(出所:Volvo Construction Equipement Europe)

 欧州や中国では、自動車だけでなく建設機械も電動化が進んでいる。その背景には何があるのか。世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」(アイ・ミーブ)の開発責任者・和田憲一郎氏が、電動建設機械の利点と課題、日本の建設機械電動化の現状を踏まえ、建設機械メーカーが今後取るべき戦略を提案する。

なぜ欧州で建設機械の電動化が進んだのか

 電動建設機械の歴史をひもとくと、日本は早期から開発が進めていたことが分かる。日立建機は1962年に機械式電動ショベル「U23」、1971年には有線式電動油圧ショベル「UH03E」、2006年にはリチウムイオンバッテリーを搭載したコンパクト油圧ショベルを発表している。

 しかし、2012年頃にバッテリー駆動式ショベルの開発を一時中断。リチウムイオンバッテリーの高コストや、当時のバッテリー能力では十分な稼働時間を確保できなかったことが理由として挙げられる。

 そうこうしているうちに、欧州にて電動建設機械に関する動きが一気に高まった。これには2つの要因があると考えられる。

 1つは、2021年7月に欧州委員会が発表した「Fit for 55 package」法案である。

 当該法案は、2030年の温室効果ガス削減目標を、1990年比で少なくとも55%とし、乗用車および小型商用車では、2035年に内燃機関の新車販売を禁止。海運、航空機などの排出量も規制している。

 建設機械は、その規制の対象から外れていたものの、建設機械のディーゼルエンジンは、主に小型トラックのディーゼルエンジンをベースに使用していたことから、各建機メーカーとも一斉に電動化にかじを切った。

北欧の都市で進むゼロエミッション化

 もう一つは、自治体の動きである。

ボルボグループに属するボルボ建設機械の電動パワーショベル(出所:Volvo Construction Equipement Europe)

 代表例がノルウェー。2019年、首都オスロをはじめとする7つの主要都市は、2030年以降、建設現場からのCO2排出を禁止することを決定した。

 これは3つのステップに分かれる。

・2021年までに、自治体の建築・建設活動は化石燃料を使用しない
=建設機械を電動化するか、バイオディーゼルなど再生可能な原料から燃料を作る必要がある

・2025年までに、自治体の建築・建設活動は排ガスゼロでなければならない
=水素か電気で動く機械のみが許可される

・2030年までに、公共・民間を問わず都市における全ての建設活動を排ガスゼロとする

 このノルウェーにおける活動は重要な意味を持つ。というのは、人口550万人のノルウェーにて、首都オスロはじめ主要7都市が2030年までに建設工事のゼロエミッション化を宣言したということはたとえ国の法律が定まっていなくとも、実質、国の法律と同等の意味を持つからである。このためか、2024年に市が管理するプロジェクトでは、8割でゼロエミッションの機械が使用されたようだ。

 隣国のスウェーデン、ストックホルムにおいても同様の活動が見られる。2023年には「2030年ストックホルム市気候ニュートラル行動計画」を策定しており、その中では2030年までに気候ニュートラル、さらにその後は気候ポジティブになるという目標が設定された。この実現方法の1つとして「建設機械や船舶からの排出ガスの削減」を掲げ、電動建設機械の推進と充電用電力へのアクセス準備を進めている。

 これら環境規制の背景には、北欧で電気自動車(BEV)が普及しており、それに伴って基幹部品であるバッテリー、eアクスルなどの生産基盤が整ってきていることもあるだろう。

中国における電動建設機械の状況

 中国には建設機械の電動化に関する国としての規制はまだ見受けられない。しかし、主に環境保護や排ガス規制の強化を目的とした規制が存在する。例えば北京や上海などの大都市は、2030年までに一定の割合の建設機械を電動化する目標のようだ。

 2024年8月、江蘇省徐州市において開催された電気工事機械の標準化関連会議にて、「電動建設機械に関する7つの国家標準」が発表された。この標準は、用語の説明、動力バッテリーの安全要件、電気的性能要件、エネルギー消費試験法などに特化しており、電動建設機械の技術要件および試験方法の確立を目的としたものだった。

 さらに、2024年末までに追加で10項目の電動建設機械に関する国家標準が相次いで発表された。これらの標準は、油圧ショベル、ホイールローダー、オフロード鉱山ダンプトラックなどの純電動およびハイブリッド製品に対する技術要件と試験方法を網羅している。2025年3月時点において、当該国家標準は20項目まで拡大している。

 これらの国家標準の制定により、電動建設機械の市場シェアは急速に拡大している。例えば、電動ホイールローダーの市場普及率は2024年には10.5%を超えたようだ。

 中国の建設機械電動化における強みは、BEVで培ったリチウムイオンバッテリーやeアクスルなどの基幹部品が豊富にそろっていることであろう。中国ではリチウムイオンバッテリーを他国に比べて安価に調達でき、eアクスルを採用するSI(システムインテグレータ)と呼ばれるサプライヤーも豊富に存在する。さらに、自動車の充電インフラも他国に比べ格段に充実している。

