株式会社SUBARU 技術本部 技監の樋渡 穣氏(撮影:川口紘)
自動車メーカー、SUBARU(スバル)が生んだ「アイサイト」。今や同社を代表する技術となったが、ヒットまでには約20年を要した。途中、大きな路線変更を迫られた時期もあったが、それでもあきらめなかったのは、開発に携わってきた同社 技術本部 技監の樋渡穣氏が「この技術は間違いない」と、自身の感覚を信じ続けたからだという。さらに同氏は、60歳の還暦を迎えてからも新システムの開発に取り組んでいる。アイサイト誕生の道のり、そして現在開発しているシステムについて、樋渡氏に聞いた。
人の目の構造に近い「ステレオカメラ」にこだわり続けた
――改めて、アイサイトとはどのようなシステムなのでしょうか。
樋渡 穣/株式会社SUBARU 技術本部 技監1984年、富士重工業株式会社に入社。 スバル研究所にて、先進シャシやITSの先行開発に携わる。ステレオカメラによる世界初の運転支援システムADA量産、AD/ADAS研究後、アイサイトの開発部長として従事、現在は、株式会社SUBARUの技監として、デジタルツイン“IVX-D”を開発。電子制御品質から新価値創出まで幅広く取り組んでいる。自動車技術会フェロー。
樋渡穣氏(以下敬称略) ステレオカメラを核とした運転支援システムです。ステレオカメラとは、左右に2つのカメラがついており、前方の対象物を両カメラが認識した際に、 2つのカメラとその対象物を結んで作られる三角形から距離を測定する仕組みです。人の目に近い構造でなければ人を救えないという考えから、ステレオカメラにこだわってきました。
アイサイト搭載車は世界中の安全評価でトップ評価をいただいていますし、この技術を標準装備したスバルのインプレッサやレヴォーグは日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。アイサイトを発表したのは2008年ですが、それから現在までに、世界累計500万台以上に搭載(※2022年8月までのデータ)されています。
とはいえ、アイサイトが日の目を見るまでには長い時間がかかりました。そもそもスバルが車載用ステレオカメラの開発を始めたのは1989年のことです。それから10年かけて、アイサイトの前身となるADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)を開発し、1999年に世界初の実用化へと至りました。しかし、選んでいただけるお客さんがほとんどいなかったのです。
長くその状況が続き、一時はステレオカメラが外され、レーザーレーダーだけのADAを出した時期もあります。それでもステレオカメラを信じ、若い人もついてきてくれて、新たなステレオカメラの基本設計を考え続けました。予算もない中、鉛筆と消しゴムを持って考え続けたのです。
あきらめなかったのは「体験して得た確信があったから」
――ステレオカメラが外される状況もありながら、あきらめなかった理由はどこにありますか。
樋渡 「この技術は間違いなく必要になる」という確信があったからです。開発した機能を自分でテストする中で、確かな実感がありました。だから信じ続けられたのです。
ステレオカメラの特徴として、道に落ちているダンボールなど路面上のあらゆる素材の障害物を検知しやすいことが挙げられます。かつて、時速40kmでダンボールにぶつかる実験を行ったことがありますが、それはものすごい衝撃でした。たかがダンボールでは済ませられません。一方、レーザーやレーダーの電波はダンボールを通過してしまうため検知しない可能性があります。

机上の計算ではなく、こういった実体験をもって「ステレオカメラの技術はすごい」「必ず必要になる」という感覚を得たのですよね。その原体験を信じ続けたといえます。世にないものを作るときは、自分でやってみて、自分で体験して確信を得ることが重要だと思います。
その思いがありますから、ステレオカメラを外す話が出るたびに、本当にうちのシステムが劣っているのか、みずから他社システムを含めたコース評価のデータを取り、比較分析しました。すると、いくつかの箇所でステレオカメラにしか対応できない場所が出てきたのです。そういうデータを提出してシステムの優位性を社内で訴え続けました。
それでもADAはなかなか売れなかったのですが、そのたびに次の提案を経営にし続けていましたね。ロードマップも引いて具体的に説明していったと思います。
――スバルの世界販売に占めるアイサイト搭載車の比率は90%を超えるまでになりました。逆境の中で、ヒットへの転機になったことはありますか?
