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 15年後に生き残れるのは、どのような自動車メーカーなのか? 脱炭素化、AI普及など、世界が「ニューノーマル」(新常態)に突入し、ガソリンエンジン車という安定した収益構造を維持できなくなった企業が考えるべき新たな戦略とは? シティグループ証券などで自動車産業のアナリストを長年務めてきた松島憲之氏が、産業構造の大転換、そして日本と世界の自動車メーカーの、生き残りをかけた最新のビジネスモデルや技術戦略を解説する。

脱炭素が自動車産業に大転換を促す

 世界がニューノーマル(新常態)に突入したと言われるのは、①エネルギー革命(地球温暖化対応による脱化石燃料の動き)、②情報革命(大容量高速通信とAIによる情報収集・活用の効率化)、③金融革命(暗号資産の登場や決済手法のデジタル化による既存の枠組みの転換)の三大革命が同時進行し、従来とは別次元の社会構造が生まれようとしているからだ。三大革命はそれぞれが密接に絡み合いながら、産業構造変化を異次元化していくだろう。

 自動車業界も影響を大きく受ける。日本の自動車会社は、優秀なガソリンエンジン車での成功で覇権を握った。しかしながら、ガソリンエンジン車という狭い技術範囲での連続的なイノベーションで勝ち得た覇権は、全く別の技術が必要なバッテリーEV(BEV)や自動走行車などの登場で壊されようとしている。

 株式市場ではそれが株価に反映されている。PBR1倍割れ企業の今後の存続可能性に注目が集まっているが、日本の自動車産業に属する企業は、半導体など電子部品関連生産を拡大しているデンソーが1.28倍(2024年1月9日)と1倍を上回っているものの、ほとんどがPBR1倍割れである。自動車会社の中では、日産自動車が0.38倍、ホンダが0.60倍と低く、トヨタ自動車ですら1.13倍しかない。

 自動車業界は非連続(破壊的)イノベーションが台頭してきた典型的な業界で、BEVや自動走行車などで、従来の日本勢に代わる新興勢力が登場し主役が入れ替わると多くの投資家は考えており、新たな非連続イノベーションで劣後する日本の自動車産業の未来を悲観的に見ているのだ。生き残るためには、日本の自動車関連の企業経営者は、過去の成功体験を捨てて、ニューノーマルに適応する経営思考を新たに持つ必要がある。

 自動車業界では、すでに過去に経験したことがない急速な技術変革や収益基盤の地殻変動が起きている。特に重要な点は、①電気自動車(BEVなど)、②AIや情報通信技術による自動走行、③新素材による軽量化、という3つの非連続(破壊的)イノベーションが生き残り競争に大きく影響する点だ。100年間続いた「人が運転する鉄製のガソリン車」が、「自動走行の新素材製の電気自動車」に変わるという流れは、今後さらに加速するだろう。

 ただし、こうした変調を自動車産業という狭い世界の問題としてとらえようとすると、変革の本質を見誤る。今起こっている新たな産業革命の背景にあるのは「気候変動とエネルギー問題」や「社会のIoT化」であり、「脱炭素」が重要な企業戦略や投資判断材料になっているのである。

 そのため、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが手ぬるい企業は、投資家や金融機関から信頼されず、資金を集めることさえできなくなってきている。また、投資家の企業評価の軸も、短期の業績だけではなく、ニューノーマルにおける持続的成長の可能性にシフトしている。

 こうした新たなトレンドが自動車産業にも大きく影響し、二酸化炭素排出の元凶であるガソリン車やディーゼル車から、電気自動車(BEVなど)への移行に拍車がかかっているのである。

 クルマの未来技術は「電動化」だけではない。「CASE」(ケース:コネクテッド、自動走行、シェアリング、電動化)が自動車の技術進化に大きな影響を与えている。「インターネットにつながった自動走行車」が未来の自動車の基本性能になり、交通事故の低減、高齢者の移動手段の多様化、物流輸送におけるドライバー不足の解消、非効率を生む渋滞緩和などの実現が期待されており、従来に比べると関連領域が巨大市場となる可能性が高い。一例を挙げると、仮にぶつからないクルマが実用化されると、自動車保険などの在り方は根本的に変化するはずだ。

