陸上競技の「1マイル4分の壁」のように、一度記録を更新できるとわかったとたん、次々に突破する者が出てくることがある。
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 インターネットで情報に即座にアクセスできる時代に、フェイクや偏った情報に惑わされず判断するには「科学的思考」が役立つ――そんな視点から著されたのが、『THIRD MILLENNIUM THINKING アメリカ最高峰大学の人気講義』(ソール・パールマッター、ジョン・キャンベル、ロバート・マクーン著、花塚恵訳/日経BP)だ。同書の内容の一部を抜粋・再編集し、「THIRD MILLENNIUM(=三千年紀/西暦2001年~3000年)」を賢く生き抜く知恵を紹介する。

「できそうにない」状況でも解決策は自分の中にある――科学の進歩を支え、ビジネスにも応用できる思考法とは?

科学的楽観主義――科学者たちはどうして「いずれは月に到達できる」と挑み続けられたのか?

 私たち人間は、本質的に怠惰である。それは私たち自身のせいというより、エネルギーを保存する目的でそのように進化したのだろう。しかも奇妙なことに、懸命に知恵を絞るとエネルギーをたくさん消費したように感じるので、迂回路があれば急斜面を登ることを避けるかのように、なるべく頭を使うことを避けようとする。

 しかし一般に、懸命に知恵を絞らなければ重要な問題は解決できない。私たちは不精な脳へさまざまなことを要求するが、すでに見てきたように、ノイズのなかに見つけた偽のパターンをシグナルだと無理やり思い込もうとしている自分に気づくことや、重要な測定値に偏りを生じさせる系統的不確かさの原因となりうるものをリストアップすることには、かなりの頭脳労働が必要だとわかった。そうした明晰に考えることを阻む脳の問題については、パート4で詳しく掘り下げる。

 都合の悪いことに、人は怠惰であるということに加えて、人が持つ長所のひとつとされている「新しいものに対する素晴らしい好奇心」までもが事態の悪化を招く。ある問題について考えていても、1日かそこらたつと新鮮味が失われ、別のことに関心を向けたくなるのだ。

 おまけに、人は自分の好奇心を通じて「新たな知見」を得たいという気持ちが強く、その欲求が問題に集中するための優れたインセンティブとなる反面、すぐに進展が見られなかったり、最小限の労力で何の成果も得られなかったりすれば、不幸にも好奇心に怠惰が結びついて不満を募らせる。

 では、ひとつの問題に取り組み続けられないことについて、何か対処法はあるのか? いまこそ、これまでほとんど語られてこなかった科学の隠されたツールの出番だ。そのツールとは、科学の世界で培われてきた単純な思考のトリックで、「科学的楽観主義」と呼ばれる。これはどこにでもある楽観主義とは違う。

 科学的楽観主義は、基本的に「為せば成る」の精神を意味し、「抱えている問題は、自分や自分が属するチームの手で解決できる」と期待することを意味する。厄介な問題に直面しても、解決策は自分の手のなかにあるという姿勢で取り組むほうが、解決する可能性は高まる。

 そもそもこの思考トリックは、実際に問題を解決できるまでのあいだ、その問題を解決できると自分を騙して信じ込ませる方法として考案された。本書に登場する自分が騙されることの防止を目的としないテクニックは、唯一これだけだ!

 過去に目を向けると、「とうていできないと思われていたことが、どこかの誰かが解決方法を見つけたという噂が広まったとたんに多くの人が解決できた」という例はたくさんある。

 噂を耳にしたら、「えっ、やり方がわかる人がいるのなら、できるということだ」と言って、ひたすら解決を試みるのだろう。「その人たちは、こうやったんじゃないかな。いや、これじゃだめだ。じゃあ、こっちのやり方かな」という具合に。解決できるとわかったとたん、あきらめないモチベーションが生まれたのだ。

 そして最終的には、最初に思いついた方法とはまったく違う解決方法にたどり着いたのだろう。

 解決できないという思い込みは、かつて陸上競技で言われていた「1マイル4分の壁」のような、誰からも絶対に破れないと思われている記録に似ている。人間の限界だと思われていた記録も、ひとりの人間が更新できると示したとたん、ほぼ必ず記録が塗り替えられていったという話は誰もが耳にしたことがあるだろう。

 これを認知的な問題解決の場面に当てはめるには、廃棄された数台のイケアのキャビネットから集めたパーツで1台のキャビネットを組み立てようとすることと、実際に購入して組み立てに成功した友人が何人もいるとわかっている、新品のイケアの組み立て式キャビネットを組み立てることの違いを想像してみればいい。前者と後者では当然、後者のほうにより長く取り組み続けるだろう。

 だが、科学的楽観主義はそう単純なものではなく、手元にある組み立てキットが実際に完成するかどうかわからなくても、自分は組み立てに成功すると一時的に信じ込む。そうやって、難問に取り組む時間を引き延ばすのだ。

 科学者が科学的楽観主義を必要とするのは新たな発見に挑むからだが、解決する保証のない問題に取り組まねばならないことは誰にでもあるのだから、科学者でない人にも科学的楽観主義は必要だ(科学的楽観主義の正反対と呼べる現象が「学習性無力感」だ。どうやら人間をはじめとするさまざまな動物は、自分の力が及ばないという状況を繰り返し体験すると、そういう不快でつらい状況を変えることをあきらめてしまうらしい。実際に改善することができる状況でも、改善を試みることすらしなくなってしまうのだ)。

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