青山商事執行役員 TSC事業本部長の河野克彦氏(撮影:宮崎訓幸)

 紳士服大手の青山商事が、コロナ後のスーツ市場を見据え新業態の展開を開始した。2023年5月、ビジネスウェア事業の主力業態「THE SUIT COMPANY(ザ・スーツカンパニー)」を「SUIT SQUARE(スーツスクエア)」に屋号変更し、これまでターゲット顧客によって分かれていた4つのブランドを1つに集約させたのだ。その第一歩としてオープンしたのがOMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合)型店舗の「SUIT SQUARE TOKYO GINZA店」(東京都・中央区)。青山商事は2025年を目処にザ・スーツカンパニーをスーツスクエア業態に移行させる考えだという。同社はなぜスーツスクエアを始めたのか。執行役員TSC事業本部長の河野克彦氏に話を聞いた。

SUIT SQUARE TOKYO GINZA店

スーツは不要になったのか?

──「ザ・スーツカンパニー」は新業態「スーツスクエア」に統合されます。どのような理由があるのでしょうか。

河野 克彦/青山商事 執行役員 TSC事業本部長

1994年青山商事に入社。洋服の青山業態にて2店舗の店長を経験後、2000年10月にザ・スーツカンパニー(以下TSC)1号店である日本橋店(2000年11月オープン)ショップマネジャーに着任。ショップマネジャーながら市場に合わせた新規事業の開発・運営を手掛け、2006年3月より、TSC営業部に異動し、ショップを取り纏める統括マネジャーに。2010年10月から2017年1月にかけ、TSC営業部の部長代理、部長、副本部長を経て、2019年6月執行役員TSC事業本部長に就任。

河野克彦氏(以下敬称略)「変わりゆくスーツの概念」に対応するためです。我々が「ザ・スーツカンパニー」1号店を日本橋に出店したのが2000年。当時はスーツと言えば百貨店で購入する高価な商品や郊外店の割引セール・セットセールの販売が主流でした。そこで、スーツカンパニーは都心の一等地に大型店舗を出店し「2つのプライスライン(税抜1万9000円、2万9000円)」「割引しない価格設定」「スーツの在庫数が約1500着の豊富な品揃え」という業界としては新しい販売形態に取り組み始めたのです。

 ザ・スーツカンパニーは結果的にビジネスパーソンが手頃な価格で買えるスーツブランドとして定着しました。その後、ワンランク上の素材を提供する「ユニバーサル ランゲージ」、レディース需要を取り込む「ホワイト ザ・スーツカンパニー」、勃興するオーダースーツへのニーズに対応する「ユニバーサル ランゲージ メジャーズ」を立ち上げました。お客様のライフスタイルとスーツに対する価値観の変化に合わせて、さまざまなブランドを立ち上げてきたのです。複数ブランドの展開は、消費者のライフスタイルの多様化に対応するのと同時に、長くブランドをご利用いただける「ロイヤルカスタマー」を醸成しようという狙いもありました。

 それが、2020年に入るとコロナ禍が直撃し、スーツ市場は激変します。在宅勤務の一般化に伴い、元々減少傾向にあったスーツ着用シーンが激減したのです。我々としても主力業態のザ・スーツカンパニーの物件費の高さや在庫の多さには悩まされていたところでした。

 一方で、「スーツは不要になったのか」と言われれば、答えは否です。レディース需要は増え続けていますし、20~30代は現在の40~50代が若い時と比較してもスーツに対するこだわりを強く持っています。若い世代の間で1着あたり単価が高いオーダースーツ市場が盛り上がっているのがその証左でしょう。さらに、近年はスーツもECで購入する傾向が強まっているなど、お客様の購買行動が大きく変化しています。実際、当社でもEC利用率は高まっており、アプリやSNSに登録しているデジタル会員は1680万人います(2023年3月期、前年比約200万人増)。※洋服の青山含むビジネスウェア事業全体

 つまり「オフィス出社用」のようにある程度決まっていたスーツの概念が、「カジュアルな場面でも着たい」「(高い金額を払ってでも)自分の身体にピッタリ合うものを着たい」と、お客様の嗜好によって多様化してきているのです。

