ⒸSpaceX
民間企業によるロケット開発、人工衛星を利用した通信サービス、宇宙旅行など、大企業からベンチャー企業まで、世界のさまざまな企業が競争を繰り広げる宇宙産業。2040年には世界の市場規模が1兆ドルを超えるという予測もあり、成長期待がますます高まっている。本連載では、宇宙関連の著書が多数ある著述家、編集者の鈴木喜生氏が、今注目すべき世界の宇宙ビジネスの動向をタイムリーに解説。
連載第1回は、2024年3月14日に3度目の打ち上げを行い、史上最大のロケットとして世界の関心を集めたスペースXの「スターシップ」が、航空・宇宙産業に与えたインパクト、特筆すべき開発手法に迫る。
世界が注目、スペースXの史上最大ロケット「スターシップ」
スターシップの3回目のテストフライト。コスト低減を考慮し、機体素材は当初予定していたCFRP(炭素繊維複合材料)からステンレスへと変更された。スペースXならではのアジャイル開発方式による結果といえる。ⒸSpaceX
イーロン・マスク氏が率いるスペースX社は3月14日、史上最もパワフルで巨大なロケット「スターシップ」の3回目となる無人テストフライトを行った。
機体は最大高度234キロメートルの準軌道(宇宙には到達するが地球周回軌道には乗れない)を航行。地球を約4分の3周したのち、インド洋上空で大気圏への再突入に臨んだが、打ち上げから49分後、高度65キロメートルまで降下したあたりで通信が途絶。機体は分解焼失し、海に沈んだ。しかしスペースX社はこのテストによって「主要なマイルストーンを達成した」と公表している。
Flight 3 liftoff as viewed from the top of the tower pic.twitter.com/JPlXDBONAb
— SpaceX (@SpaceX) March 15, 2024
現在NASA(米国航空宇宙局)が主導するアルテミス計画では、2026年に人を月面に着陸させる予定であり、スターシップはその月着陸船に選定されている。
その手順としては、まずスターシップを無人状態で打ち上げる。その後クルーが搭乗するオリオン宇宙船を打ち上げて、両機を月周回軌道上でドッキングさせる。そしてクルー2名はスターシップにトランジットして月面に着陸する、というものだ。
スターシップのテストフライトは過去1年間で3回行われてきたが、2024年中にさらに6~9回の無人テストフライトが行われる可能性があることが、FAA(米国連邦航空局、日本の国土交通省に相当)を通じて報じられている。そのためテキサス州にあるスペースX社の私設基地「スターベース」では、常に複数機のスターシップの製造が継続している。
現在NASAが公表しているスケジュールでは、初の有人テストフライト、無人での月面着陸テスト、本番となる有人月面着陸などが、全て2026年中に予定されているが、これほどの大型宇宙機が、これほどのスピード感で開発されるのは、おそらくアポロ計画以来だろう。
ただし、国家予算が無制限につぎ込まれたNASAのアポロ計画と違って、スペースX社は投資家を募ることで宇宙機開発費の60%近くを独自に工面する民間企業である。特殊な宇宙事業を運用するその手腕には特筆すべきものがあり、今世界の関心はスペースXの宇宙機だけでなく、その経営・開発手法にも集まっている。
スペースXがロケットにも採用する「アジャイル型開発」
テキサス州ボカチカに建設されたスペースXの私設基地「スターベース」の発射台に立つスターシップ。打ち上げ直前に液化メタンと液体酸素を機体に充填。気化したスモークがステージを演出する。ⒸSpaceX
スペースX社の開発手法を説明する上でよく引用されるのが「ウォーターフォール型開発」と「アジャイル型開発」だ。
ウォーターフォール型開発とは、製品を開発する上でごく一般的な手法であり、まずは開発する製品の要件を定義してから、設計、開発、テスト、リリース、運用という一連の工程を進める。工程が逆流することは限定的であり、禁じ手ともされる。
これに対してスペースX社が採る手法、アジャイル型開発では、設計、開発(試作)、テストを各工程内で何度も繰り返し、それぞれを練り直しつつ開発が進められる。
そのため最終的に完成する製品は、当初の要件から大きく変容する場合が多い。バグを全て解決することなくリリースし、後日アップデートによって解決していくプログラムなどに用いられる方式でもある。スターシップにおいては、設計やコンセプトが変更されれば製造中のテスト機を破棄することさえある。
スターシップの開発において練り返される各工程とは、全長121メートルの巨大なテスト機1機に例えられる。つまり、1回の打ち上げで成功させようなどとは考えておらず、テスト機を失うことは成功への一過程でしかない。
スターシップの1回目のフライトテストでは、高度20キロメートルを超えたあたりで機体が迷走し始め、打ち上げから4分後には地上管制からの信号によって指令破壊された。
2回目のテストでは、第1段から分離した宇宙船(第2段)が宇宙に到達したものの、機体に火災が発生。やはり指令破壊されている。
こうした状況に遭遇しても、マスク氏に悲観する様子は一切なく、「豊富なデータが手に入った」とツイートするのが恒例だ。
失敗は開発の一部と考えるこの思想こそが、短期間でスペースX社を世界有数の宇宙開発企業へと押し上げた要因だ。この思想は開発における跳躍力を高め、開発期間を圧倒的に短縮することを可能としてきた。同時に、多くの失敗から得られた豊富なデータは、機材の安全性と冗長性を高めることに貢献するだろう。