 充電インフラには、電力を一時的に貯蔵・供給する産業向け可搬式充電設備(Battery Energy Storage System)などもある。香港のベンチャー企業Ampd Energyが開発した可搬式充電設備は、従来の発電設備に接続するだけで電力供給を最適化し、騒音の削減やオフグリッドでの電力供給を可能にする。

香港のベンチャー企業 Ampd Energyが開発した可搬式充電設備 AMPD Enertainer(出所:Ampd Energy)

電動建設機械の利点と課題

 現在考えられる電動建設機械の主な利点と課題は以下の通りである。

【電動建設機械の利点】

・建設業における排出量低減
建設現場からの排出量削減はどの都市においても重要な課題。

・騒音の低減と市民生活の質向上
電動建設機械は低騒音であり、夜間でも作業が可能であるため、市民生活にとって大きなメリットとなる。

・都市大気汚染の削減
電動建設機械はゼロエミッションであり、都市の大気汚染を大幅に削減する。

・総所有コスト(TCO: Total Cost of Ownership)の低減
電動建設機械はディーゼル建設機械に比べ、バッテリー価格は高いものの、運転・サービスコストが低く、機械寿命が長いため、導入、使用、廃棄に至るまでの総所有コストが低くなる。

・遠隔操作および自動運転建設機械への発展可能性
電動建設機械は遠隔操作や自動運転技術への発展が期待される。

・気候変動対策のリード
国際的な温室効果ガス排出削減目標を達成するためにも、建設現場での排出量削減は必須である。

【電動建設機械の課題】

・バッテリー価格が高く、初期投資が高額となりがち

・稼働時間が4時間もしくは8時間程度であり、長い充電時間を要する

・建設現場にてエネルギー供給体制が不十分なケースがある

・充電インフラは電気自動車用の充電インフラを活用できれば良いが、それがない場所で
は、個別に準備が必要となる

・電動建設機械の充電規格が整っていない、もしくは定められていない地域・国がある

・補助金がない場合は、ディーゼル建設機械との価格ギャップが大きい

日本の建設機械電動化の現状から見える課題

 日本では、経済産業省を中心に官民一体で「GX(グリーントランスフォーメーション)建機普及に向けたロードマップ策定に係る研究会」が2024年6月に立ち上がり、現在は「中間とりまとめ(案)」が提示された段階にある。そのレポートによれば、進捗状況は以下の通りだ。

「従来機より価格が高く市場導入が進まず、インフラ整備等も含めた需給双方で課題のあるGX建機について、まずは、既に上市段階にある電動ショベルを対象に『最大導入シナリオ』を官民研究会で策定したところ。需要側と供給側、さらに官民一体で市場の早期形成を進め、海外GX建機市場の獲得につなげていく。」

 さらに、「GX建機の普及に向けて建機メーカーが取るべき方針」として、「短期では電動小型建機でプレゼンスを確保し、中長期では中大型建機の動力源の不確実性を見据えた様々なパワトレ対応のための先行開発などを推進」すると打ち出している。

「GX建機普及に向けたロードマップ策定に係る研究会」では、海外勢による急速な建設機械の電動化に対し、日本メーカーがこれまで培ってきたバリューチェーンの強みが失われるリスクが指摘されている。

 筆者もこの点の重要性に理解を示すが、BEV普及の歴史を参考にすると、価格競争力と商品性に優れた電動建設機械を多数市場に投入しない限り、バリューチェーンの強みを維持することは困難であると考える。

 さらに、中長期的には「中大型建機の動力源の不確実性を見据えた様々なパワートレイン対応(HEV、合成燃料、バイオ燃料、水素エンジン等)の先行開発を推進する」とされているが、電動車の世界販売台数を見ると、2024年には電気自動車(BEV)が1020万台、プラグインハイブリッド車(PHEV)が678万台、ハイブリッド車(HEV)が654万台に達している。つまり、自動車業界では2035年までにBEVおよびPHEVが圧倒的に市場を占めてしまう。電動建設機械も同様の推移をたどると予測されるため、多様な技術を同時に検討することは、リソースの限られた日本の建設機械メーカーにとって研究開発力の分散を招き、厳しい状況をもたらすと考える。

 パワートレインに関しては、BEVを中心に据え、日本の自動車メーカーやバッテリーメーカーとの協調、あるいは中国や韓国のバッテリーメーカーとの技術提携や資本提携を通じて、電動建設機械のVFM(Value for Money)を高めることが喫緊の課題ではないだろうか。