1994年に公開されたアメリカ映画『I.Q.』で、ウォルター・マッソーが演じたアルバート・アインシュタイン写真提供:AF Archive/Paramount/Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ
グローバル化とデジタル化が進む中、変化の激しい時代に対応するため、歴史や哲学を含むリベラルアーツ(教養)の重要性が再認識されている。本連載では、『世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた』(KADOKAWA)の著書があるマーケティング戦略コンサルタント、ビジネス書作家の永井孝尚氏が、西洋哲学からエンジニアリングまで幅広い分野の教養について、日々のビジネスと関連付けて解説する。
時間も空間も重力で曲がる――。アインシュタインが提唱した一般相対性理論は、現代の物理学と私たちの社会にどう影響を与えたか。
あらゆる条件で成立することを目指した一般相対性理論
19世紀にニュートン力学の限界が明らかになった。「光の速度は常に一定」という現象が、ニュートン力学の「速度合成の法則」では説明できなかったからのだ。そこで1905年、スイス特許庁の公務員だったアルバート・アインシュタインが「光の速度は常に一定で、条件次第で時間や空間が変わる」という特殊相対性理論を提唱した(前回を参照)。
特殊相対性理論では、光速に近づくと、時間や空間、質量が変わる。そして変わった質量はエネルギーに転換される。この理論のおかげで、人類は原子力エネルギーを手にした。
しかし、特殊相対性理論は、「重力がない」という特殊な条件下で成立する理論だった。そこでアインシュタインは、「この理論をもっと汎用化して、ニュートンの万有引力を完璧に置き換えたい」と考えた。そして10年後に発表したのが、今回紹介する「一般相対性理論」である。
一般相対性理論のポイントは「重力で時空間がゆがむ」ことだ。では、どのようにゆがむのか? トランポリンの上に、重いボウリングの球を置くことを考えてみよう。球の周りの平面はへこむ。もし、この平面に沿ってピンポン球を投げると、ピンポン球はそのへこみの方向に落ちるはずだ。
このゆがみは、二次元平面上で思考実験したものだ。時空間でも同様だ。アインシュタインは「物体の質量が大きいと、時空間は重力でゆがむ」と考えた。これを式にしたのが「アインシュタインの方程式」である。この式は、数学者ベルンハルト・リーマンが1850年代に提唱した、ゆがんだ空間を表現する「リーマン幾何学」に基づいて作られている。
では重力で、空間は実際にどのくらいゆがむのだろうか? 太陽の質量は地球の33万倍あり、太陽系全体の質量の98%を占める。そこで、太陽の質量をアインシュタインの方程式に当てはめて計算すると、太陽の周辺の時空は100万分の1だけ曲がる計算になる。
こうして曲がった時空では、光も時空に沿って曲がって進む。だからこの理論は、太陽の後ろに隠れた星の光が曲がって地球に届けば、証明できるはずだ。普段の太陽は眩しくてこんな観察はできないが、日食で太陽が隠れたときは、この検証は可能になる。
この理論が提唱されて3年後の1919年5月21日、アフリカのギニアで皆既日食が観測された。太陽が隠れて暗くなった時、太陽の周辺にある星の位置を観測すると、実際の位置からズレていた。そしてズレの角度はアインシュタインの方程式と一致していた。
こうして一般相対性理論が正しいことが証明され、彼は「ニュートン以来の天才物理学者」として一躍世界に名をとどろかせたのである。
出典:『世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた』(KADOKAWA)拡大画像表示
ノーベル賞が相対性理論に与えられなかった理由
3年後の1922年、アインシュタインはノーベル物理学賞を受賞した。しかしながら、このノーベル物理学賞は相対性理論に与えられたものではなかった。アインシュタインが1905年に副業で書いた3本の論文の一つ「光量子仮説」に与えられたものだった。
ノーベル物理学賞は「人類に大きな利用価値をもたらす新発見に授与」と定義されている。相対性理論の利用価値は、残念ながら1922年の受賞時点では、よく分からなかったのだ。
20世紀物理学の基本となった相対性理論
その後、相対性理論を起点に新たな世界が次々開拓された。宇宙論に限定しても、以下のような理論が生まれた。
- 巨大な重力を持つブラックホールの存在の予言(のちに実際に観測)
- 「膨張する宇宙」の発見
- 「宇宙には始まり」があるというビッグバン宇宙モデル
- 「宇宙誕生の直後、素粒子ほどに小さかった宇宙が加速的に膨張し始めた」というインフレーション宇宙論
このように相対性理論は、現代の宇宙物理学に多大な影響を与えている。
さらに相対性理論は、現代社会のあらゆるところで応用されている。一例を挙げると、グーグルマップとスマートフォンのGPS(全地球測位システム)で正確な位置が分かるのも、相対性理論のおかげである。GPSは、地球を回るGPS衛星によって正確な場所を計算している。GPS衛星には極めて正確な原子時計が搭載されているが、実際には次のような誤差が生じてしまう。
【特殊相対性理論の効果】
高速移動するGPS衛星では、地球時間と比べて1日で120マイクロ秒遅れる
【一般相対性理論の効果】
宇宙空間は地球の重力の影響が小さいので、地球時間と比べて1日で150マイクロ秒速く進む
つまりGPS衛星では、差し引き30マイクロ秒、地球時間よりも速く進む。距離に換算すると10 キロもの誤差が出てしまう。こんなGPSは使いものにならない。そこでGPSでは、相対性理論に基づいて、あらかじめ時間のズレを補正しているのである。
こうしてニュートン力学の矛盾を解消して進化させた相対性理論は、20世紀の物理学の基礎を築いた。しかし、決してニュートン力学が否定されたわけではない。日常生活ではニュートン力学は十分な精度で使える。光の速度や宇宙レベルの問題を考える場合に、相対性理論が必要になる、ということなのだ。
アインシュタインの理論はその後、エネルギー、通信、電子工学、宇宙開発などの産業を生み出した。いずれも現代のあらゆる産業の基盤である。その基礎となるのは、アインシュタインがスイス特許庁に勤めていた26歳の時に副業で書いた光量子仮説、および特殊相対性理論と、その後10年間かけて生み出した一般相対性理論なのである。
さて、1960年代まではアインシュタインの相対性理論は「万能」と思われていた。しかし残念ながら、相対性理論も完璧ではなかった。
物理学者スティーヴン・ホーキングとロジャー・ペンローズは、ビッグバンやブラックホールのような無限大の密度と無限大の時空湾曲率を持つ特異点では、あらゆる物理法則が破綻するという「特異点定理」を提唱した。さらにホーキングは、特異点の存在を論文で証明してしまった。
特異点では、相対性理論も破綻してしまう。そこで現代物理学では「超ひも理論」や「ループ量子重力論」などの研究が進められている。
20世紀前半に相対性理論を提唱したアインシュタインは、ビッグバンやブラックホールを知り得なかった。このように偉大な科学者は、その時点で知り得る情報で因果関係を考察して、理論を構築している。しかしその後に、理論で説明できない新たな現象が観察されることも多いのだ。
完全無欠と思われていた偉大な科学者であっても、このように知り得ないことがあると、間違ってしまう。ましてや私たちは、事実にもっと謙虚になるべきなのだろう。

