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 世界の企業が男女格差解消に向けて動く中、日本企業はいまだ「周回遅れ」と指摘される。単純な数字の比較では測れない“真の格差”の改善のため、企業がなすべきことは何か。本稿では『男女賃金格差の経済学』(大湾秀雄著/日経BP 日本経済新聞出版)から内容の一部を抜粋・再編集。格差温存により生じるデメリットや、変革のための知見、手法について解説する。

 男性に比べ、女性はスキルや行動の自己評価が低い傾向にあると言われる。組織においてこうした自己評価の男女差やバイアスがキャリアに影響する可能性についてひもとく。

D社で見られるスキルの自己評価の男女差

男女賃金格差の経済学』(日本経済新聞出版)

 多くの企業で、社員に自分の行動やスキルを自己評価させた後、それに基づき上司が同じ尺度で評価し、続いて今後の改善のための面談が行われるというプロセスが取られている。

 もし女性の自己評価が低い場合、上司はそれを十分に補正するのだろうか。シカゴ大学の朝井友紀子氏との共同研究の結果を一部紹介したい。まずは、どの程度の男女差があるのかを、D社のデータで確認してみる。

 できるだけ同じ能力の男女間で比較するために、年齢、勤続年数に加えて人事データに含まれる能力情報(出身大学ランクや英語技能試験スコアなど)を統制注1して、つまり他の諸条件の違いで生じる差を調整した上で男女差を計った。

 図表1の左端の棒が年齢、勤続年数、学歴のみを統制したベースラインの結果、左から2番目が加えて出身大学ランクを統制したもの、左から3番目がさらに英語技能スコアを統制したものである。

■図表1 スキル/行動の自己評価における説明できない男女差

注1. 回帰分析で属性を説明変数に加えることを「統制する」という言葉で表現する。

 これを見ると、同じ認知能力や経験を持つ男女間で5段階評価で平均して0.17ポイント程度差がついていた。個別スキル項目別に見ていくと、事業開発スキルやリーダーシップスキルといったいわゆる男性有利のステレオタイプのイメージがある項目ほど男女差が大きく、チームワークといった女性有利のステレオタイプが働きそうな項目では差は小さかった。

 つまり、女性は男性よりも自己評価が低い傾向があり、それはこれまで男性の職場で重要視されてきたスキルで特に大きい。

 自己評価における男女差をどの程度上司は補正するのだろうか。D社のデータで確認すると、補正されたのは2割程度で、上司評価においては依然として0.13ポイントの男女差が残っていた。

 1つの可能性として、女性の低い自己評価に上司評価が引っ張られているのかもしれない。これはアンカリング効果注2と呼ばれる現象だ。自己評価と上司評価が異なる場合、上司は根拠を説明して本人の納得感を得なければいけないので、心理的負担が増す。別の言い方をすると、人間は身近な人との軋轢を避けようとする傾向がある。

 それは部下でも同じで、自分の指示に気持ちよく従ってもらうために、相手に厳しい点数をつけたがらない。一方、本人が期待する以上の評価をつけると、慢心して努力を怠らないか懸念して、高い評価をつけることにも抵抗がある。

 そのため自己評価が基準点となって、特別な理由がなければ自己評価を追認する、あるいは少なくとも大きく変更しないことが心理的に楽だ。ただし、男女間で本当にスキルに差があるのか、あるいは女性の低い自己評価に上司評価が引っ張られているのかは正確には分からない。

E社で見られる自己に対する行動評価の男女差

 自己評価で見られる男女差が上司評価でも強く残るという現象は他の会社でも観察される。本当のスキル格差なのか、上司が自己評価に引っ張られているのかをもう少し検討してみたい。今度は別の会社E社における業績評価と行動評価の関係を自己評価と上司評価に分けて、男女の違いを見てみた(図表2注3)。

■図表2 自己評価と上司評価の男女差(E社)

注2. 意思決定において最初に提示された情報(アンカー)に引きずられ、その後の判断が影響を受ける心理的傾向。例えば、最初に高い価格を見ると、その後の価格評価が高くなりがちだ。
注3. 具体的には、行動評価の自己評価と上司評価を被説明変数とし、説明変数に業績評価(確定値)を正の値(業績評価+)および負の値(業績評価-)に分解した2変数を入れて、さらに、女性ダミー、女性ダミーと業績評価+、業績評価-それぞれの交差項を加えて回帰分析(OLS)を行い、この推定されたモデルの係数を使って、行動評価(自己評価、上司評価)と業績評価(確定値)の関係を描いた。詳しくは、大湾(2018)を参照。

