写真提供:©Marek Antoni Iwanczuk/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
完全な経営戦略論は存在しない。20世紀初頭に生まれた「原形」は、環境変化に応じて改良・派生を繰り返してきた。本稿では『経営戦略全史〔完全版〕』(三谷宏治著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集。企業がいかに理論を磨き、生存競争に勝ち抜いてきたかを振り返る。
なぜグーグルは、次々とサービスを生み出しては閉鎖していくのか。繰り返される試行錯誤の裏に隠された戦略とは?
ペイジとシュミットがグーグルの「超・試行錯誤型経営」をリードした
『経営戦略全史〔完全版〕』(日経BP 日本経済新聞出版)
■大統領選でオバマ陣営を支えたグーグルの「A/Bテスト」
2012年には、壮絶な誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)合戦に終始したアメリカ大統領選挙でしたが、その前のは少し違いました。
08年、グーグルでプロダクトマネジャーを務めていたダン・シロカー(Dan Siroker, 1983~)は、グーグルを休職してバラク・オバマ(第44代アメリカ合衆国大統領)の選挙キャンペーンに加わることになりました。その2週間前オバマがグーグル本社で講演したときの「私は、事実やデータに基づく選挙戦をやりたい。だから、エンジニアの皆さんの助けが必要だ」に惹かれたのです02。
ネット広報を担当したシロカーはまず、目標となる指標を定め、施策の効果を数字で測定し、その改善を図り続けました。
結果として、シロカーは「ウェブサイトへの登録率40%増、メールアドレス300万件増、ボランティアの30万人増、寄付金6000万ドルアップ」に貢献したといわれています。それを支えたのが、彼がグーグルで実践していた「A/Bテスト」です。
ペイジ
・6歳 コンピュータで遊び始める
・22歳 スタンフォード大学でブリンと出会い検索エンジンに関する論文を共同で執筆
・25歳 グーグルをブリンと創業。3年後シュミットを受け入れ、自らは製品担当責任者に
・38歳 CEOに復帰。自動運転、AIなどを推進
シュミット
・27歳 UCバークレー校で計算機科学博士号
・28歳 サン・マイクロシステムズ入社。後にCTOに
・42歳 ノベルCEO就任、発展に寄与する
・46歳 グーグルCEOに就任。ペイジ、ブリンとの三頭政治で業績を飛躍的に伸ばす
・56歳 CEO職をペイジに譲り、グーグル会長に就任
02 オバマは当時のCEOシュミットによる「100万の32ビット整数を効果的にソートするにはどうすればよいと思われますか?」というムチャ振りに「バブルソートを使うのは間違い」と的確に答えた。
■ 年間7000回の試行錯誤がグーグルを改善する
A/Bテストとは、AとBのやり方を、両方試しにやってみて、よかった方を採用する、という方法です。もともとはダイレクトメールで用いられた手法で、「どっちのチラシの方が、レスポンス率が高いか」などを、これで測っていました。
インターネット上では、これをもっと低コストで手軽に素早く行えます。
たとえばウェブサイト上で使う画像や説明文などを、複数パターン(新しいものを1つでもいい)用意します。そして、それらを入れ替えたウェブサイトを、実際に並列で公開してしまうのです。サイトを訪れる人のうち、数%だけを(本人に知られぬよう)新しいパターンに誘導して、実際のクリック数やコンバージョン率などを基に、どのパターンが優れているかを見極めます。
2011年、グーグルはこういったA/Bテストを約7000回、検索サービスで行ったといいます。
■ グーグルの壮大な「試行錯誤型」経営
グーグルの根幹はその検索サービスにあり、その機能の改善が大切なことは言うまでもありません。しかし同時に、グーグルはその「情報」における地位を不動にするために、そしてそのミッションである「グーグルの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」ことの実現に向けて、さまざまな新サービスを、導入(かつ撤退)し続けています。
03年、ブログサービスに Pyra Labs(ピララボ) を買収して参入。有料サービスも無料化され「Blogger(ブロガー)」は世界でもっとも使われているサービスになり、翌年には「Picasa(ピカサ)」03の買収によって、画像の保存・閲覧も可能になりました。「Gmail(ジーメール)」(2004)、「Googleマップ」(同)、「Google Earth(アース)」(2005)の導入に成功し、「YouTube(ユーチューブ)」買収(2006)には16.5億ドルを投入しましたが、グーグルの広告収入増にしっかり貢献しています。
