生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか? 本連載では『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)の著書がある京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件は何かを探っていく。
今回は、今や社会インフラとなったグーグルの原点、同社を成功に導いた4人のキーマンについてひもとく。
グーグルを簡単に説明できるか?
10年ほど前に、筆者はグーグルの本社を訪問したことがある。今は分からないが、当時は気軽に誰でも見学することができた。聖地巡礼とも言えるシリコンバレー見学コースのハイライトだった。
広大な敷地は大学のキャンパスのようで、広い芝生のある公園、フィットネスジム、プール、サウナがあり、カフェテリアでは世界各国の料理をいつでも食べることができた。進入禁止エリアの外でも、いろいろなサイズの会議室で社員が学生のような服装でミーティングをしている様子だった。一見して、運営の仕方が通常の会社とは違うことが見てとれた。
今でも、グーグルがどのように運営されているか簡単に説明できる人はほとんどいないと思う。組織も複雑で、まず、アルファベットという持株会社がある。アルファベットは2015年に法人化され、グーグルはその子会社の1つだ。
アンドロイドやGmail、YouTubeやGoogleマップにGoogleドライブといった誰もが知っているサービス以外に、スタートアップ投資を行うGV(旧グーグルベンチャーズ)、研究開発を行う(グーグル)Xといった会社が傘下にある。
自動運転技術を担当するアルファベットの子会社はウェイモ(Waymo)で、グーグルの自動運転プロジェクトとしてスタートし、現在は米国の一部地域で自動運転タクシーサービス「Waymo One」を展開している。ユーザーは専用アプリを通じて無人タクシーを呼び出すことができる。
最近2024年11月に、新たな資金調達ラウンドで評価額が450億ドル(約6兆8600億円)を超えたというニュースがあった。つまり、この子会社1社だけでフォードなどの主要自動車メーカーを上回る評価を受けていることになる。
グーグルはいったい何の会社なのか?
アップルがどんな会社かを説明することは簡単である。デザインの優れた高性能スマートフォンやPC、そこに載せる半導体を作っていて、強いブランド力がある。「何をしているか、分かりやすい会社にしか投資をしない」というポリシーを持つウォーレン・バフェットも昔から投資をしている。
これに対し、グーグルは、検索すればなんでも教えてくれる検索エンジンや、世界中の誰もが動画を投稿し、好きな動画を見ることができるYouTubeといったインフラを提供している。誰もが情報を発信できるため内容は玉石混交だ。一方で、グーグル自体は(犯罪や差別の要素を排除する以外は)意見を示さず、無色透明の存在であるため、会社としては捉えどころがなく、何を考えているのか想像できる人はほとんどいない。
アップルが一流ブランドとして分かりやすい会社となったとすれば、グーグルはその逆で、一種の社会インフラとしてタダで使え、あるのが当たり前の空気のような存在となった。
表からは分からないが、グーグルは創業以来、「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにする」という社是を掲げて独自の取り組みを進めてきた。グーグルはウェブ上にある情報の検索からスタートし、その後、全ての場所(グーグルマップ)、天文(グーグルスカイ)、地理(グーグルアース、グーグルオーシャン)の情報を集め、すでに絶版になっている書籍や報道データまで集めている(グーグルブックスライブラリプロジェクト)。
世界中の研究者や医療従事者が膨大なゲノムデータを効率的に保存、処理、解析、共有できるよう支援するクラウドベースのゲノムデータ解析および管理プラットフォームも提供している(グーグルゲノミクス)。グーグルは世界中の全ての情報を整理しようとしているのだ。
この一見捉えどころのない会社は、どのように運営されているのだろうか? イノベーションを生み出し続ける秘訣はなんだろうか? 設立時からさかのぼってキーとなるポイントを見てみたい。
二人の創業者
ラリー・ペイジ(Larry Page)は、アメリカで1973年に生まれ、現在(2024年時点)は51歳。2019年に引退した後はほとんど表舞台に出てこない。カリブ海に島を所有しそこにいることが多いとも報じられている。
グーグル誕生のきっかけは、ある基本原理だった。ペイジはこう書いている。「その晩、ぼくは夢を見て、こんなアイデアとともに飛び起きた。ウェブ全体をダウンロードして、リンクだけを保存したらどうだろう、と。
