三菱倉庫 代表取締役 常務執行役員の前川昌範氏(撮影:酒井俊春)

 良い倉庫を建てれば収益が伸びていくという、従来の倉庫業のやり方では限界が来る。これからは新たな収益モデルを構築しなければならない――。140年近い歴史を持つ三菱倉庫が、ここに来て大きな経営改革に乗り出している。その実現のために、同社が着目したのは「人」だった。人材ポートフォリオの策定、企業内大学の設置、経営層と従業員の対話集会といった人事施策を次々と進めているのだ。なぜ人に着目し、これらの取り組みを行うのか。人事トップである三菱倉庫 代表取締役 常務執行役員の前川昌範氏に話を聞いた。(前編/全2回)

シリーズ「人事トップに聞く」
■「利益の源泉は建物から“人”へ」三菱倉庫が進める人材改革の大胆な中身 ※本稿
変わりゆく倉庫業、三菱倉庫が“変革への人事施策”で増やしたい人材とは?


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利益の源泉は、建物から“人”へと移っている

――なぜ三菱倉庫では、「人」に関する大掛かりな施策を進めているのでしょうか。

前川 昌範/三菱倉庫株式会社 代表取締役常務執行役員総務部長兼広報室長

1986年東北大学経済学部経済学科卒業、三菱倉庫株式会社入社。倉庫現場、営業、労働組合専従書記長や日本倉庫協会幹事職を経験したうえで総務・法務系の業務で株主総会運営等にも関わり、総務・広報・人事部長を兼務した。2023年4月(取締役は6月末から)から現職。

前川昌範氏(以下敬称略) 私たち倉庫業がこれから利益を拡大していくためには、人への投資が欠かせないからです。

 かつての倉庫業をあえて端的に表すなら、「良い場所に良い倉庫を作ることが利益の源泉になる」という考え方でした。優れた立地に広い面積の倉庫を作れば、荷物の保管料や荷役(にやく)料(※)によって自然と利益が積み上がっていくということです。

(※)荷物の積み上げや積み下ろし、仕分けなどで発生する作業料

 しかし、当然ながら良い土地は年々少なくなり、好条件の倉庫を建てるのは難しくなっています。当社は倉庫以外の不動産事業も行っていますが、これも状況は同じです。

 今後さらに利益を拡大するためには、従来通りの業務を行うだけのビジネスでは難しいでしょう。近年はステークホルダーからも高い資本効率を求められています。安定志向の経営を行うのではなく、より大きな利益を求めていかなければなりません。

 必要なのは、これまでにない事業を行う、あるいは従来の事業に付加価値を付けることです。そして、そのアイデアや工夫を生み出せるのは人です。つまりこれからの利益の源泉は人であり、新たなアイデアを出せる人を増やしていかなければなりません。

――そういった考えから、人材育成、人材活用の施策を積極的に進めているということですね。

前川 今までも、従来の倉庫業に付加価値を付けた例として、荷物を保管するだけでなく加工まで行うモデルや、厳重な管理が求められる医薬品を取り扱うといったモデルが出てきました。今後こうした事例を作れる人材を増やしたいのです。

 他にも、近年当社で成長しているビジネスとして、国際輸送のコーディネート事業があります。これは国際輸送を必要とするお客さまに対し、運ぶ荷物の内容や条件、目的地やスケジュールを基に、最適なルートや利用する船舶などをコーディネートするサービスです。

 当社では、営業利益が120億円ほどに達してから、なかなか利益拡大できない時期が続きました。しかし現在は200億円ほどにまで拡大しています。それをけん引したのがこのコーディネート事業です。これも人の創意工夫が軸となった事業であり、利益の源泉はハコやモノから、人に移っています。もちろんお客さまの荷物を厳重に管理・配送するという根本は変わりませんが、それに加えて人の考える要素が重要になっています。

 この状況を踏まえ、当社も人材の在り方を変えようとしているところです。2023年4月に社長に就任した斉藤秀親は、もともと人事トップを務めていた人物です。「利益の源泉は人」だとこれまで強く言い続け、当社の人材育成や採用の現場も熟知しています。そのリーダーの下に会社の意識改革も進み、さまざまな人事施策を進めています。

「現在」と「未来」の人材ポートフォリオを策定

――実際に、どのような人事施策を行っているのでしょうか。

前川 どの事業部にどのような人材をどれだけ配置すればいいのか、当社が目指す「人材ポートフォリオ」を策定し、それを達成するための採用や育成を進めています。

 まずは従業員を4つのタイプに分類し、事業部ごとに各タイプの人材がどれだけいるか、分布状況を出しました。4つのタイプとは、組織のマネジメントや運営に長けた「マネジメント」、お客さまの課題解決のアイデアを考えるのに強い「ソリューション」、現場業務の進行を得意とする「オペレーション」、そしてDXや新規事業の開発などを行う「イノベーション」です。

 そして、分布状況を踏まえ今後それらをどのようなパーセンテージの構成にしていきたいのか明確にしました。つまり、現状のポートフォリオと目指すポートフォリオの違いを明らかにした形です。

――現状のポートフォリオを調べる際は、どのように各社員のタイプを分析したのでしょうか。

前川 外部企業の協力を得ながら、社員へのインタビューやテストを基に測定しました。ちなみにその結果を見ると、当社の人材は正確性や誠実さ、お客さまからの信頼感といった点で非常に高い傾向にありました。これは当社の事業で欠かせないものであり、三菱倉庫の強みであります。しかも当社は人材の同質性も相当に高く、こういった強みを持つ従業員が極めて多いこともわかりました。

 ただ、それは大事なのですが、先ほど話した通り、現在は業務をきちんと遂行することに加え、新しいことに挑戦し、変化を生み出せる人材が必要です。こうした状況を踏まえて、次に目指すべき人材ポートフォリオを策定していったのです。

各事業部が描く新規事業に必要な人材を「前もって投入する」

――目指すポートフォリオはどのようなプロセスで決めたのでしょうか。

前川 私たちは2030年に向けて「MLC2030ビジョン」を掲げており、その達成に向けて、各タイプの人材がどれだけ必要なのかを事業部単位で考えました。

 基本的には先ほど話した通り、新しいアイデアや工夫を生み出す人を増やしたい考えがありますから、ソリューションやイノベーションの人材比率を高めるのが大きな流れになります。具体的な数字まではお話しできないのですが、それぞれ何年後に何%にするという目標値も事業部ごとに決めています。

――このポートフォリオを決める上で、事業部とも相談したのでしょうか。

前川 もちろん経営サイドで一方的に決めるのではなく、各事業部と話し合いながらポートフォリオを策定していきました。現在の業務内容と、今後利益を拡大するために考えられる業務やビジネスモデルをヒアリングし、そうした業務を生み出すためにどのような人材ポートフォリオが必要かを確認しました。

 例えば、これまで不動産管理を行っていた部門、どちらかといえば保守管理が業務の中心だった組織も、今後はREIT(不動産投資信託)の運用といった新規事業を行う可能性が出てくるかもしれません。するとそれに適した人材を前もって投入していく必要があります。こうしたヒアリングを事業部ごとに繰り返し、それぞれのポートフォリオを出していきました。最後にそれらをトータルして全社の目指す人材ポートフォリオを出したのです。

 その上で、現在はこのポートフォリオを達成するためにさまざまな人事施策を打っているところです。

後編「変わりゆく倉庫業、三菱倉庫が“変革への人事施策”で増やしたい人材とは?(4月26日公開予定)」に続く

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