でも、順調なものばかりでは、ありません。
05年には動画コンテンツの検索・配信サービス「Googleビデオ」と、カスタマイズ可能な個人用ポータル「i(アイ)Google」が導入されました。しかしいずれも数年で、閉鎖されました04。
オンラインメモサービス「Googleノートブック」は09年に開発停止、知識共有ツール「Knol(ノール)」はWikipedia(ウィキペディア)にかなわず12年4月に停止、ソーシャルサービス「Google Buzz(バズ)」もTwitter(現:X)などに勝てずに、11年11月に閉鎖され「Google+(プラス)」に統合という形になりました。そして、その Google+も個人向けサービスは19年4月に終了しました。
03 2016年にGoogleフォトに統合された。
04 Google ビデオは2012年夏に、iGoogleは2013年11月に閉鎖された。
■成長の原動力は小規模ベンチャーのイノベーションから
なぜグーグルは「本業」に集中せず、これほどまでに無節操(むせっそう)に、さまざまなITサービスを開発・買収しては提供し、閉鎖しまくって来たのでしょう?グーグルを01年から10年間、CEOとして率(ひき)いたエリック・シュミット(Eric Schmidt, 1955~)は、03年にこう言っていました。
「社会の中で、仕事も経済成長も、中小のベンチャー企業から生まれている。みんな、相変わらずフォーチューン500とかにしか注目していないが、ベンチャーが経済を動かすという原理は、アメリカ以外の国にも当てはまる」
「新しいプレイヤーの数がきわめて多いことをわれわれは喜ぶべきだし、それはチャンスの多様性を生み出していることにもなる。そして、そうしたサイクルはすでにスタートしている05」
業界をひっくり返すような「破壊的(Disruptive)イノベーション」は、遠く離れたところから密かに始まるとクレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』(1997)で主張しました〔359頁〕。そして(グーグルのような)リーダー企業こそが、新しいイノベーションに乗り遅れて、「担当の変更」が起きてしまうのだと。
それを避けるためには、一見ムダな試行錯誤を、小さくいろいろやってみるしかないのです。
グーグルにはこれまで幸いなことに(豊富な)資金と、試行錯誤を積極的に行うリーダーシップがありました。創業者の一人であるラリー・ペイジ(Larry Page, 1973~)は「失敗しても構わないが、失敗するなら早くしろ」と言い続けました。そして、ペイジは、2011年秋以降、約30の商品・サービスを停止しています。
■やってみて結果で決める「データ民主主義」
アマゾンがA/Bテストに最初に挑んだのは、2000年2月のことだといいます。準備不足で所期の目的は達せられませんでしたが、「検索結果の表示時間がダイジ」という大きな教訓を得ました。
アマゾンで買い物をすると、カートの中身の確認時に「○○とよく一緒に購入されている商品」というお奨めがでてきます。お金を払う(レジに進む)前に、もう一段の衝動買いを狙っているわけです。
これを提案したグレッグ・リンデン(Greg Linden)は当時、上司たちから徹底的に否定されました。デモまでつくったのに、テストすら許されませんでした。憤慨(ふんがい)したリンデンは、A/Bテストを勝手にやりました。そしてその機能がアマゾンにもたらす膨大な利益を明らかにしたうえで、そういった反対意見を一気に葬(ほうむ)り去りました。
オバマの選挙運動を支援したシロカー06は、そういったデータの力による「上下関係の消滅」を「データ民主主義」と呼びます。A/Bテストの結果データの前に、身分や地位の上下はなく、すべての民は平等なのです。
だから選択肢を出して、つくって、試してみればいいのです。頭の固い上司の許可を得ることも、みなで事前に合意を取ることも、顧客をムリに説得することも、必要ない!
データ民主主義のもとでの「試行錯誤型経営」がもう既に、始まっているのです。
05 「Google CEO が語るIT業界復活のシナリオ」2003/7/19、から。
06 シロカーはその後ウェブサイト最適化支援会社Optimizely を立ち上げた。2012 年の大統領選では、両陣営ともが採用した。
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