2024年、BYDのラインナップの中で最も販売台数が多かった「宋シリーズ」(出所:共同通信イメージズ)

 電気自動車(BEV)のみならずプラグインハイブリッド車(PHEV)でも世界の自動車市場を席巻している中国メーカー。他国のメーカーよりBEV、PHEVを早く安く作ることで、一気に市場の主役に躍り出た。他国メーカーとの違いはどこにあるのか。中国メーカーの強さの秘密を、世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」(アイミーブ)の開発責任者・和田憲一郎氏が解き明かす。

BYDに見るスピード最優先の現場

 世界では中国自動車メーカーが製造する「新エネルギー車」(以下、新エネ車)と呼ばれるBEVやPHEVの躍進が止まらない。国際エネルギー機関(IEA)が発行した「Global EV Outlook 2025」によれば、2024年における世界のBEVとPHEVを合わせた新車販売台数は1700万台(前年比350万台増加)となり、新車販売比率は20%に達した。そのうち、中国自動車メーカーは約6割を超えている。では、なぜ中国自動車メーカーが新エネ車の世界で躍進することができるのであろうか。そこにはEVを早く、安く作る仕組みがあるように思える。これに関して、筆者の考えを述べてみたい。

Global electric car sales, 2014-2024 (出所:IEA Global EV Outlook 2025)
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 中国自動車メーカーの人と話をすると、1にスピード、2にスピード、3にスピードと言う人が多い。もし、スピードを重視するあまり、判断が誤りと分かった場合どうするのかと聞けば、すぐにやり直せば良いという。熟考するだけで、何もしないより、素早く実行に移すことで、誤りもリカバリーできると考えているのであろうか。

 また、以前に日本の自動車関係者にて中国・深センにあるBYD本社を訪問したことがある。訪問時には董事長(※)の王伝福氏にニコニコしながら出迎えていただき、その後、約40分間意見交換の機会を得た。特に印象的だったのは、短時間の面談中にも、少し空いた時間に、王氏が秘書から書類(おそらく稟議書)を受け取り、サインやコメントを書き入れていた点である。わずかな時間にもかかわらず、数件の書類処理を行っていたように見受けられた。日本では見られない光景を目の当たりにし、ここまでスピード重視「Time is Money」を徹底しているのかと驚かされた。

※企業の取締役会を主宰し、会社の代表を務める役職

中国自動車メーカーが早く作れる7つの理由

 さて、なぜ中国自動車メーカーが早く、安く作れるのかについて、筆者の新エネ車開発支援やビジネス活動を通じて得られた知見に基づき説明したい。なお、これは、あくまで筆者の個人的経験に依拠する部分も多いのでご了承願いたい。 

1.トップによる迅速な決断

 これが中国と日本のスピードの差が生じる最大の違いではないだろうか。特に中国自動車メーカーでは、稟議書による正式な決裁手続きのみならず、開発責任者が会議の最中に董事長あるいは経営幹部に対して、WeChatなどの通信手段を用いて直接提言や確認を行い、即座に方向性の承認を得るといったケースを何度も見てきた。

 詳細な金額やスケジュールなどは後から詰めるとして、方向性をすぐに取り決めて関係者が検討を開始する。この点こそが、日本企業の制度的な手続きを重視するスタイルとの大きな違いであり、それが結果として意思決定のスピードの差となるのではないだろうか。

2.企画から販売まで、やり直しが少ない

 自動車メーカーにおいて商品開発に携わった経験のある者であれば、新企画の立ち上げ後、社内に種々の障壁があり、プロジェクトが途中で中止に至るケースを経験したことがあるであろう。このような場合、関係者は一気にモチベーションをなくしてしまう。

 企画中止の理由としては、販売台数の見込みが当初の想定を下回る可能性や、利益率が社内規定に達せず、経営陣の承認が得られないなど、不確実なものが列挙される。しかし、自動車が売れるか売れないかは出してみないと分からないことも多い。慎重すぎる判断は市場開拓の阻害要因となる可能性もある。

 一方、中国における自動車開発では、意思決定のスピードの速さが際立っており、企画段階で承認された案件は高い確率で量産化・市場投入にまで至る傾向がある。これは、プロジェクトに一度「GO」サインが出ると、開発スピードが早く、途中での撤回が難しいという背景がある。そのため企画段階でより慎重に検討が行われていると推察される。

3.バスケット型開発

 開発の迅速化を実現する手法の一つとして、「バスケット型開発」が挙げられる。これは、新エネ車の開発において、複数の領域を同時並行で推進することを可能とするアプローチである。本手法では、プロジェクト全体を複数の「バスケット」と見なし、それぞれに専門チームを配置することで、各バスケット内の要素を独立かつ並行して開発する点に特徴がある。

 例えば、eアクスルの開発では、車両カテゴリーごとに、現在仕様と将来仕様を異なるチームが並行して開発を進め、個別プロジェクトの開発責任者は、それぞれの目的や要件に応じて最適なバスケットを採用する。このように、開発車両は複数のバスケットの成果物が結集した集合体として成立する。

