なぜ、悪いこととわかっていてもやめられないのか
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 組織文化が事業の命運を左右する――。そうした認識が日本企業の間でも広まりつつある。だが、社員の価値観や行動様式に深く根ざしたカルチャーを変えるのは容易ではない。本稿では、『失敗しない「人と組織」 本質的に生まれ変わるための実践的方法』(小池明男著/BOW&PARTNERS)から内容の一部を抜粋・再編集。不正による事故を未然に防ぐためのヒントを紹介する。

ルール逸脱を正当化する心理特性

失敗しない「人と組織」』(BOW&PARTNERS)

 悪いことと知りながら、「これくらいなら大丈夫だろう」などと、間違った行動を正当化するくせ(認知的不協和の解消)が、人間心理にあります。その結果がうまくいくと、その成功体験により、ルール逸脱が日常化し、それが無意識の当たり前の考え方になります。それが共通の組織文化に定着し、事故や不祥事の温床になります。

■ わかってはいるけど、やめられない理由

① 近道行動 

 悪いこととはわかってはいるけれどもやめられない、不安全行動という意図的なルール逸脱。そのメカニズムについて、もう少し詳しく見ていきましょう。

 問題を解くカギが、労働災害を招く人間の行動特性の一つの「近道行動」にあります。

 近道行動とは、時間や手間を省くため、少々、リスクがあっても、本来行うべき手順や工程を怠ることです。

 決められた経路では遠回りになり面倒なので、時間と労力節約のためにリスクを冒して、道路ではない他人の敷地に立ち入り、近道をするというのが典型です。〈図6〉

図6:近道行動

 多分、近道をすることがふだんの習慣になり、そうした場所に差しかかれば、黄色信号と同様、深い考えもなく、躊躇なく近道を選んでいるはずです。

 なぜ、悪いことや危ないことと「わかっていても」、良心のとがめもなく平気で近道をするのでしょうか。

 私たちの善悪意識は、その程度なのでしょうか。

 また、そうした意識を矯正するのに、ルールや倫理の教育だけで効果があるのでしょうか。

② 都合のよい正当化理由・認知的不協和

 結論から言えば、近道行動のような逸脱は、人間の脳にそうさせるくせがあるためです。

 人は、自分の行動や考えで矛盾したことを行っているときに、不快感(認知的不協和)を覚えます。そこで、その不快感を解消するため、自分に都合のよい考えを生みだし、矛盾を打ち消そうとするのだ、と心理学者は説明します。

 近道の例では、正しい考え方が「道路を歩く」である一方、「遠回りなので、いけないことだが他人の敷地に入って近道をしよう」と、ルールを逸脱する行動を選択します。

 すると、考えと行動が矛盾するので、その矛盾解消のため、「誰も見ていないから、大丈夫だろう」と正当化理由を立て、心に折り合いをつけます。

「理由」にするものは、いくら身勝手なものでも、非合理的なものでもかまいません。

③ 逸脱の日常化

 そうして近道を行うと、たやすく時間と手間が省け、「うまくいった」成功体験を得ます。すると、それに味をしめて、次回も同様に近道をするようになり、それが習慣化します。

 そうして、いつしか、その際の正当化理由が無意識の「当たり前の考え方」になり、ゆでガエルが徐々にゆで上がるように、自分の歪んだ考え方に違和感や罪悪感を抱かなくなります。〈表6〉

表6:ルール逸脱の正当化と日常化(近道の場合)

 より大きな問題は、さらに、そうした行動を見ている周囲の人も、「あの人がやっているなら、この行動は許されるはず」と考え、ルールが定めた基準の高さを勝手に下げることに同調することです。

 そうした歪んだ考え方(メンタルモデル)が一人ひとりに定着し、組織文化の奥底にある、「無意識のうちに当たり前になっている考え方」になり、組織的に逸脱が日常化するのです。

 事実、前述のスペースシャトル・コロンビア号の事故では、原因となった打ち上げ時の耐熱タイル剥落は、本来、技術基準の許容レベルを超えた重大なトラブルでした。

 ところが、1981年のシャトルの初飛行以来、100回以上のフライトで毎回のように剥落が発生しながら、幸い事故に至らなかったことから、「これぐらいのトラブルなら、大丈夫だろう」と、組織的に逸脱が日常化していた、と事故調査報告で指摘されています。

 わたし自身、作業ルールからの逸脱によって事故を起こした当事者の聞き取り調査を行った際、「これくらいなら、ルールを守らなくても大丈夫だろう」という意識が、本人のみならず、同じ職場に広がっていることを目の当たりにしたものでした。

 こうした逸脱が日常化し、一人ひとりの意識や行動習慣にしみついた結果、生じた事故や不祥事は起こるべくして起こったもので、組織的に頻発、継続してしまうわけです。

 このようにNASAという超エリートの技術集団をはじめ、あらゆる職場が、「わかっているが、やめられない」落とし穴にはまってしまいます。これを「慣れ」の一言で片づけるには、あまりに重大な問題ではないでしょうか。

