クボタのコンパクト電動トラクター「LXe-261」(出所: 共同通信)

 欧州や中国では、自動車以外のモビリティも電動化が進んでいる。本連載の記事「急速に進む欧州、中国の建設機械電動化に対して日本はどう対応するべきか?」では、建設機械の電動化の動きについて紹介した。今回は続編として「農業機械」に焦点を当てる。先行する欧州や中国の現状と課題、それらを踏まえた日本の農業機械産業が取るべき方針について、世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」(アイ・ミーブ)の開発責任者・和田憲一郎氏が解説する。

農業機械電動化の歴史

 建設機械と農業機械の電動化には、環境規制など似ている点もあるが、異なっている点もある。そこで以下では、先行する欧州および中国における農業機械の電動化の進展状況を概観し、日本の農業機械産業はどのように電動化に対応すべきか、筆者の考えを述べてみたい。

 日本における農業機械の電動化の歴史をひもとくと、電気自動車(BEV)の普及が先行しており、農業機械の電動化は比較的新しい。2010年頃よりBEV量産が本格化すると、それに伴いリチウムイオン電池の技術革新が進展し、農業分野においても電動化への関心が高まった。この潮流の背景には、地球環境問題への対応や農業従事者の減少といった社会的課題が存在する。

 こうした状況の中、国内農業機械メーカーであるクボタやヤンマーは、電動トラクターや電動草刈機の開発に着手し、技術的な検証を重ねてきた。特にクボタは、2023年に電動トラクター「LXe-261」を欧州の自治体向けにレンタル方式で提供することを発表した。これは事実上、日系農業機械メーカーとして初の電動農業機械の本格的な市場投入と位置付けられる。

 一方、海外における電動農業機械の歴史は、国内に比して古い起源を有する。1894年、ドイツのジマーマン(Zimmermann)は、世界初とされる電動農業機械である自走式プラウ(鋤)を開発した。この機械はバッテリーを動力源とするものではなく、地上設備から電力をケーブルで供給する方式を採用していた。

 この技術革新を契機として、イギリスや他地域でも同様のケーブル式電動農業機械の試作および限定的導入が行われた。当時はバッテリー技術が未成熟であり、実用化に向けた開発には依然として高い技術障壁が存在していた。

電動トラクター Fendt e100 Vario(出所:Fendt)

 その後、バッテリー式電動農業機械の商業的展開は、BEVの登場とそれに伴うリチウムイオン電池技術の進歩によって加速する。2010年代に入ると、現在はAGCOグループに属するドイツのフェント(Fendt)などが電動トラクターの商業生産を開始し、電動化技術の農業分野への本格的導入が進展することとなった。

欧州における電動農業機械普及の理由と現状

 欧州における農業機械の電動化に重要な役割を果たしているのは、主に2つの環境政策だ。

 第一に挙げられるのは、2019年12月に欧州委員会により提示された「欧州グリーン・ディール」。2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロに抑制することを目標とする包括的な環境戦略であり、農業分野もその達成に向けた重要な対象領域の1つと位置付けられている。この中で、農業機械の電動化は、脱炭素化およびエネルギー効率の向上を図る上で極めて有効な手段とみなされている。

 第二に、2021年12月に欧州連合(EU)によって採択された「共通農業政策(CAP:Common Agricultural Policy)2023–2027」がある。農業および農村地域の持続可能な発展を推進することを目的としており、その核心に環境配慮型農業への移行の促進が据えられている。EU加盟国には、農業従事者に対して環境配慮型支援策(エコ・スキーム)を提供する義務が課されており、こうした政策支援の一環として、電動農業機械の導入が積極的に奨励されている。

 では、具体的にドイツおよびフランスの事例を取り上げてみたい。

 ドイツにおいては「農業4.0」という概念が導入されている。この概念は、製造業における「インダストリー4.0」を農業分野に応用したものであり、IoT、AI、ロボティクスなどの先端技術を積極的に取り入れ、農業のスマート化およびデジタル化を推進することを目的としている。

 具体的な技術的取り組みとしては、以下のような事例が挙げられる。

・精密農業(Precision Farming)
 ドローンや各種センサーを用いて土壌および作物の状態を詳細に把握し、肥料および灌水の使用を最適化することで、資源利用効率を高める。

