性が乏しい」と市場投入が見送られた。しかし、ある営業担当が聴覚障がい者向けの福祉施設利用への着目で、まったく別の文脈で商品化が実現された。
この製品は、本来の「テレビ視聴の利便性向上」という戦略的目的には適合しなかったが、「社会的包摂」と「意味のイノベーション」という価値提案への転換に成功した。ここでも、当初の仮定(一般家庭向け需要)に基づく設計思想は、誤謬として退けられたが、意図せざる活用が創発的に再評価されたことにより、企業のイノベーション文化の象徴となった。前段同様、Verganti(2009)の「意味のイノベーション」理論とも接続しうる事例である。
セガ:戦略的撤退から創発的再構築へ
伊丹(1984)と沼上(2000)の計算機産業の事例で示された「創発のロジック」 と同じものとして、セガの事例を挙げることができよう。
1998年にセガが発売した家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」は、当時としては世界初のインターネット接続機能を備えるなど、技術革新性に富んだ製品であった。にもかかわらず、ソニーのプレイステーション2との競争に敗れ、 2001年に家庭用ゲームハード事業からの撤退を余儀なくされる。
この戦略の背景には、過去のアーケード事業の成功体験や、技術スペック偏重主義といった 「過去の延長線上にある前提」が強く影響していたと考えられ、認識枠組みにおける誤謬が存在していたと評価できる。
しかしこの撤退を契機に、セガはハードウェアの開発から完全に手を引き、 ソフトウェア専業企業として自社IP(知的財産)の再評価と再編成を進めた。“ソニック”や“龍が如く”などのシリーズは、マルチプラットフォーム展開によって収益性を高め、企業としての競争力を再構築するに至った。この転換は、「誤謬」に基づく撤退という「意図せざる失敗」から、結果的に「意図せざる成功」を経て、戦略の根本的な創発へと至った好例である。
各概念の理論的接続
4事例を通じて明らかとなるのは、「誤謬」が必ずしも失敗に直結せず、環境との相互作用や意味の再構築を通じて創発的な成功を導く可能性があるという点である。計画主義に依存する従来の戦略論を超えて、戦略プロセスの「偶発性」や「意味変容性」に開かれた理解が、現代的戦略論において不可欠であることが示唆される。
以上を踏まえると、「経営戦略の誤謬」「意図せざる結果」「創発戦略」は、 いずれも計画された戦略行為とその結果との間の「ズレ」に着目した概念であるが、それぞれの焦点は異なる。誤謬は「思考の誤り」に、意図せざる結果は 「成果の不確実性」に、創発戦略は「学習と適応のプロセス」に主眼を置く。
これらを統合的に捉えることで、経営戦略における“合理性の限界”、戦略実践における“柔軟性”、そして組織における“偶発性の受容可能性”が見えてくる。特に現代の不確実性の高い経営環境下、誤謬を単に失敗と捉えるのではなく、それを契機とした創発学習と再構成の契機として捉える視点が重要となる。
本章の意義は、計画型戦略観を相対化し、プロセスにおける誤認知や予測困難性を包含する動態的な戦略理解を提示する点にある。特に、“意図せざる成功”がどのような条件下で再現されるのか、また「誤謬」がいかにして創発に転換されるのか、その文脈を序章だけでなく、後に続く章で明らかにする。
そこで重要なのは、「誤謬」を単なる失敗や無効化として切り捨てるのではなく、「誤謬」が生む“ズレ”や“曖昧性”に組織が柔軟に適応・再構成する能力こそが、 現代戦略論において中心的な競争力となりうるという点にある。
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