 極端に言えば、本手法は必要な部品やモジュールを社内のリソースから「調達」するというスタイルに近く、一定規模以上の開発体制と組織的成熟度を前提とする。実際、BYDの事例などを観察すると、短期間に多様な車種を市場投入している背景に、当該アプローチのような仕組みが存在しているのではないかと推察される。

4.水平分業によるアウトソーシング

 以前に『EV、SDV時代にふさわしいビジネスモデルとは? 中国メーカーの躍進を生んだ「水平分業型」自動車生産の実態(←リンクhttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/88699)』でも記載したように、新興自動車メーカーや中堅自動車メーカーの中には、商品企画、デザイン、基本設計、販売などは自社で行うものの、それ以外の部分は要求仕様書を基に開発会社や生産会社に委託する水平分業のビジネスモデルを採用しているところも多い。また、このようなアウトソーシングの広まりにより、これを受注する企業も増加してきた。このような仕組みによって、自社で一から開発するより、開発に特化した企業を採用することで、開発期間の短縮に繋げている。過去にはドイツ自動車メーカーが派生車種などを外部エンジニアリング会社に設計、試作、試験などを依頼し、開発期間の短縮、設計の効率化を図っていたが、中国においても同様な仕組みが採用されている。

5.完成度よりスピード重視

 近年、自動車産業においては開発スピードの加速が強く求められる傾向にあり、結果として、製品の完成度が必ずしも十分に高い状態でない段階においても市場投入が行われるケースが見受けられる。法令遵守はもちろん前提だが、実際にはボディー各部の隙間における不均一性や部品の品質管理が徹底されていないといった課題を残したまま、市場投入後に順次改善していく方式が採用されるケースがある。このような場合、中国においては、日本の自動車メーカー出身の生産技術者や品質技術者OBが活躍しており、彼らの技術的支援が製品の完成度向上に貢献している可能性がある。

 また、ソフトウエアに関して、OTA(※)によるアップデートで段階的に行う体制が整備されている。実際、2024年における中国市場の新車販売台数約3100万台のうち、新エネ車を中心とした約1200万台がOTA対応車両となっており、日系自動車メーカーとの技術的なギャップは一層拡大しつつある。

※Over The Airの略で無線ネットワークを利用した通信のこと

6.開発・製造に対する時間の考え方の違い

 昨今の熾烈(しれつ)な市場競争の影響により、開発部門および生産部門においては長時間労働が常態化している傾向が見受けられる。日本国内では時間外労働に関する法的規制が整備されているが、中国においてはこれらの規制に必ずしも準拠しない企業も存在する。その結果として、中国国内の一部企業では、長時間労働や二交代制勤務を採用するところもあり、特に金型製作現場においては24時間体制での連続稼働が実施されるなど、短期間での生産性向上を目的とした労働環境を継続しているケースも多いと思われる。

7.新技術の導入に貪欲

 中国ではスピードを重視する国民性を持つ一方で、世界の先端技術が登場した際には、それをいち早く取り入れる柔軟性と積極性を有している。例えば、2012年にテスラがModel Sに導入したOTAは、すぐに中国の自動車メーカーにより採用された。その後も、ギガキャスト、E2E(ニューラルネットワークを活用して従来の「認知」「予測」「判断」「操作」といったプロセスを統合的にAIにより制御すること)といった革新的技術も、テスラが採用するや否や、複数の中国メーカーが即座に導入を模索する動きが見られる。

 このような先端技術の導入スピードを支える背景には、中国企業の技術への旺盛な探求心と共に、いわゆる「海亀」と称される人材の存在があると考えられる。すなわち、欧米に留学し、有名なIT企業などでの実務経験を経た後に中国へ帰国した人々が、国際的な人的ネットワークや知見を活用し、新たなビジネスモデルの構築や新技術導入を推進する役割を果たしていると思われる。

中国自動車メーカーが安く作れる7つの理由

 では、なぜ中国自動車メーカーが新エネ車を安く作れるのであろうか。筆者の考えを述べてみたい。

1.原材料の供給体制に強み

 中国はBEVの重要素材であるリチウムやレアメタルの確保に強みを持っており、原材料調達コストが他国に比べて安価で入手できる利点がある。これは日本にとっては大きなハンディキャップであり、中国から原材料を購入しなければならず、レアメタルの安定供給問題、経済安全保障問題もあり、なかなか解決できない課題となっている。

2.大量生産によるコスト低減

 新エネ車の販売台数が、2024年にて1200万台を超える中国では、大量生産によるコスト低減効果が大きい。特に生産台数の多いBYD、上汽GM五菱、吉利汽車(ジーリー)、奇瑞汽車(チェリーオートモービル)などでは顕著であろう。累計生産台数と製造コストの関係では、セオドア・ライトが提唱した「ライトの法則」が有名である。通常、累積生産量が2倍になると、コストが一定の割合(通常は15~20%)で低下すると予測されている。これに当てはまるかどうか分からないが、大量生産によるコスト低減は中国自動車メーカーに恩恵をもたらしている。