不正のトライアングル

 組織犯罪学による「不正のトライアングル」理論は、「動機・機会・正当化」の3要素が揃うことで、不正が起きることを明らかにしています。これは、ごく普通の真面目な人でも、本人の心理次第で、正しくない行動を選択するメカニズムを説明したものです。組織事故や不祥事の防止には、これをふまえた一人ひとりへの働きかけが必要です。

■ 3つ揃わないと発生しない不正

① 不正のトライアングル理論

 ルール逸脱に関連し、不正などの企業不祥事が起きるメカニズムを説明した、「不正のトライアングル」という組織犯罪学上の考え方があります。

 それによると、不正は、次の3つが揃ったときに起こります(序章でも触れました)。

  1. 「動機」
  2. 「機会」
  3. 「正当化」

 第一の「動機」には、たとえば厳し過ぎる利益目標など、不正を行わざるをえないプレッシャーが挙げられます。

 第二の不正を行える「機会」には、人の監視の目が行き届かない環境などが挙げられます。

 第三の不正を「正当化する理由」とは、近道行動の例における「誰も見ていないから大丈夫だろう」という、悪いこととはわかっているけれど、それに反する行動を行うため、自分の心に折り合いをつける、身勝手で歪んだ理由です。〈図7〉

図7:不正のトライアングル

②正当化理由

 では、最後の段階の「正当化」について、もう少し詳しく見てみましょう。実際、不正を正当化する際に、どんな理由が挙げられているのでしょうか? 最近、不祥事が発覚した企業での調査で明かされた、関係者の声を紹介します。

「どうせ言っても、聞いてもらえないだろう」
「自分が動かなくても、誰かがやるだろう」
「ばれなければ、隠してもかまわないだろう」
「利益やシェア確保のためならしかたない」
「社内ルールだから破ってもかまわない」

 …つじつまが合わない身勝手な「正当化理由」ばかりです。

 ごく普通の真面目な人たちが、組織内でジレンマに直面すると、自分なりの稚拙な理由づけで良心にふたをし、不正に関与し、仲間の不正を黙認してしまうのです。

 実際、こうした正当化理由は、組織的な不正を研究するアリゾナ州立大学の心理学者・ブレイク・アッシュフォース教授によれば、

  1. この行為は違法ではない
  2. 自分ではどうしようもないので、こうするのもしかたない
  3. 実際には誰も損害を受けない
  4. 被害者にも責任がある
  5. もっとひどいことをしている人もいる
  6. これは自分のためではなく、組織のためである
  7. これまで善いことをしてきたから、これくらいの逸脱は許される

 などの類型に整理できることが明らかにされています。

■ 不正を防止するには?

① 自律性の強化による自己コントロール

「動機・機会・正当化」の3つのリスク要因を減らすには、まず倫理・道徳観念や自律性の強化による自己コントロールが必要です。

 その上で、「その行動を、胸を張って家族に説明できますか」と自問することが、不正防止のため、よく推奨されます。

 特に、都合の良い正当化理由の落とし穴に陥らないよう、誰も見ていなくても、どんなに困難でも、自分の頭で考え、それで良いのかと自分に問い、仲間に問い、正しいと考えたことを自ら進んで行動する、自律的・自発的な姿勢が一人ひとりにあれば、こうした不祥事は起きるはずがありません。

 仮に、不正を行う動機と機会があっても、最後の正当化理由の歪みに、「この理屈はおかしいのではないか」と、気づいて自分で歯止めをかけなければなりません。

② 無意識の中に浸透した歪んだ考え方を変容させる

 不正防止の抜本的な対策としては、無意識のうちに浸透した歪んだ考え方を、組織文化のレベルで意識変容することが必要になります。

 不祥事を起こした組織では、「正当化理由」に見られる歪んだ考え方が、一人だけではなく、多数の人たちに共有され、みな、同じ思考パターンにあることを問題視しなければなりません。その「歪んだ考え方」が、組織内で暗黙裡に共有された無意識の「当たり前の考え方」として、組織文化にしっかりと浸透している可能性が大いに疑われるからです。

 とかく、不祥事が発覚すると、事後的対応として経営理念や行動規範の浸透、法令遵守・企業倫理の教育が行われるのが常ですが、課題の本質は、理念や行動規範、ルールなどが正しいこととわかった上で、「そうは言っても」と、意図的に逸脱する無意識の思考のくせにあります。これを克服しなければならないのです。個人のメンタルモデルや組織文化の深層の問題だと理解し、それに見合った対策を講じることが重要です。

 身近な例で言えば、禁煙やダイエットの習慣が身につかない人に、どうすれば意識や行動の変容を図れるか、という保健指導と同様の問題です。

「健康に悪いから」と、いくら理を説いても、「わかっているけれど、やめられない」人の習慣や無意識の心の動きを変えることは、確かに難しいものです。きちんと取り組めば克服できるけれども、努力の手を緩めれば元の木阿弥になりかねない問題でもあります。

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