・自動運転トラクターおよびロボット収穫機の導入
 農業分野における慢性的な労働力不足への対応策として、多様な機器を導入。種別としては、トラクター型自動収穫機(自動運転機能を備えたトラクターに収穫ユニットを搭載)、自律走行型収穫ロボット(トマトやイチゴなどの野菜や果物の収穫に特化したロボット)、アーム型収穫ロボット(AIによる画像認識で熟度を判定し、ロボットアームにより野菜や果実を傷つけずに収穫)などがある。

・データ連携プラットフォームの整備
 農業者、研究機関、行政機関が情報を共有することで、現場の実態と政策の整合性を高め、農業の持続的発展に資する。

 一方、フランスにおいては、「フレンチ・アグリテック」と呼ばれる国家プロジェクトが推進されている。これは、2021年8月にフランス政府によって発表された政策であり、農業とテクノロジーの融合によって革新的かつ持続可能な農業の実現を目指す取り組みである。

 当該プロジェクトにおける主要施策としては、以下が挙げられる。

・資金支援策
 5年間で総額2億ユーロの投資を行い、スタートアップ企業および中小企業による技術革新および開発を促進する。

・デジタル技術の導入による負担軽減
 農業従事者の作業効率と生産性の向上を目的として、各種デジタルツール利用を奨励する。

 電動化およびスマート農業の普及に向けては、HECTAR(エクタール)などの教育・研究機関が中心となり、AI技術と電動農業機械を活用した持続可能な農業モデルの構築が試みられている。

 なお、欧州にて電動農業機械を販売する主なメーカーには、AGCO Corporation(Fendt、Massey Fergusonなども買収)、CLAAS、CNH Industrial、John Deereなどがある。

中国における農業機械の電動化状況

 中国における農業機械の電動化は「中国製造2025」や「農業強国建設加速計画(2024~2035年)」などの国家政策を通じて積極的に推進されている。特に、2025年4月に中国共産党中央委員会および国務院が発表した「農業強国建設加速計画」は、電動化・自動化の進展において重要な指針を示している。

 本計画は、農業強国化を2050年を目標とする「社会主義現代化強国」建設の基礎と位置付けられ、農業および農村の近代化を促進するとともに、科学技術の導入によって農業の競争力および生産性を強化することで、国家の食料安全保障体制を確立することを目的としている。

 農業機械の電動化に関しては、以下が盛り込まれている。

・国産スマート農機の研究開発強化
 エンジニアリング、エレクトロニクス、AIなどの関連企業が参画する「農業機器産業クラスター」の形成を推進。

・高性能農機の現場導入
 作付けから収穫までの各工程において、電動化・自動化された農機の導入を促進。農学と農機技術の融合による効率化を目指す。

・スマート農業技術との連携
 デジタル技術(IoT、ビッグデータ、空中モニタリングなど)と電動農機を組み合わせた「スマート農業」の実現を目指す。

 このように、農業機械の電動化・自動化、さらにはデジタル技術を組み合わせた「スマート農業」を目指しているところに特徴がある。なお、中国にて電動農業機械を販売する主なメーカーには、YTO Group Corporation、常州東風農機、Jiangsu World High Tech Agricultural、ベンチャー企業の深圳知申禾行などがある。

電動農業機械の利点と課題

 現在考えられる電動農業機械の主な利点と課題は以下の通り。

電動農業機械の利点:

・農業分野における温室効果ガス排出量の削減
 温室効果ガスの排出削減は、世界各地域で喫緊の課題とされており、農業分野においてもその重要性は高まっている。電動農業機械の導入は、化石燃料依存からの脱却を促進し、持続可能な農業の実現に寄与する。

・大気汚染の抑制
 電動農業機械はゼロエミッションで稼働するため、窒素酸化物や粒子状物質などの有害排出物の排出を大幅に削減できる。これにより、農村部を含む地域の大気環境改善が期待される。

・総所有コスト(TCO: Total Cost of Ownership)の低減
 リチウムイオン電池の導入コストは依然として高価であるものの、電動農業機械は運転・保守にかかるコストが低く、かつ機械寿命が長い傾向がある。このことから、導入から廃棄に至るまでのライフサイクル全体を通じた総所有コストは、従来のディーゼル式機械と比較して低減する可能性がある。