 業績評価が1標準偏差注4、2標準偏差改善すると、あるいは悪化すると、行動評価はどのくらい平均的に変動するかを総合職社員で比較したものだ。まず目につくのが、黒い実線の女性の自己評価だ。女性は、業績評価と行動評価の関係がほぼ線形になっている。

 男性の場合には、女性に比べ、同じ業績評価を上げている人同士を比べると、上位層で男性の方が行動評価の自己評価が高く、上司も同様な形で高くなっている。女性の上司は、この女性の控えめな評価をある程度相殺してくれるが、やはり男性に比べると低い評価をつけている。

 ここでも、同じ業績を出している女性に対し、なぜ行動評価が低くなるのかは明らかではないが、何らかのジェンダーバイアスが働いている可能性がある。また、もし業績評価にも何らかのジェンダーバイアスがあれば、前述の差はより大きいことになる。

 行動評価は昇進・昇格の判断に使われる情報なので、行動評価におけるバイアスは、男女の生涯所得に長期的な影響を与える可能性がある。

 本当のスキルの差なのか、上司が部下の自己評価に引っ張られているのかを確認するには、自己評価を上司に見せないようにするか、Roussille(2024)の採用サイトのように年次ごとの中央値がデフォルトとして現れるように設定するなど自己評価の男女差が縮小する取組みを行った時に、自己評価と上司評価がどう変わるかを観察するのがよい。

どのように男女格差につながるか

 評価における男女差は、翌期の仕事の配分あるいは昇進・昇格の可能性に影響を与える。実際、前述のD社では、スキル評価と与えられる責任の重さやスコープを表す役割グレードの間には強い相関があった。スキル評価の男女差が、役割グレードの男女差を生み出し、それが翻って昇格の男女格差につながっている関係が垣間見える。

 また、役割グレードの男女差は、労働時間の男女差、未就学児がいる既婚女性かどうかによっても大きな影響を受けており、小さな子供がいて労働時間の制約がある女性社員には、責任のある仕事や難しい仕事が任せられにくい状況にあることを示していた。

注4. データがどれだけ平均値から散らばっているかを示す統計量。値が小さいほどデータが平均の周りに集中し、大きいほど広く分散していることを意味する。

 他方、達成度評価や昇格に関しては、スキル評価や役割グレードを統制すると、説明できない有意な男女差はなかった。目標が達成できたかどうかは比較的客観性が高く、また昇格の意思決定も複数のチェックが入ることから、ジェンダーバイアスが入り込む余地が小さいのだろう。しかし、スキル評価は本人や上司の主観が入る上、役割グレードに反映される役割や業務の配分には当該社員に対する上司の育成方針が反映されるため、ジェンダーバイアスが入り込みやすい。

 図表3で図示するように、ジェンダーバイアスがある場合には、スキルの自己評価、上司評価を通じて、役割・業務の配分の男女差をつくりだし、それが成長機会の差を通して、スキル形成にも影響を与える。最初は小さな差が、時間をかけて積み重なる中で、最終的な昇格確率に相当な男女差をもたらす可能性がある。

■図表3 ジェンダーバイアスが男女格差を生み出す経路(D社)

 本書では、評価制度、役割等級制度、目標管理制度において生じる男女格差を紹介したが、それ以外の人事制度のあらゆる部分にジェンダーバイアスが入り込む可能性がある。

 例えば、近年多くの企業が取り組んでいる社内公募制度では、女性が男性ほど自信過剰ではなく、競争を避ける傾向があり、自己評価が低く、アピール力も弱いとすると、社内公募に参加することに二の足を踏む女性も多いはずだ。

 求人情報の要件の書き方が男性を連想させる要件になっているために、女性が応募しにくい状況が生まれている可能性もある。あるいは女性の自己評価が低いために、応募に踏み切れない女性が多いかもしれない。

 実際、私たちが現在分析しているある企業の社内公募求人応募データでも、男性に比べ、女性の応募率が有意に低いことが分かっている。社員に公平にチャンスを与え、キャリア自律性を高めることを目指した制度が、逆に女性の経験の幅を狭める結果になっては不幸である。

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