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 意思決定には不確実性がつきものだ。限られた情報を基に質の高い判断を下すには、数字の見立てや競合予測など多様なメソッドを駆使する必要がある。本稿では、早稲田大学名誉教授・内田和成氏が書いた『できるリーダーが意思決定の前に考えること』(内田和成著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集。管理会計、ゲーム理論などの活用法を具体例とともに解説する。

 今回は、予測できる要素と不確実な要素を整理することで、極端な状況への備えを考えるメソッド「シナリオプランニング」を取り上げる。

■「あり得ないこと」が起こったらどうなるか?
――不確実性を織り込む――

できるリーダーが意思決定の前に考えること』(日経BP 日本経済新聞出版)

 確率やリスクがある程度予想できるときには意思決定をしやすいのですが、どういう結果になるかが見通しにくいこともあります。そういう場合には、「不確実なことがある」という認識をしたうえで意思決定をすることが求められます。つまり、不確実性のマネジメントが必要です。

 世の中は不確実性だらけで、確実なことなんて何一つないと思う人もいるかもしれませんが、「だいたいこうなるだろう」と見通せることもあります。たとえば日本の人口は減少傾向にあり、そのため高齢化が進んでいることを考えれば、子供向けのビジネスの需要は縮小するとか、介護サービスなどの需要は増えるとか、大きな流れは見通すことができます。

 しかし、一方では、どう転ぶかわからないこともあります。かつての日中関係の悪化のように外交関係が悪化したり、リーマン・ショックのような経済危機が発生したり、新型コロナウイルスのような感染症が発生したりすることがあり得ます。

「起こるかもしれないこと」を整理しておく

 不確実性をマネジメントするための手法の1つがシナリオプランニングです。これは社会の変化を引き起こす要因(ドライバー)のうち不確実なものを洗い出して、その影響を整理していく手法です。そして「自分たちに何が起こり得るか?」を考えておくのです。

 シナリオプランニングは「未来予測は外れる」という前提で未来に対処する方法とも言えます。予測が外れるのだったら、予測するのは無意味ではないかと思うかもしれませんが、そうではない。「こういう可能性がある」と覚悟しておくことに意味があります。

 覚悟しておけば、いざそれが本当に起こったときに、他の人はパニックになってゼロから対応が始まるのに対して、覚悟していた人は「あ、これ、起こってほしくなかったけど、起こってしまった」と冷静に対応できる。地震が起きたときに「これは津波が来るかもしれない」と判断して避難するのと同じです。

 つまりシナリオプランニングの目的は「どうなるか?」を当てることではありません。「何が起こる可能性があるか?」を知ることです。起こり得るということを知っている人と知らない人では、環境変化への対応力に差が出ます。

 アメリカのあるコンサルタントが言うには、「そんなことが起こるのか!?」と衝撃を受けるような変化は、ほとんどの場合、自分が意識してなかったところから出現するそうです。競争相手や顧客など、いつも意識しているところの変化にはそれなりに対応できるけれど、意識していなかったところの変化には対応できない。自分たちとは無関係だと思っていた業界のイノベーションが及んできたりする。

 だからこそ、「普段は意識していない敵の出現などを考えてみる」というのがシナリオプランニングです。

 もともとシナリオプランニングが有名になったきっかけは、ロイヤル・ダッチ・シェルという石油会社が石油ショックをある程度想定していて、他社に比べてうまく対応したという話です。

 当時は石油ショックが起こるなんて誰も考えていなかった。世界の石油市場はメジャーと呼ばれる会社が牛耳っていて、彼らがコントロールしている限り、石油の値段は大きく上がったり下がったりすることはないと思われていた。

 ところがロイヤル・ダッチ・シェルがシナリオプランニングという考え方を導入したら、実は中近東の地政学リスクというものがあって、もしそこで何かが起こると、石油の値段がはね上がる可能性があることがわかった。そしてシェルは石油ショックにうまく対応して、メジャーの中で下位から上位に躍進したというのです。

「不確実なもの」を選んで、極端に考える

 シナリオプランニングはどういう手順で進めるかというと、まずは課題を設定します。「日本のファストフード市場の10年後」「世界のEV市場の20年後」のように課題を決める。何が起こるかわからない10年とか20年という中長期スパンで課題を設定する。

 次にその課題について分析するための情報を収集して、自社の事業や自社の経営に影響を与えそうな要因を洗い出す。その要因をドライバーといいます。

 ただし、不確実なことはたくさんあるので、その1つ1つすべてを想定しておくのは大変です。事前に備えようにも経営資源が足りなくなってしまいます。

 そこで、ドライバーの中から、不確実性が高くて、なおかつ実際に起こったらインパクトが大きいものを選んで、シナリオを考える。つまり、「こんなことが起こるかどうかわからないけれど、もし起こったらわが社は大変なことになる」という問題を認識しておくのです。

 つまり、たくさんのドライバーをピックアップして、それらを確実なものと不確実なものに分ける。「確実にこうなるだろう」と思えるものは分析対象から外す。「こうなるだろう」とわかっていることには手を打っておけばいい。そして「どうなるか不確実でわからない」と思えることに備えておく。それがシナリオプランニングの意義です。

 ドライバーを探すときには、自分たちの業界のことはある程度わかるかもしれません。しかし予想できない未来を探るうえでは、自分たちの業界にとらわれず、幅広くドライバーを探す必要があります。

 その手掛かりとして、よく使われるのがマクロ分析の5つの視点をまとめたSTEEPというフレームワークです。STEEPとは、Society(社会)、Technology(技術)、Economics(経済)、Environment(環境)、Politics(政治)です。もっと多くの視点で考えることもありますが、ドライバーは漏れなく探すというよりは、本当にインパクトがありそうな要因を見つけることが大事です。

 また、ドライバーをリストアップする作業は、1人では限界があります。グループで検討することによって、1人では気づかなかったドライバーが見つかり、ドライバーの重要度の判断も適切にすることができるでしょう。

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