
デジタル・トランスフォーメーション(DX)で企業と社員を新たな高みに上げるために必要なことは何か。その答えは、DXに挑み会社を変革する社員たちの胸中にある。DX組織誕生の舞台裏や取り組み内容を、社員当事者の証言とともに伝える 「シリーズDX組織」。今回から4回にわたり、機械メーカー「豊田自動織機」(本社・愛知県刈谷市)のDXに光を当てる。同社は世界シェア1位のカーエアコン用コンプレッサー製造工程における「不良率」をデジタル技術で3割ほど下げ、さらにそこで培った技術を社内に展開させている。同社のDXを担う中心人物たちに、取り組みへの志、苦難、そして成否の鍵を聞いた。
カーエアコン用コンプレッサーのシェア世界一を保持
「乾いた雑巾をなお絞る」という表現がある。ムダを省くことの徹底により収益を出していくというトヨタグループの考え方だ。もうこれ以上、絞っても水が出そうもない雑巾でも、絞り方によって水はまだ出てくる。それは信念からくるものかもしれないし、経験からくるものかもしれない。
トヨタグループの「本家」、豊田自動織機の製造工程でも、まさに「乾いた雑巾」に直面しているカイゼン活動があった。「カーエアコン用コンプレッサーの製造工程で不良率を下げる」というものだ。
コンプレッサーとは、気体などを高圧に圧縮する装置のこと。カーエアコンでは気体状の冷媒を圧縮するために使われる。一連の仕組みの心臓部といえる。家庭やオフィスでのルームエアコン用もあるが、特にカーエアコン用はエンジン室の温度変化や車自体の振動といった過酷な環境で使われる。小型。軽量。高性能。高静粛性。高寿命。これらの特徴が求められてきた。
同社は1960年からコンプレッサーの生産を始め、これらの特徴を際立たせるべく改善を続けてきた。1974年にはカーエアコン用コンプレッサーの生産累計100万台を達成。2023年現在、同製品のシェア世界一となっている。
【キャプション】カーエアコン用コンプレッサー。2022年度の豊田自動織機の総売上高の3兆3798億円のうち12.7%を占めた(画像提供:豊田自動織機)拡大画像表示
ダイカスト工程に付きものの不良をどうにか減らしたい
「2000年、当時すでに世界シェア1位となっていた豊田自動織機のコンプレッサーに携わりたいと思い、入社しました。以降18年間コンプレッサーの生産技術に携わり、日々工程のカイゼンをしてきました」
こう話すのは、今回の同社DXの実務を主導してきた井上雅昭氏。コンプレッサーの生産技術のうち、とりわけ担当してきたのが「ダイカスト」と呼ばれる工程だ。熱で溶融させたアルミ合金を鋼鉄製の金型に注入したあと冷却して固体にし、コンプレッサーを構成するシリンダー、ハウジングといった各種パーツを成形する。このダイカスト工程のあと、加工と組立の工程を経てコンプレッサーは仕上がっていく。
井上雅昭氏。豊田自動織機 ITデジタル推進部 デジタル人材育成室 室長(撮影:川口 絋)
ダイカスト工程は、生産性が高くコストは低いため、複数ある金属成形法のなかで大量生産向きといえる。2006年のカーエアコン用コンプレッサー国内累計生産2億台達成、2015年の3億台達成といった同社の急速な増産を支えてきた。
だが、その一方で、どうしても原理的に生じてしまうダイカスト工程上の不良と向き合わなければならなかった。
「冷えて固まったアルミの内部に、鋳巣(いす)という空洞ができてしまうのです。後工程の加工のとき鋳巣が現れて、外観を崩したりボルト締めに支障をきたしたりすることがあります。こうなるとこの製品は不良と見なされます。多くの社員が対応に追われました」
どうして鋳巣は起きてしまうのか。材料のアルミ合金は高温の液体から低温の固体に移り変わるとき体積を減らす。ダイカスト工程では液体アルミ合金が金型付近の外側から冷えて固まっていくため、内部に鋳巣ができやすい。その鋳巣が有害となるかどうか、つまり不良と見なされるかどうかは、ダイカストより後工程の加工の段階で初めて分かるのだった。「ダイカスト工程で不良を見つけられず、次の工程で見つかり、そこでようやくラインを止める。大きなムダがありました」。
井上氏らコンプレッサーの生産技術者たちは、これまでも鋳巣対策を講じてきた。加圧の仕方を改良したり、気泡を抜く技術を工夫したりといったように。これにより不良率は下がっていった。雑巾を絞れるだけ絞ってきたのである。
「けれども、それ以上は不良率がなかなか下がらず、苦しい時期が長く続きました。2014年あたりに、従来のカイゼンの方法では限界がきているのではないかと思うようになったのです」
乾ききった雑巾を絞るにはどうしたらよいか。ここで浮かんできたのが「デジタル技術の活用」だった。
次なる手はデジタル技術で
2014年当時、デジタル技術をめぐる社会状況はどのようだったか。さまざまな機器が、モノのインターネット(IoT)の技術で結ばれだしていた。また、ビッグデータの活用が企業で普及しようとしていた。当然、井上氏もこれらデジタル技術の潮流を感じていた。「ダイカスト工程で起きる不良を、こうした新たな技術で減らせるのではないか。そう考えるようになりました」。
折しも、豊田自動織機の上層部でも、デジタル技術導入への機運が高まっていた。それは期待とも危機感ともいえるものだった。
「海外の工場、特に欧米では日本に先駆けて、デジタル技術による効率化を進めていました。当時の担当役員だった伊藤天さん(2019年技監就任、2020年同退任)が、『デジタル化は急務だ。海外に目を向けて動向を調べなければならない』とよく言っていました」
井上氏は、ダイカスト工程による不良の低減をデジタル技術で実現させるべく、2018年、人工知能(AI)を学び始めた。トヨタグループが滋賀大学との連携で開講する「トヨタグループ機械学習実践道場」の第2期生として「入門」した。自分で機械学習の技術に触れてみたことが、手応えとして大きかったと振り返る。
「30名強の参加者のうち私が最高齢でした。滋賀大学の先生に指導していただき、1カ月分の工程データをもとに機械学習に触れてみたのです。それにより、不良の要因を見つけられる予測モデルをつくれるのではないかという感触を得ました。自分なりに試作してみると、満点ではないけれど、まったくダメというわけでもない。可能性を感じたのです」
こうして新たな改善の方法を模索しているなか、井上氏は、同社の技術・開発本部から、同本部に2019年1月より発足するデジタル技術関連ワーキンググループのメンバー入りを打診され、同意した。同じダイカスト担当でも、生産技術者からデジタル技術推進者に転身した。こうして、雑巾の新たな絞り方を試みることになったのだ。
総合電機世界大手、独シーメンスと手を組む
いかにダイカストの不良予測を現実のものとするか。自ら「道場」で機械学習を学んだ井上氏は、「当然始めは社内で進めていくことを検討していました。けれども、ダイカストは高いレベルの技術であり、社内のさまざまな部署から協力を得ることは難しそうでした」。
カーエアコン用コンプレッサーのダイカスト工程による不良をさらに低減させていく。そのためにデジタル技術を導入する。このために豊田自動織機が選択したのは「他社と手を組む」というものだった。
その相手とは、ドイツの大手総合電気機器メーカー「シーメンス」である。
次回「世界最先端の工場で受けた衝撃、豊田自動織機のDXに火を付けた協業相手」につづく