 新しく開発した「スーツスクエア」業態では、これまで別々の店舗で販売していた4つのブランドを統合するほか、在庫数・店舗面積を縮小させながら、店内にもデジタル技術を取り入れたサービスを展開することで、変化し続けるスーツへの期待に応えられる新業態として出発したのです。

店舗面積5割削減で1万アイテムを見せる「デジラボ」

──「スーツスクエア」業態では、どんな新たな取り組みをスタートさせたのでしょうか。

河野 「DIGI-lab(デジラボ)」というOMOサービスを開始しています。これは店内に好みのスーツを映す大型サイネージを設置し、店内に在庫がない商品もデジタル上で購入できるサービスです。購入は店頭で行い、後日商品をご自宅までお届けするので、手ぶらでお帰りいただけます。

 スーツスクエア業態は、4つのブランドを統合していますから、店頭に全ての商品ラインアップを並べることができません。ただ、当業態では常時約1万アイテムを販売する品揃えの豊富さも強みで、お客様に気に入った商品を購入いただきたいという思いを強く持っています。そこで、リアル店舗の「試着できる」という強みとオンラインの「幅広いアイテムから選べる」という強みの双方を掛け合わせたのです。

──店舗面積・在庫数を縮小させながら、サイネージを活用することで幅広い商品を提案しているということですね。

河野 はい。元々、スーツという商材は他と比較すると来店頻度が低いアイテムです。かといって、初見でECでの購入を選択するお客様も決して多くはありません。当然ですが「自分の身体に合うか、素材は自分好みか」を確認したいという欲求が強いのです。

 デジラボを通しての購入イメージは、お客様に合うサイズ・素材が使われているスーツやシャツを試着し、その色違い・デザイン違いの商品をECで購入する、というものです。そうすることでお客様は「好みのデザイン・素材・色味の商品」を、ぴったりのサイズで買うことができますし、当社にとっても少ない店舗面積と在庫数で効率的にビジネスを回せます。デジラボ設置店では、結果的に店舗面積を平均して50%削減することができました。

 お客様ごとに幅広いアイテムを提示しながら在庫も抑えられるデジラボは、今の時代の新たな購買行動に対応できるサービスだと自負しています。

20~30代が支持する「オーダースーツ」

──スーツスクエア業態では、他にどのような施策を打っていきますか。

河野 スーツ市場ではオーダースーツの需要が拡大しています。その動きに対応するために、アッパー顧客を狙った「ユニバーサル ランゲージ」でオーダースーツサービスに注力しています。それが、スーツスクエア業態でも販売する「ユニバーサル ランゲージ メジャーズ」です。

 当社のオーダースーツ事業は2023年3月期決算では売上高約34億円を記録しています(前期比約8億円増、洋服の青山「Quality Order SHITATE」を含む)。ユニバーサル ランゲージ メジャーズは元々40~50代を想定したサービスでしたが、現在は20~30代に支持されるサービスになっています。1着あたり通常価格4万2900円(税込)で本格的なオーダースーツをつくることができる点が、スーツスクエア業態でも好評を得ています。オーダースーツは納品までお時間をいただく商材ですが、自分なりのカスタマイズや素材の選択など「買い物の楽しさ」を訴求でき、遠方からの集客も期待できます。

──若い層が4万円支払って、オーダースーツを買うのは意外でした。Z世代は財布の紐が堅い印象がありましたが。

河野 所得にかかわらず自らの価値判断に沿っていれば高額な買い物をするのが20~30代の特徴だと見ています。これらの世代は前の世代と比較するとスーツを着用する機会そのものも減っていますが、「一点豪華主義」的な買い物をよくするのも事実なのです。

──最後に、今後の目標を教えてください。

河野 2025年を目処に、ザ・スーツカンパニー全店をスーツスクエアに転換させていきます。スーツスクエアをオープンして約半年ですが、店舗面積や在庫などコストをカットしながら豊かな買い物体験を届ける道筋が見えてきました。今後も、変化していくお客様のニーズに応えられるサービスを展開していきたいですね。