3.サプライチェーンが国内で充実

 生産台数の増加は、必然的に多くの部品メーカーの成長を促進し、新エネ車市場においてもサプライチェーンの充実をもたらす。近年では、かつてモーター、インバータ、トランスミッション系部品といった個別領域に特化していた部品メーカーが、いずれもeアクスルの開発・販売を手掛けるようになっている。このeアクスルは、自動車メーカーと連携して開発されるケースもあれば、部品メーカーが独自に開発・販売を行う例も見られる。しかし日本国内においては、eアクスルの開発から製造までを自社内で完結できる部品メーカーは極めて少なく、生産規模の小ささも相まって、収益化の面で大きな課題を抱えている。

4.コンポーネントの共用

 中国の大手自動車メーカーは、多種多様な新エネ車を市場に積極的に投入している。中でもBYDは「王朝シリーズ」や「海洋シリーズ」といった複数のBEV/PHEVを展開している点が特徴的である。しかし、これら車種間においては、外観上の差異とは裏腹に、バッテリーやeアクスルなどの基幹コンポーネントの多くが共通化されており、車種ごとの特性に応じて一部仕様のみを変更する手法が採用されている。

 このような設計方針は、ユーザーの嗜好(しこう)に対応する形でエクステリアやインテリアの意匠を差別化しつつも、共通プラットフォームの活用によってコスト低減を図る戦略であると解釈できる。

5.政府、地方政府からの補助金

 欧州連合(EU)は、中国製BEVに対して、中国政府が不公正な補助金を供与している可能性に対し、強い懸念を表明している。この懸念を背景に、現在EU域内においては「EV最低価格制度」の導入に向けた協議が進んでいる。補助金制度そのものは、例えば日本を含む多くの国々においても、新車購入支援として広く活用されている。しかし、中国における補助金の運用には、不透明さがあるのではとみなされている。

6.コストセンター設定による低減

 中国のBYDをはじめとする一部の自動車メーカーにおいては、商品企画、デザイン、設計、試験工程に加えて、ボディー、エクステリア部品、インテリア部品、リチウムイオンバッテリー、eアクスル、車載充電器などの主要構成部品に至るまで、社内あるいは傘下の部品メーカーにおいて製造を行う「垂直統合型」ビジネスモデルが採用されている。このような経営形態においては、企業全体としての収益確保を考えることから、特定の部門が単独で収益を生み出さない(もしくはあえて収益を出さない)場合であっても、それを許容する柔軟な組織運営が可能となる。この考え方はいわゆる「コストセンター」的発想に基づくものである。コストセンター方式を導入することにより、全体としての製造コストを大幅に低減することが可能となる。一方、日本の自動車産業においては、各部品メーカーがそれぞれ独立して利益を確保する体制が一般的であり、このような方式の採用は難しい。

7.内巻(販売価格の大幅引き下げによる振り落とし戦略)

 近年、中国の自動車業界では「内巻」という言葉が頻繁に用いられる。これは、過熱した競争状態や過剰な競争を意味する言葉であり、とりわけ新エネ車市場において顕著に見られる現象である。その先陣を切ったのがBYDであり、2025年5月には期間限定で「ワンプライス」制度または補助金による価格引き下げ施策を導入した。一部車種においては最大34%の値下げが行われ、市場に大きな衝撃を与えることとなった。

 このような突然の価格改定はBYDにとどまらず、吉利汽車、理想汽車(リオート)、小鵬汽車(シャオペン)など、他の主要自動車メーカーにも波及し、各社は競争の必要性から値下げを迫られる格好となっている。

 BYDのこの価格戦略は、筆者の私見では、短期的には自社収益に対する負の影響を伴うものの、競合他社を市場から排除することを狙った「振り落とし戦略」の一環ではないかと考える。内巻は中国国内の新エネ車市場における競争環境を一変させる可能性を孕んでいる。とりわけ、日系自動車メーカーにとっては、この激化する競争環境に柔軟に適応できるか否かが試されているのではないだろうか。

日系自動車メーカーの勝ち筋は

 このように考えてくると、日系自動車メーカーの明確な競争優位性を描き出すことは容易ではない。しかしながら、その可能性が全くないわけではない。意思決定スピードの観点からは、組織のフラット化を図り、円滑なコミュニケーションを可能とする企業文化の醸成が極めて重要であると考えられる。

 コスト競争力の観点では、BEVの製造に際して、地政学的な要因が制約となる可能性が高い。そのため、資源確保や部材調達の面において、中国の資源関連企業および自動車メーカーとの協業が最も実効的な戦略と考えられる。一方、PHEVは、BEVと比較してバッテリー容量の要件が低いため、技術投資の重点領域と位置付けることが妥当であろう。さらに、PHEVの派生技術であるレンジエクステンダー車は、2024年の中国市場において、新エネ車の1割以上を占める規模にまで成長しており、欧米諸国も同様の潮流が見受けられることから、日本においても迅速な対応が求められる。

 最後に、これまで新エネ車における新基幹技術として、OTA、eアクスル、ギガキャスト、次世代サーマルマネジメント、E2Eなど欧米中を中心に開発されてきたが、近い将来、日本独自の革新的技術が生まれることを期待したい。