そこで紙とペンをつかみ、それが本当に実現可能か確かめるための具体的方法を書き留めた。当時はそれをもとに検索エンジンをつくろうとはこれっぽっちも考えていなかった」。
スタンフォード大学の計算機工学の大学院に在籍中、もう一人の共同創業者セルゲイ・ブリン(Sergey Brin)と出会い、2人は意気投合する。
ブリンは旧ソ連で生まれ、移民としてアメリカにやってきた。創業初期にグーグルに投資をしたインテル出身のベンチャーキャピタリスト、ジョン・ドーアは、「セルゲイは交渉相手としては抜け目なく機転が利き、リーダーとしては一本筋が通っていた」と評している。
一方、コンピューターサイエンスのパイオニアを父に持つペイジは、「エンジニアの中のエンジニア」で、インターネットの使い勝手を飛躍的に高めるというのが当時の野望だったという。
二人が、リンクを基にウェブページをランキングすることで、それまでよりはるかに優れた検索結果が得られることに気付いたのは、ペイジが夢の内容をメモしてからしばらく後のことだ。これがグーグルの検索の基本特許であるPageRank(ページランク)の考えの基となり、グーグルの創業につながる。
ページランクとは、「外部サイトからのリンクが多いウェブページほど重要なページである」という考え方だ。外部サイトから一つもリンクされていなければ、グーグルにとっては重要なページではない。しかし、多くの外部サイトからのリンクを受けると、グーグルにとって重要なページであると判断する。学術論文が多くの研究者に引用されることによってその重要度が測られるのと同じ理屈である。
ページランクのアルゴリズムはグーグルの検索エンジンの基盤技術の一つだが、スタンフォード大学に在学中の2人が開発したことで、同大学はページランクに関する特許を取得した。つまり、ページランクの特許権はスタンフォード大学に帰属し、グーグルはその商業利用のための権利を得たことになる。
設立したての創業期には当然ながら現金が足りないため、特許の使用料を現金の代わりに株式で支払った。そのおかげでスタンフォード大学はグーグルからページランクの特許の使用料として180万株の株式を受け取り、その株式は2005年に約3億3600万ドル(約500億円)で売却され、莫大な利益をもたらした。
これが大学発ベンチャー企業に世界中の大学が注目するようになった一つのきっかけともなっている(もし当時売らなかったら、さらに何百倍にもなっていたことになるが)。
創業初期に外部から経営者を招聘
創業時からグーグルの目標は明確で、これは今も不変である。エンジニアの夢らしく「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」というものだ。
グーグル設立からまだ1年も経っていない時に、ベテランのベンチャーキャピタリストであるドーアはスタンフォードの大学院を中退した2人の若者が興した小さな企業の株式の12%を取得するのに、1180万ドルを投じるという「人生で最大の賭け」に出た。彼はグーグルの取締役会にも加わって、積極的に経営面でサポートすることになる。
ちなみに当時、ペイジとブリンの二人は日本の大手総合商社のベンチャーキャピタル子会社を訪問し、1億円出資してほしいと言ったことがある。その会社の社長は、素晴らしい若者たちだ、と思ったが、いったい彼らが何をしようとしているのか全く理解できなかった(当時は検索サービス自体知られていなかった)。
加えて、その会社の投資上限は3000万円であり、1億円だと本社の役員会を通さないといけないということで、投資は成立しなかった。
このような「逃がした魚は大きかった」系のエピソードを、実は筆者は多数知っている。当時は日本の経済力が大きく、アメリカのスタートアップのエコシステムも今ほどは発達していなかったからだ。
グーグルの設立当時の戦略はシンプルなものだった。優秀なソフトウエアエンジニアをできるだけたくさん採用し、自由を与える。大学の研究室で生まれた企業らしいアプローチである。大学の価値は自由な発想にあるからだ。口先だけで人材が全てだと言う企業は多いが、ペイジとブリンはそれを本気で実行した。
別にユートピアを実現しようとしていたわけではない。会社としてグーグルが成功するためには、優秀なエンジニアに入ってもらい活躍してもらうしかない、そのためには自由が必要、と感じていたからだ。実際、エンジニア以外を採用する気は全くなかった。
しかし、「最高のサービスを生み出せば、お金は後からついてくる」「世界最高の検索エンジンさえ作れば大成功は間違いなし」というシンプルな考えだけでは、やはりビジネス・会社経営は難しい。
グーグルを創業した時点では、ペイジとブリンの二人には経営の知識も経験もなかった。投資家ドーアの最大の貢献は、経験豊富なエリック・シュミットを社外から連れてきて社長とし、会社経営のための手法を導入したことだ。
次回は、グーグルで現在まで継続して使われているマネジメント手法など、同社を成功に導いたポイントを解説したい。