・遠隔操作および自動運転技術、収穫ロボットとの親和性
 電動化の進展は、農業機械における遠隔操作および自動運転技術の実装を加速させる要因となっており、特に施設園芸においては、IoT技術との融合による収穫ロボットの実用化が注目を集めている。建設機械が広範囲かつ分散的な活動地域を特徴とする一方で、農業は特定の地域に密着して営まれることが多い。このような産業構造の違いは、収穫ロボットの導入を含む農業機械の電動化と、建設機械のそれとを区別する重要な要素と考えられる。加えて、これらの技術革新は、農業分野において深刻化する労働力不足への対処手段としても大きな期待が寄せられている。

電動農業機械の課題:

・高額な初期投資
 電動農業機械のバッテリーは高価格であるため、導入初期における資本投資が大きく、費用対効果の評価が導入判断の障壁となり得る。

・稼働時間の制限と充電の必要性
 電動機械の連続稼働時間は通常4~8時間程度にとどまり、再稼働には充電が不可欠である。農作業の長時間連続運転には現時点で十分対応しきれていない。

・エネルギー供給体制の不備
 多くの農業現場では安定した電力供給環境が整備されておらず、機械の継続運用に支障をきたす恐れがある。

・充電インフラ整備の困難性
 一部地域では、BEV向けの既存充電インフラを活用することが可能であるが、インフラが整備されていない農村地域においては、個別の充電設備設置が必要となる。

・IoT活用型ロボットの共用性の低さ
 収穫ロボットをはじめとするIoT活用型農業機械は、農場ごとの仕様やニーズに応じた個別対応が多く、汎用化・共用化が困難である。そのため普及には技術面・制度面での支援が求められる。

日本における農業機械の電動化への動き

 日本においては、農林水産省が提唱する「みどりの食料システム戦略」の下、農業機械の電動化およびスマート化に関する具体的な目標が段階的に設定されている。同戦略によれば、2030年までに電動草刈機および自動操舵システムの導入を促進することで、これらの技術を農業に従事する将来の担い手の半数が活用する体制の構築が目指されている。

 さらに2040年に向けては、電動小型農機の種類拡充を視野に入れた技術開発を推進するとともに、他産業において実用化されている技術を大型農機技術に応用を図ることで、電動化・水素化といった次世代農業機械の普及を進め、当該技術の社会実装および確立を目指す方針が示されている。

みどりの食料システム戦略」における農業分野の目標 (出所:「みどりの食料システム戦略」KPI2030年目標の設定について」(農林水産省) )
拡大画像表示

日本の農業機械産業はどのように対応すべきか

 農業機械の電動化の潮流は、大別して2つの類型に分けられる。

 1つは、従来ディーゼルエンジン式で稼働していた農業機械を、電動式のものへと置換する動きである。このアプローチは、建設機械の電動化が直面している課題とも共通点が多く、特にリチウムイオン電池などの基幹部品が高価であることが導入の障壁となっている。

 この課題を克服するためには、コスト競争力の源泉である地政学的要因の影響が極めて大きく、資源の安定的な調達および部品供給体制の構築が不可欠となる。特に、中国の資源関連企業およびバッテリーメーカーとの戦略的協業は、現実的かつ重要な選択肢と捉えられる。実際、自動車産業においては、トヨタが中国のBYDとの協業によりBEV「bZ3」を市場投入した事例があり、こうした国際調達の枠組みは、農業機械分野にも応用できるのではないだろうか。

2022年にトヨタとBYDが合弁で設立したBYD TOYOTA EV TECHNOLOGY カンパニーと一汽トヨタ自動車が共同開発した、セダンタイプのバッテリーEV「bZ3」(出所:トヨタ)

 もう1つは、自動運転機能を備えたトラクターやロボット型収穫機への対応が挙げられる。欧州および中国などがこの分野への積極的な参入を果たしており、自動運転技術、ロボット技術、IoTといった先進技術の統合によるスマート農業が急速に拡大しつつある。日本においても、こうした分野における開発をより強化することで、国際的競争の中で存在感を発揮することが可能になると思われる。