BEV台頭による優位性喪失の危機が、日本を襲う

 日本の自動車産業は、長年にわたりガソリン車、ハイブリッド車の延命を期待し続け、BEVの実用化には消極的であった。日本国内ではBEVの普及が遅れても致命的にはならない。しかしながら、BEVの普及で先行する欧州や急速に拡大している北米、さらにはBEV大国を目指す中国などで完全に後れを取ってしまった。

 この影響は深刻である。欧米や中国などでの日本のBEVの存在感はほとんどない。BEVの普及戦略にかじを切った米国でも、このままでは急速に覇権を失う可能性が高い。

 BEVの技術は言うまでもなく非連続イノベーションであり、従来のガソリン車とは別次元の研究開発力と新しいサプライチェーンが必要である。日本の自動車会社の優位性は、性能と品質で優れる色々な部品をうまく活用する「すり合わせ技術」であった。しかしながら、BEVはガソリン車とは生産プロセスが大きく変わるため、従来のビジネスモデルにこだわると優位性を一挙に失うとリスクがあると指摘せざるを得ない。

 日本の自動車会社の中には、設備投資額を抑制するために、既存工場でガソリン車、ハイブリッド車とBEVとの混流生産を計画している経営者がいるが、このような経営思考では勝てない。BEVの設計は、既存の設計にとらわれない新たな設計思想で、システム化やモジュール化を追求することでコスト競争力や差別化が実現する。それを具現化する生産ラインも、システム化やモジュール化を追求すれば、従来のガソリン車のような長いものではなく、短くコンパクトなもので十分なはずだ。ただし、その周辺にはシステム製品を構成する新サプライチェーンの主要会社が配置されるのが理想になる。

 BEVで先行するテスラは、2010年にトヨタからカリフォルニア州にあるNUMMI(New United Motor Manufacturing, Inc.トヨタとGMの元合弁工場)を買収、BEVの本格生産に取り組んだ。NUMMIはトヨタ生産方式を本格的に採り入れた工場であったので、テスラの経営トップであるイーロン・マスク氏は、当初はその生産設備の有効活用を考えた。

 しかしながら、トヨタ生産方式で構築された最高の生産ラインのはずなのにBEV生産がうまくいかない。ガソリンエンジン車とBEVとは構造が全く違う。ガソリンエンジン車にとって最適な生産ラインでも、BEVにとっては最適ではないと気づき、イーロン・マスク氏はBEV専用の独自生産ラインの構築に着手したのである。その発展した姿が、ボディ骨格をアルミ一体成型で生産する「メガキャスティング」である。

 残念ながらこのような新設計思想で開発したBEVを、新たな生産システムで量産化するという発表を行った日本の自動車会社は、今のところトヨタだけである。そのトヨタは今ではテスラの生産技術を学び、BEVでは専用ラインをつくり、車体骨格に「ギガキャスト」と呼ぶテスラの「メガキャスティング」と同様な生産手法を導入するという発表を昨年行っている。

 すでに十数年前にテスラはBEV専用ラインの重要性に気づき、生産革命を行った。重要な点は、このような新しい経営思考でBEV生産に取り組まねば成功はありえないという点だ。生き残りのためには、ガソリンエンジン車による過去の成功体験を捨て去るしかないことを、日本の自動車会社は肝に銘じるべきだろう。

 ガソリンエンジン車とは異なり、BEVのビジネスモデルは水平統合モデル化することになるだろう。特定の完成車メーカーの意向のもとに各サプライヤーが部品をつくるのではなく、システム化された主要システム製品を開発するメガサプライヤーが、独自の新技術を核に部品をモジュール化し完成車メーカーに供給するのが特徴になる。バッテリーの共通化、Eアクスルの共通化、制御システムなどの共通化など、今後はますますこのような傾向が高まると予想される。このようなサプライチェーンの新構築こそ、BEVでの生き残り戦略の基礎なのである。

 次回はBEVの実用化の課題などの話をしたいと思う。