スペースX社のこの開発手法は、NASAにも支持されている。アルテミス計画でスターシップを使用するNASAは、1号機の開発協力費と輸送サービス料として28 億 9000 万ドル(3179億円、1ドル110円換算、2021年平均レート)をスペースX社に提供している。ただし、その契約には固定価格制が採用されているため、開発途上でスペースX社がいかに失敗を重ねても、NASAが支払う協力金の額は変わらない。
こうした契約をする際にNASAが重要視するのは、請負業者の経験値である。つまり、失敗を多く経験し、多くのデータを蓄積している請負業者の方が、NASAにとっては信用度が高いのだ。
スターシップの特異な打ち上げシステム
打ち上げから46分後、高度約100キロメートルから時速2万6700キロメートルで大気圏に再突入するスターシップ。機体によって押しつぶされた大気の原子核から電子が分離することにより、機体はプラズマに包まれる。ⒸSpaceX
スターシップは史上最もパワフルなロケットであり、かつ非常に特異な打ち上げシステムである。
全長121メートルという高さはレインボーブリッジの主塔の高さに匹敵し、過去最大だったアポロ計画のロケット「サターンV」の110.6メートルを超える。サターンVが地球周回軌道へ届けられる最大ペイロード(荷物)は141トンだったが、スターシップは今回のテストで150トンまで運ぶめどが付いたという。
また、スターシップの第1段と第2段は、ともに再利用型の宇宙機であり、それらを再利用することで、打ち上げコストを大幅に低減しようとしている。
第1段(ブースター)はスーパーヘビーとも呼ばれ、打ち上げ時には3400トンの推進剤が充填される。リフトオフから2分45秒でその95%以上を燃焼させると、高度70キロメートルで切り離され、自律的に降下して、決められたポイントに自動着陸する。
宇宙船である第2段は、大気圏に再突入して地表が近づくと、再度エンジンを噴射して自律的に着陸する。ただし、今回行われたテストフライトでは、1段、2段ともに降下中に分解し、海上に落下している。
Starship re-entering Earth's atmosphere. Views through the plasma pic.twitter.com/HEQX4eEHWH
— SpaceX (@SpaceX) March 14, 2024
現在、ISS(国際宇宙ステーション)へクルーを送り届けているのは、やはりスペースX社の宇宙船クルードラゴンと、2段式ロケットであるファルコン9だ。クルードラゴンはファルコン9の最頂部に搭載される。ファルコン9の燃料が空になればロケットの第1段、第2段を切り離し、結果的にクルードラゴンだけがISSへ向かうというシステムだ。
しかし、スターシップの場合は、ロケットの上段(第2段)と、人が搭乗する宇宙船が一体化している。クルードラゴンの定員は現仕様で最大4名、スペースシャトル(すでに退役済み)が7名だったのに対し、宇宙船スターシップには100名が搭乗できるとされている。今回のテストでペイロードのスペックが100トンから150トンへと更新されたので、最大定員もさらに増えるに違いない。
なぜこれほどのペイロードを軌道へ上げることができるのか? それは軌道上での燃料補給を前提にしているからだ。
前澤友作氏もスターシップに搭乗予定
スターシップは地球周回軌道上に到達した時点で、宇宙船である第2段の燃料もほぼ空になってしまう。なぜなら、その第2段(宇宙船)には人や貨物を乗せるスペースが必要であり、燃料だけで満たすことができないからだ。
そのためメイン機となるスターシップが打ち上げられると、続いてタンカーと呼ばれるほぼ同型の姉妹機が打ち上げられる。タンカーは第2段に燃料を満載した無人の燃料補給機であり、メイン機と軌道上でドッキングして燃料を補給するのだ。この工程によってメイン機は月へ行き、月面に着陸し、そこから帰還するための燃料を得ることができる。
ただし、この補給というシステムは、開発の難易度が高い。軌道上、つまり真空における燃料補給は、ISSの一部モジュール以外にあまり例がない。また、スターシップの燃料である液化メタンは温度をマイナス162度以下、酸化剤である液体酸素はマイナス183度以下に維持する必要がある。
もし沸点を超え、爆発的にその容積が大きくなれば、機体が破壊される可能性さえある。また、機外に噴出した場合には、それが推力となって軌道が偏向するだろう。こうした技術の実証を2026年までに完了し、人を移送するレベルで安全を担保する必要があるのだ。
マスク氏がスターシップを開発するのは、アルテミス計画のためだけではない。NASAがその選定をする以前から開発計画は進められていたが、その最終目的は人類の火星入植にある。「人類を『多惑星種族』にする」(Making Humans a Multiplanetary Species)というのが、彼が多用するキャッチフレーズでもある。
ただし、現在世界で最も多く打ち上げられているファルコン9(2023年は96機)がロケットの打ち上げコストを大幅に低減したように、より積載量の大きいスターシップが完成すれば宇宙に行くコストはさらに安くなる。
そうなれば月面開拓、通信衛星サービス「スターリンク」による高速通信の拡充、防衛システムの強化など、多くの副産物が生まれる。またスペースXは、この超大型スターシップ自体を宇宙ステーションとして活用するとも公表している。
宇宙旅行もその一つだろう。ちなみにZOZO創業者で前社長の前澤友作氏は月への旅行を予定しているが、その際に搭乗するのもこのスターシップである。彼は同機の全9席を購入済みであり、一般公募によって選ばれた8名とともに月を周回する予定だ。つまり、前澤氏はこのスターシップ開発のスポンサーでもあるのだ。