樋渡 システムに搭載する機能を絞ったことです。最初の頃は、ADAが売れないなら「とにかく何かの機能を追加しよう」という考え方でした。しかしそれは失敗で、やっていくうちに「ぶつからない機能」と「前の車についていく機能」など、ニーズの高い機能に絞り、その分、価格的にも導入しやすくする方向へ舵を切りました。そうして、1台の小さなユニット(ワンユニット)でステレオカメラを搭載できるようにしたのです。これが転機となり、2008年のアイサイト発表、そして現在のヒットに至ったと考えています。
還暦でなお開発に挑むベテランは、技術者に必要な環境をこう考える
――樋渡さんは60歳の還暦を迎えた2020年、新システム「IVX-D」の開発をゼロから始めたと聞きました。どのようなシステムですか。
樋渡 車両開発のプロセスをデジタルツインにしたものです。自動車製造における多数の機能テストをなるべくデジタル上のシミュレーションで行い、最終確認に近いテストのみ実車で行うという概念で作った車両開発システムです。
まず、アルミのフレーム内に車1台分の電子制御部品を組み立てて運転します。これを「電子ベンチ」と呼んでいますが、この電子ベンチで運転を行い、ハンドルやブレーキなどの操作情報から車の挙動をリアルタイムでデジタル空間に再現します。
――この開発プロジェクトは、予算や人員など、社内でどのような位置付けだったのでしょうか。
電子ベンチ
樋渡 もともと会社から、電子制御の精度を高めるシステムを作ってほしいと言われていました。そこで誕生したのが電子ベンチです。ここまでは一定の予算と人員で行っていました。ただ、電子ベンチが完成した時点で、それを連携してデジタル上でシミュレーションするアイデアを私が思いついたのです。ここからは個人活動として一人で作りました。
開発の予算も会社からはもらわないと決めていました。60歳で始めた取り組みに対し、どこまでできるか未知数の人間が予算をもらうより、そのお金は現場に回す方が良いと考えたためです。
――予算のない中でどう開発したのでしょうか。
樋渡 いろいろなITベンダーさんから期間限定で無料使用できるトライアルバージョンを貸していただき、ベースとなるアーキテクチャーを構築しました。すると私の活動を知った現場から、この仕組みを使って「ヘッドランプの試験をシミュレーションしたい」「エンジンの仮想管理を行いたい」と相談がくるようになります。そこでプロトタイプを作り現場に移管しました。こうなると各現場で予算を立てられるので、システムの実装まで進められたのです。
――製造業では定年の延長や定年後の再雇用など、技術あるベテランの活躍に力を入れる企業も多く見られます。この開発事例は参考になるのではないでしょうか。
樋渡 私個人としては、年齢の議論はナンセンスだと思います。60歳を超えても、あるいは20代前半でも、できる人間はどんどんやればいいし、企業は年齢に関係なく、優秀な人間に開発できる環境を与えることが重要ではないでしょうか。シンプルなことであり、年齢の線引きを作らず人を見ていく方が良いと思っています。

――最後に、技術者の育成は製造業の重要なテーマです。良い技術者が育つために必要なものは何だと考えますか。
樋渡 まずは、自分の携わる技術が「世の中に必要になる」と技術者本人が信じられることです。私がステレオカメラで感じたように、自分でやってみて、感覚としてその技術が正しいと信じられれば、あきらめずにモチベーション高く開発を続けられるでしょう。
もうひとつ、私の個人的な要望を述べるなら、研究開発機能を本部組織から切り離してあげることも、技術者が育つ上で効果的ではないでしょうか。そこに所属する技術者には社長直轄で予算を与えて、自由裁量で研究開発に集中する形です。ただし期限を設けるのが大切で、私の持論ですが、1年半あればその研究開発の芽が出るか分かります。企画・モノづくり・評価という3つの過程にそれぞれ半年はかかるので、トータル1年半あればある程度適正な見極めに近づくでしょう。その内容次第で、それぞれの研究開発を継続するか止めるか判断してあげてほしいですね。
最近は兼務を認める企業も多いですが、私はあまり肯定的ではありません。兼務は“できる人間”に仕事を集中させ、疲弊させてしまいますから。優秀な技術者こそ、兼務ではなく未来の技術・ビジネスと向き合うことに専念させた方が良いのではないでしょうか。
